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父から性虐待を受けた少女の心の声に思いを寄せて。きっかけは父親を知らずに育った自身への怖れ

水上賢治映画ライター
「アリスの住人」の澤佳一郎監督 筆者撮影

 自分が大きくなったり、小さくなったりとバランスがわからなくなる「不思議の国のアリス症候群」、家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員などが養育者になって、その家庭に迎え入れて養育する家庭養護施設「ファミリーホーム」などなど。

 あまり一般的になじみのない事柄を背景に、ひとりの少女の切実な心の声を描いたのが澤佳一郎監督の映画「アリスの住人」だ。

 主人公は、現在18 歳、思春期の中にいる、つぐみ。

 過去に父から性的虐待を受けていた彼女は、現在、ファミリーホームで生活を送っている。

 日々悩まされる「不思議の国のアリス症候群」の症状は、性的虐待のトラウマが起因。

 本作は、社会とも他者とも、なにより自分とうまく向き合えない彼女の心模様が描かれる。

 本作については、つぐみ役の樫本琳花のインタビュー(第一回第二回第三回第四回)と賢治役の淡梨のインタビューをすでに届けた。

 最後に登場いただくのは手掛けた澤佳一郎監督。

 あまり知られていない社会問題になぜ目を向けたのか?「アリスの住人」が誕生するまでを澤監督に訊く。(全四回)

子どもが生まれたことで向き合った家庭内の暴力

 はじめに企画の出発点を澤監督はこう語る。

「まず、大きなひとつのきっかけとなったのが子どもの存在です。

 当時、ちょうど子どもが生まれたんです。つまり僕は父親になった。

 とてもうれしかったんですけど、不安がないわけではなかった。

 というのも、僕は父親がいない環境下で育っていた。

 母子家庭だったので、自分が父親になる想像がまったくできなかった。どういうことをするのが父親なのかピンとこない。

 正直なところ、子どもとどう接すればいいのかわからなかったんです。

 まずそのことがひとつありました。

 それから、両親の離婚の原因が父親の暴力ときいていた。

 加えて、僕は母方の祖父と暮らしていた時期があったんですけど、その祖父というのがひじょうに厳しい人で。

 いまになって振り返ると僕は行き過ぎた教育であり、しつけと感じているんですけど、少しだけモノの位置がずれているだけで叩くような人でした。

 たとえば、トイレの蓋がしまっていないだけで手を上げる。

 それを経験しているので、自分にも暴力の血があるのではないか、その暴力性が子どもができたことで露わになるんじゃないかと、怖かったんです。

 ですから、僕の中で、児童虐待の被害者にも加害者にも興味があった。

 この問題について以前から注視していた。どこか心の中で、自分自身と向き合う意味でも、1度、児童虐待というテーマで作品を作りたいなと思っていたところがありました」

子どもの声に耳を傾けるような映画を撮りたい

 「1度、児童虐待というテーマに作品を作りたい」との思いはあった。

 ただ、当初、今回の企画ではあまりそのことは考えていなかったという。

「すでに樫本さんと淡梨さんのインタビューでもお話に出ていますけど、今回の『アリスの住人』は、僕が開いたワークショップ・オーディションがはじまり。

 その時点では、児童虐待についての映画ということはまったく考えていませんでした。

 樫本さんも淡梨さんもおっしゃってましたけど、『演者の叶えたいことを叶えられる映画』ということで演者募集のオーディションを開いた。

 そこで、応募者のひとりひとりに聞いていったんです。『叶えたい夢はなんですか?』と。

 すると、たまたまなのかわからないんですけど、父親に対する思いや、父に望むことを語る人がけっこうな割合でいたんです。

 同じころ、僕の子どもがはじめての誕生日を迎えて、改めて父親という存在について考えることになった。

 そのとき、子どもをみたら、なんか手をいっしょうけんめいのばしていて。

 それを見た瞬間に、子どもの心の声をきくような、子どもの声に耳を傾けるような映画を撮りたいと思ったんです。

 ここから『アリスの住人』の企画が動き出した気がします。

 付け加えると、コロナ禍で子どもといる時間が増えて、僕自身が父性について、父親の役割のようなことを考えざるを得なくなったことも大きかったかもしれません。

 この自分の気持ちをいま撮っておかないといけない衝動にかられたところもありました」

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

俳優がやりたいことを映画で叶えられるという

ユニークなワークショップ・オーディションの発想の源は?

 俳優がやりたいことを映画で叶えられるというワークショップ・オーディションは実にユニークだが、どういう発想から生まれたのだろう?

「自分がなんでそんなことを思いついたのか、まったく覚えていないんですよ(苦笑)。

 思い付きといえばそれまでなのですが、なんかあったような気がするんですけど、いまだに思い出せない。

 ただ、僕はドキュメンタリーとフィクションを往来して作品を発表している。

 なので、ドキュメンタリーの要素で、俳優の方のそういった素の部分を物語に組み込みたいようなことを考えついたのかもしれない。

 その俳優さんがほんとうにやりたいことをやってもらって、その俳優さんの本来の姿を物語の中に入れたい意識があったかもしれません。

 役者のお仕事って、あたえられたキャラクターを100%やることが基本なのかもしれない。

 でも、僕はその俳優さんの物語を少しでも作品に反映させたいところがあるんです。

 だから、そういったやりたいことを叶えるという発想になったのかもしれないです。

 脚本上、調整したところはありますけど、出演してくださった俳優さんたちの夢はきちんと少しずつ物語の中に入っています」

(※第二回に続く)

【樫本琳花第一回インタビューはこちら】

【樫本琳花第二回インタビューはこちら】

【樫本琳花第三回インタビューはこちら】

【樫本琳花第四回インタビューはこちら】

【淡梨インタビューはこちら】

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

「アリスの住人」

監督:澤佳一郎

出演:樫本琳花 淡梨 しゅはまはるみ 伴優香 天白奏音

京都みなみ会館にて〜3/31(木)

大阪シアターセブンにて 〜4/1(金)公開中。

公式サイト:https://www.reclusivefactory.com/alice

場面写真は(C)2021 reclusivefactory

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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