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振り向かれない女性の愛の果てを体現した清瀬やえこ。「彼女をメンヘラで片付けたくない」

水上賢治映画ライター
「そこにいた男」で主演を務めた清瀬やえこ 筆者撮影

 「岬の兄妹」の片山慎三監督の新作短編映画「そこにいた男」は、最近、なにかと世間を炎上させるようになってしまった不倫問題について一石投じるような1作だ。自分を特別視してくれているようなふるまいをする俳優にいれあげてしまった女性、紗希の行き着く愛の果てが描かれる。

 一見すると紗希はモンスターにしかみえないが、「一歩間違ったら自分もああなってもおかしくない」と思えるギリギリのラインに立つ。演じたのは、上田慎一郎監督の『スペシャルアクターズ』などで注目を集めている清瀬やえこ。なにかひとつクセのある女性役で独自の個性を発揮してきた彼女だが、紗希はまさに本領発揮で歪んだ女性心理を全身で表現している。

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

紗希には女性の強さ、脆さ、危うさみたいなものが同居している

 はじめに彼女は脚本のファーストインプレッションをこう明かす。

「映画監督でもある岨手(由貴子)さんが書かれている脚本なのですが、女性の強さ、脆さ、危うさみたいなものが同居している。紗希という女性が不思議なバランスで立っているように映りました。相手の言うことを聞いて非力で弱く見えるけど、芯は強いみたいな。すごい女性で。これを自分がやるのか、『さてどうしよう』と思いました」

 諸事情があって、クランクインも急遽決まったという。

「ほんとうに速攻でセリフを頭に叩き込み、その覚えている途中でもう撮影といった感じでした(苦笑)。

 現場で片山さんからアイデアが生まれて、これやってみよう、あれやってみようといった即時に対応を求められることも多かったので、ほんとうに自分のことでいっぱいいっぱい。スマホで連絡くれた人に返信する余裕もありませんでした。だから、実はいま公開を迎えて、ようやくいろいろな人と話をする中で、紗希が見えてきたところがある。撮影中はほんとうに演じるだけで精一杯で話全体のこととか考えていないことはないんですけど、細かいところまで気が回ってなかったですね」

清瀬やえこ 筆者撮影
清瀬やえこ 筆者撮影

よく言われるんです。「圧が強い」と(苦笑)

 紗希は、映画の女性スタッフ。その職と同じように特に目立つことのない、どこにでもいるような女の子だ。演じる上ではまずひとつ注意したことがあった。

「片山さんからのアドバイスはひと言『抑えてください』と。これは自覚しているんですけど、私は感情が出過ぎてしまうというか。普段から感情の起伏が激しいところがあるので(笑)、フラットに演じているつもりでも、やりすぎの演技に映るところがある。よく言われるんですよ。『圧が強い』と(苦笑)

 だから、普段の紗希を表現するには、それをうまくセーブすることが大切。ただ、一線踏み越えてしまう危うさは常に漂わせておく。そのあたりはもう片山さんがうまくコントロールしてくれて紗希にしていってくれた気がします」

紗希の男性に貢いでしまう性格はちょっとわかります

 俳優の翔から声をかけられた紗希は、彼と関係を持つ。そこから入れあげ、翔にいろいろと買い与え、貢ぐ。この紗希の心理は理解できるところがあったという。

私は紗希ほど懐事情がいいわけではないので、彼女ほど貢ぐことはできない。ただ、人にものをあげたがる性格なので紗希と重なるところはある。相手に喜んでもらいたい気持ちが第一にあるんですけど、そこにはどこか自分のことを好きになってもらいたいところもある。紗希が翔に求めたように。だから、遠い存在には思えない

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

 紗希がどんなに翔に貢いで金を渡しても、自分が金づるではなく、愛されていると思い込む要因のひとつになっているのが、彼がすぐには自分の身体に触れてこなかったこと。「体の関係にすぐに至らない=大切にされている」という、まったく保証のない考えが愛されている根拠になっている。

「傍からすると、翔はヒモ男でしかない。でも、紗希の中では翔は何も求めていない、自分の愛情を受けとめ、愛を注いでくれる人物になっている。

 でも、なにか『自分だけ特別』と思える瞬間に、人は弱いですよね。だから、紗希を浅はかとひと言では片付けられない

男性には不貞をしちゃダメですよと警告しておきます(笑)

 こうした相手への想いが募っていき、最後に彼女は人としては越えてはいけない、一線を越えてしまう。

「こういう痴情のもつれは現実に多く起きているかはわからない。ただ、一線は越えないけど、こうした怒りや負の感情を沸々と抱えながら生きている女性は、けっこう多いのではないでしょうか。

 そういう意味で、男性には女性を傷つけるような不貞はしちゃダメですよと警告しておきます(笑)。そうでないと、こういう事態が起こりかねませんよと」

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

 この一線を越えてしまう紗希を演じる上では、片山監督からひとつ大きなアドバイスをもらったという。

「ひとつ自分の中でひっかかっていたのは、紗希がアームカットをしていること。紗希ははっきりいって、いい恋愛をしてきていない。男運も悪い。自己肯定感が低く、自分のことを好きじゃない。

 その中で、アームカットで腕を何度も自傷している。リストカットではなく、なぜアームカットなのか、いまひとつわからなかったんです。で、片山さんに聞いてみたら、『死ぬ気ないからだよ』と。『あ、それがすべてだな』と瞬時に腑に落ちた。紗希は死ぬ気はない。自分という存在に気づいてほしいという気持ちのほうが大きい

 だから、裏切りは自分の存在を否定されること。その怒りの矛先は、自分ではなく相手に及ぶ。実は、最後は自分に刃を向けるのでなく、他者に向く。だから、紗希は最後に翔の裏切り行為を受けて、彼に殺意を向けたと納得できた。

 それまでは、映画でさんざん描かれてきていますけど、相手を愛しすぎて殺す行為に及んでしまうといったケースを想像してたんです。ただ、そう考えると、どうしても自分としては違和感が残る。それが片山さんのひとことですべて解消されましたね」

怒りから自然と手がコップにいって、生まれたシーン

 こうした役への理解から、生まれたシーンもあった。

「刑事役の水口早香さんが演じる女性刑事に取り調べを受けるシーンがありますけど、このシーンで自分がどんなことを感じるのかイメージできなかった。

 で、リハーサルでやってみたら、なにか言い表し難い怒りがこみあげてきて、水の入ったコップが置いてあったんですけど、なぜかそこに手が自然といっていたんです。それをみた片山さんが『その水をかけちゃおう』と。

 それで当初はまったく想定していなかった、あのような水をかけるシーンになった。

 ここで、私が紗希としてどのようなことを感じていたのかというと、『なんで私と翔のことを知らないあんたにわかった口きかれなきゃいけないのか』と。その素直な気持ちをどこかもてあましていたんですけど、自分では出していいかどうかわからないでいた。

 ただ、身体は正直でなにか怒りのはけ口が必要で、それが手にむかっていた。だから、片山さんから『水をかけちゃおう』と言われたとき、心が救われたというか。たまっていたエネルギーを解き放つことができた納得のシーンでした。

 水口さんも私からそれを感じ取っていたようで、『なんか水かけられそうって思った』とおっしゃってました(苦笑)

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

実際に行為に及ぶかどうかは別だけど、女性ならば紗希の抱く気持ちになることがあるのではないか

 こうしたことを考えながら演じ切った紗希が、いま自身の目にはこう映るという。

「正直なことを言うと、まだひとりの観客としてフラットに冷静に見ることはできません。自分の芝居の反省点に目がいってしまう。まだまだ客観視できない。

 ただ、ごく普通の女の子なんですけど、どこかでボタンの掛け違いが起きてしまった。そのとき、心に歪みが生じて、その負の感情が増幅してしまい、ある瞬間にそれが弾けて、人としての一線を越えてしまったのかなと。

 自分としても見てくださった方が紗希の気持ちをどれぐらい汲んでくれるのか予想がつきませんでした。とりわけ女性にどう映るのかなと。同意はできなくても、少しはわかってもらえたらなと思っていたんですね。

 でも、実際は、『紗希に共感する』っていう意見がけっこうTwitterなどで寄せられて、意外だったというか。実際に行為に及ぶかどうかは別だけど、女性ならばそういう気持ちになることがあるのではないかと思いました。

 好きな人が自分に振り向いてくれない。自分の愛がどれだけのものなのかを相手に思い知らせたい。そういう気持ちになることは男女かかわらずあると思うんです。それをうまく穏やかに出せる人もいる。でも、紗希はそれが不器用で逸脱する方向にいってしまった。

 うまく出せる人と紗希の境界線はほとんど紙一重で、ほぼ地続きのような気がする。もしかしたら自分も足を踏み外してしまうかもしれない。

 メンヘラ過ぎるというか。心が病みすぎていると自分とは関りのないすごく遠い人物になってしまう。できるだけ身近に感じてもらえるように紗希を演じたい気持ちはあったので、『共感』や『なんか少し気持ちがわかる』といった意見が多く寄せられたのはひとつ安心したというか。自分の思いが届いたような気がして、うれしかったですね」

20代、最後に演じた役。紗希はひとつの集大成の役かもしれない

 個人的な話になるが、彼女と出会ったのはデビューして間もないころ。フリーの俳優として<ぴあフィルムフェスティバル>(以下PFF)に入選した『untitled』や『偶像讃歌』などに出演していたときだった。当時、彼女はまだ10代。ただ、そのときから、今回の紗希役と相通じる、なにか思い込みの激しい危うさのある、女性の情の深さを表現できる女優で驚いた記憶がある。

「確かに振り返ると、危うさを秘めた役をよく演じてきていて。今回の紗希は、自分がデビューから演じ続けてきた役がすべてミックスされて、その上に成り立っているような感覚は確かにあるんですよね。

 たとえば『偶像讃歌』は好きな学級のアイドルが亡くなって、その子がどういう人物だったかを追いかける、ほんとうに執着の塊のような女子高生の役で。そういうなにか心にひとつ狂気を抱えた女性を気づくとここまでけっこう演じている

 自分のこれまでのキャリアが、そのままこの最新作の『そこにいた男』の紗希にまで地続きでつながっている感じがあるんですよね。これまで演じてきた人物が肥料のようになって、紗希になっている。

 こういう役しか私はできないのかと思う反面、私が演じるとそういう女の子になっちゃうのかなとも思って。そういう意味で、20代最後に演じた役だったんですけど、節目のひとつの集大成の役になったのかなと思っています」

<ぴあフィルムフェスティバル>の経験がなかったら、今の自分はない

 ひとつの節目を迎えたと語る彼女だが、デビューしたころをこう振り返る。

「さきほどPFFで知ってくださったということでしたけど、ほんとうにあのときのPFFの経験がなかったら、おそらく今の自分はないと思います。

 PFFが女優さんをやっていきたいとちゃんと思えたときでした。『untitled』はほぼ俳優経験なしのときの作品で。そのあと、何本か経て、『偶像讃歌』に出演していたんですけど、その2作品がともにPFFに入選する幸運に恵まれた。

 そのときのPFFで出会った天野千尋監督から声をかけてもらって「MOOSIC LAB2012」の『恋はパレードのように』に出演することになった。今思うと、PFFで出会った人たちが、いろいろとつないでくださって、いまの私があるような気がする。

 岨手さんもPFF出身で、同郷の長野出身でもある。聞いたら、すごくご近所さんだったんですよ。ですから、ちょっと岨手さんの方が先輩なんですけど、ほぼ同じような風景をみて育ってきた。ほんとうに不思議な縁で、ここまでこれたなと思っています。

 だから、ほんとうに続けてこれたこと自体が自分の中では感謝しかなくて。『皆さんありがとうございます』という気持ちです。

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

 自分にあるのは、さっき言いましたけど、圧が強いことぐらい(苦笑)。地味だし、すごくきれいというわけでもない。でも、夢破れることがほとんどの厳しい世界ですけど、その中で、ほんとうに細々ですけど、ここまで続けてくることができた。

 頑張ってやってたら誰かきっと見ててくれるみたいな気持ちで続けてきたんですけど、それが去年ぐらいから実を結んだというか。実は、片山さんもPFFと同じころぐらいに出会っていて。『スペシャルアクターズ』の上田さんも、前から私が出演している映画を見てくださっていたみたいで、気にしていてくださったんですね。何かこう、自分がやってきたことが無駄じゃなかったと思えることが続いて、ほんとうにうれしい」

 年齢としても30代に入ったが?

「けっこう飽きっぽい性格で、同じことを続けたことがあまりないんです。でも、女優のお仕事は10年以上続けてこれた。頑張ってこれからも続けていきたいです」

役のイメージと性格は真逆??

 今回の『そこにいた男』を見ても、清瀬やえこという女優は繰り返しになるが、心に闇のあるちょっと病的なキャラクターがよく似合う。でも、実際の本人は明るく屈託がない。もしかしたら、本人の性格と真逆なところで光り輝くのかもしれない。

「一時期、オーディションやワークショップ行くときに、ニコニコするのをやめようって思ってた時期があります。こういう人間なので、しょっちゅう笑顔ですし、思い出し笑いで吹いてしまったりするし、すぐべらべらしゃべっちゃう(笑)。

 だけど、これまでの役のダークなイメージとはかけ離れている。それでなにか『イメージと違う』と落とされるのも嫌なので、クールな振る舞いに徹することもありました。それぐらい、映画と違うってずっと言われ続けてます。

 でも、これが自分の武器なのかなとも今は思っています」

清瀬やえこ 筆者撮影
清瀬やえこ 筆者撮影

地元長野・相生座で先行上映。「ひとつ夢が叶いました」

 作品は、清瀬の地元長野で先行上映。これはうれしかったという。

「ほんとうに家族のように劇場のみなさんが温かく迎えてくださってありがたかったです。

 相生座は、帰省するたびに上映スケジュールを確認して観にいくぐらい好きな映画館で。ほんとうに劇場のみなさんが温かく迎えてくださってありがたかったです。いつかどこかで自分をアピールできたらなと思っていたんです。『長野市出身で、相生座のファンです。女優やってます』と。そのひとつの夢が今回叶いました」

映画「そこにいた男」より
映画「そこにいた男」より

「そこにいた男」

アップリンク渋谷、アップリンク京都ほかにて全国順次公開中。

場面写真はすべて(c)2020CRG

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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