Yahoo!ニュース

批判覚悟の1作「岬の兄妹」を経た片山慎三監督。新作は歌舞伎町ホスト刺傷事件にインスパイア

水上賢治映画ライター
映画「そこにいた男」の片山慎三監督 筆者撮影

異端の純愛ドラマに公開直後から様々な声、大きな反響で上映延長も決定!

 長編デビュー作となった「岬の兄妹」が低予算の自主映画ながら異例のロングランヒットとなり、一躍脚光を浴びた片山慎三監督。いま注目すべきディレクターのひとりにあげられる彼の新作短編映画「そこにいた男」は、「岬の兄妹」に負けない衝撃作といっていい。

 先日、インタビューを届けた清瀬やえこが怪演してみせる、人としての一線を越えたヒロインの心理が今の時代の危うい空気を伝える異端の純愛ドラマは、先週末の公開直後からさまざまな声が寄せられ、大きな反響を呼び、上映延長も決定した

昨年起きた新宿のホスト刺傷事件。衝撃を受けた流出現場写真から物語を想起

 片山監督は本作のはじまりをこう語る。

「今回のプロデューサー、四宮(隆史)さんから、『なにか作品を作りませんか』というお話をいただいたのがはじまり。内容もなんでもいいということなので、まずおぼろげながら女性が主人公でなにか撮れないかなと考えて。

 次に、昨年、新宿でホストが刺傷される事件があったんですけど、その現場写真がネットで出回って、僕はものすごく大きなインパクトを受けたんですね。そこから事件のことを調べはじめたぐらい。それほど、とにかく写真のインパクトが強くて、頭に残った。それで、このことを題材にひとつなにか作品ができないかと。

 ただ、事件の真相といったことより、この衝撃的な写真からなにか想起して表現できないか、ということから脚本作りがはじまりました」

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

 脚本は、『グッド・ストライプス』や来年公開予定の『あの子は貴族』などを手掛ける映画監督の岨手由貴子の手による。

「いかんせん時間があまりなくて(苦笑)。自分ひとりだと書き切れない可能性が高いとなった時点で、岨手さんにお願いしました。あと、主人公がヒロインでその心理がキーになると思ったので、やはり女性の気持ちがきちんとくみとれる女性の書き手の方にお願いしたいなと。

 結果としてはお願いしてよかったです。自分では、この女性心理は書けなかった。

 主人公の紗希が、愛した男の翔を殺めるまでの道のりといいますか。凶行に至るまでの気持ちの段階がじょじょにアクセルを踏んでいく。その最後に凶行に及ぶまでの心理の構築がすばらしい。要因がひとつ、またひとつと積み重なって、紗希の心理が手に取るように伝わってくる。『こんなことされたら、一線を超えちゃうよね』と納得してしまう脚本でした。自分では書けないと思いましたね」

物語の結末からはじまる大胆な構成にした理由

 作品は、大胆にも物語の結末からはじまる。しかも、紗希が翔を殺めたということが明確にわかるシーンからはじまるチャレンジングな構成になっている。

「定石からいけば、結末は伏せるんでしょうけど、この作品については明かしていいというか。その結末に至るまでの、過程を見せることが重要だと思ったんです。

 誰が殺害したかというサスペンスに重きを置いてしまうと、どうしてもなぜ殺したのか?その事の真相の謎解きに引っ張られてしまう。でも、『そこにいた男』が焦点を当てたいのは、男女関係であり人間模様。紗希がそうなってしまった心情を丹念に描きたかった

 なぜ心情に寄せたかったかというと、いま、なにかと不倫問題が世間をにぎわせていますよね。裏切られた女性の気持ちをどこまで男性はわかっているのかなと。そこに一石投じることも含めて、ひとつのケースとして、不貞をされた女性の心理をきっちりと描きたいと思いました実際に殺害には及ばないでしょうけど、心の中で『こんな男は消えてしまえ』といった気持ちになる女性はいっぱいいるんじゃないかなと(苦笑)。そこを浮き彫りにすることで、いまの時代をどこか表すことができる。いまの時代の男女間にある風潮や世相を斬ることができるんじゃないかと思ったんです」

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

 この愛する翔を殺めてしまうヒロインの紗希を体現してみせるのは清瀬やえこ。紗希役を彼女に託した理由をこう明かす。

「清瀬さんとはかれこれ8年ぐらい前に、ワークショップでお会いしていて、そのときから印象に残っていたんです。

 それで紗希を考えたときに、わりと役と清瀬さんが近いところがあるんじゃないかなと。女性ならば紗希が抱く嫉妬心や恨みつらみみたいなところはあるんでしょうけど、さらに必要だったのが思い込みの激しさ。清瀬さんはそれが自然に出せるというか(苦笑)。ふつうに滲み出ているところがある。それで清瀬さんにお願いしました。

 清瀬さんからインスパイアされたところはけっこうあって。アームカットをしている設定にしたのも清瀬さんから浮かんだアイデア。もしかしたら、清瀬さんじゃなかったら、ちょっと別の方向になっていたかもしれない。

 ほかの人だったら、紗希がサイコキラーというキャラクター化されてしまうというか。どこか人間離れした遠い存在になってしまったかもしれない。清瀬さんによって人物としてリアルに感じる存在に落ち着いてくれたんじゃないかなと思っています」

 いわば生身の近い存在に紗希を感じてもらえるよう、演出もひとつ心がけたところがあったという。

「わりと、これは持論なんですけど、相手がいろいろなボールを投げてきて、それを受けとめる。日本映画での主役は、そういう演技を求められることが多いと思うんです。受け身の演技というか。

 一方で、脇役はあくまで主役にボールを投げる側で。ある意味、主役を響かせるためになにかトリッキーなことをして存在感を示さないといけない。

 で、清瀬さんはこれまでボールを投げる側でやってきた。そうした役者さんがいざ主役になって、脇役のときの演技をそのまま持ち込むとオーバーな表現になりがち。そこを少し抑えてあげたほうが、しっくりくる。大げさにならないように注意しました。

 これは『岬の兄妹』のときに松浦祐也で学んだんですよ(笑)。松浦さんもふだんは脇役でいい味を出す人ですから、主役でそれをそのまま出すと濃くなっちゃう。ですから、あえて引き算の演技をしてもらう。で、うまい役者さんなんでそのあたりの調整もすぐできちゃうんですよね。

 だから、演出としては楽なんです。松浦さんも清瀬さんも足す演技はいくらでもできるから、微調整するだけ。足す演技ができない人に足すことを求めることは難しいですから」

映画「そこにいた男」より 出演の松浦祐也
映画「そこにいた男」より 出演の松浦祐也

中村映里子さんとは組んでみたかった。実は「岬の兄妹」のときも……

 一方、紗希と相対する翔の妻役は、中村映里子が演じている。これは片山監督の希望だった。

「中村さんはもう前々から一緒に仕事したいなと思ってたんです。

 中村さんはどんな役をやっても文句ないというか。役に説得力を与えてくれる。

 実は、妻役は難しくてなかなか決まらなかったんです。『どうする』となったときに、中村さんにお願いしたいなと。それで声をかけさせていただいたら、『ぜひ』ということで実現しました。

 実は、これはもう書いてもらってもいいんですけど、『岬の兄妹』も和田(光沙)さんか、中村さんかでめちゃくちゃ迷ったんです。ほんとうにギリギリまでどちらにしようか悩んだ

 最終的に和田さんを選んで、後悔は一切ないんですけど、それぐらい中村さんとご一緒にしたい気持ちがその当時からあったんです。ですから、今回は念願叶ったところがあります」

映画「そこにいた男」より 出演の中村映里子
映画「そこにいた男」より 出演の中村映里子

あと少しで一線を超えそうな、紗希予備軍が今の日本にはいっぱいいるのかも

 公開がスタートし、紗希への共感の声が多数寄せられている。

「やはり紗希のような気持ちを抱いている人が多いということなんでしょうね。あまり深く考えると怖くなりますけど、紗希予備軍がいまの日本にはいっぱいいるのかもしれない(笑)。でも、いろいろな女性に見てもらって、浮気性な男性へのもやもやを晴らすというか。映画の中で気持ちをすっきりさせてくれたら本望です」

「岬の兄妹」は不道徳、不謹慎といった声が寄せられる覚悟をしていた

 話は変わるが、先述した通り、前作「岬の兄妹」は低予算の自主映画としては異例のロングヒットとなった。この事実をどう受け止めているのだろうか?

「もう、うれしい限りです。実際、その後に監督のオファーもいただいていますし、次回作に取り組みやすい環境を作ってくれたという点で、すごく感謝すべき作品です」

 ただ、当初は、生活苦にあえぐ兄と知的障がいのある妹が売春で生き延びていくという題材に批判的な声が多く寄せられることを予想していた。

不道徳や不謹慎といった声が寄せられることは覚悟していました

 でも、実際は、そうせざるをえない兄妹に思いを寄せてくれたり、いまの社会における貧困に目を向けてくれたりと、理解してくれる人がほとんどで。見てくださった人たちの中になにかが残って、それが口コミで広がり、結果として多くの人が足を運んでくださった。

 ヒットするしないって数字の問題は映画は興行でもあるので確かに重要。ヒットしたことはもちろんうれしい。ただ、ひとりの作り手としては、それだけではなくて、ちゃんとした自身の信念のもとに作ったら、きちんと見てくれることを実感できたのが大きい。世の中ではタブーかもしれないけど、現実にあって自分が描くべきと思ったことが評価されたことは自信になりましたね。ひとつの勇気をもらった気がします

 自分の描きたいことをきちんと作品にする。目先のヒットとかより、そのことが大切で。自ずと結果は後からついてくると、いまは考えています」

かつて助監督を務めたポン・ジュノとは似ているところがあるかも

 片山監督はかつて「パラサイト 半地下の家族」でアカデミー賞を受賞した韓国のポン・ジュノ監督の助監督を務めている。「岬の兄妹」や「そこにいた男」で扱った題材や内包するテーマ、社会への眼差し、映画におけるエンターテイメント性など、どこか似ているところがあるかもしれない。

「自分ではよくわからないですけど、似ているところはあるかもしれない。確かに物事の見方や考え方が比較的似ていて、気があうところはあるので」

 前作「岬の兄妹」は異例のロングランヒットを記録したが、今回の「そこにいた男」も短編作品単独での劇場公開。これもまた異例の公開といっていいだろう。

「正直、僕も撮っているときは、劇場で公開するのは難しいだろうなと思っていました。なので、今回の劇場公開はすごい意外(笑)で、うれしい。

 実は映画祭出品用の素材を、劇場の方がたまたま見てくださって、決まったんですよ。ほんとうにひと言、ラッキーだと思います。

 尺も短いので気軽に観てもらえたらと思っています。個人的には、最後のエンドロールがすごく気に入っているので、ラストまでみていただけたらうれしいです」

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

「そこにいた男」

アップリンク渋谷、アップリンク京都ほかにて全国順次公開中。

場面写真はすべて(c)2020CRG

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事