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先の見えない今思いを巡らせたい1作に。児童虐待の現実を描く「ひとくず」上映再開へ

水上賢治映画ライター
映画「ひとくず」より

 精神科医の楠部知子先生から児童虐待の実態を聞き、大きな衝動を受けた俳優で監督の上西雄大がなにかに突き動かされるように脚本を書きあげ、完成させた映画「ひとくず」。虐待する側と虐待される側の双方から、児童虐待と育児放棄の現実を鋭く描き出した本作は、昨年、イタリアのミラノ国際映画祭でベストフィルム賞と主演男優賞(外国語映画)をW受賞したほか、フランスのニース国際映画祭で主演男優賞と助演女優賞、スペインのマドリード国際映画祭で最優秀助演女優賞など、国内外の国際映画祭で受賞を重ねた

 そして迎えた今春、ようやく日本での劇場公開を迎え、4月にはこちらで上西監督のインタビューを届けた。

 ところがインタビュー掲載直後、ご存知の通り、新型コロナウィルスの感染拡大で全国の映画館は閉鎖。「ひとくず」も反響を呼びつつあった矢先に無念の上映中断となった。

 以来、長く上映再開のメドがたたない状況が続いていたが、先月16日のテアトル梅田を皮切りに、全国の劇場での仕切り直しの上映がスタート。再上映にあたり上西監督からの声をあらためてお届けする。

上西雄大監督 筆者撮影
上西雄大監督 筆者撮影

平穏を取り戻したときにみていただけるチャンスを

 はじめに新型コロナウィルスの感染拡大による映画館閉鎖での上映中断。当時をこう振り返る。

「世界の映画祭をめぐってようやく迎えた劇場公開でしたから、『なんでこんなことに』と割り切れない気持ちになったのは確かです。ちょうど、反響の声をいただいていて手ごたえを感じていたときでもありましたから。

 ただ、現実問題として、新型コロナウィルスの拡大でなかなか映画館に足を運びづらい状況になっていました。映画を届ける立場の僕らも感染リスクがある中で、なにかあったら見てくださる方に申し訳ない。危険な目に遭わせることは是が非でも避けなければならない。ですから、最後は『仕方ないこと』と受けとめて、平穏を取り戻したときにみていただけるチャンスを待とうと思いました」

コロナ禍で、大人のストレスが子どもや女性に向かないことを願っていました

 同じころ、上西監督はこんなことも危惧していたという。

この作品の主軸にあるのは、児童虐待と育児放棄。これはどちらも家族という閉ざされた世界で起きる。家庭という閉ざされた空間は外側からなかなか見ることができない。

 コロナ禍で、外に出ることが制約されるということは、それだけ家にいる時間が増えるということ。今回のコロナ禍はこれまで当たり前にできていたことができなくなる。当たり前のことが当たり前にできないというのはそうとうなストレスが積み重なっていく。その大人のストレスが子どもや女性に向かないことを願うばかりでした

映画「ひとくず」より
映画「ひとくず」より

児童虐待、育児放棄を少しでも減らせるように作った映画。コロナ禍の虐待増加は胸が痛かった

 ただ、現実は残酷で、ニュースではコロナ禍の影響でDVや児童虐待が増加傾向にあることがしきりに伝えられた。それは今も続いている。

「児童虐待の現実を知って『ひとくず』を作って。児童虐待が生じやすいケースなど分かっていましたから、このような事態になることはある程度想定はしていました。ただ、想定はしていてもやはり冷静には受けとめられないこういうことが起きることを少しでも減らせるように作った映画でもあるので、ニュースに触れるにつれ胸が痛かったです。しかも、おそらくまだまだ表に出ていないケースがある。それを考えると、ほんとうにいたたまれない気持ちです

映画「ひとくず」より
映画「ひとくず」より

コロナ禍でさらに大きな意味をもつ作品に

 これは個人的見解になるが、「ひとくず」は、コロナ禍でさらにひとつ大きな意味をもつ作品になった気がする。ガスも電気も止められた家に母に置き去りにされたまだ幼い少女、鞠と、彼女に手を差し伸べた見ず知らずの男、カネマサの物語は、社会としてひとりひとりが考えなければならない児童虐待の問題の現実を伝える。

「そういってもらえるとありがたいです。経済的にも精神的にも追い詰められて、周囲にまで考えが及ばない社会情勢になっていますけど、少しでもこの問題に関心を寄せてもらえたらと思います。虐待される子どもたちを救うには社会の助けが必要です。また、それで親も救われることがある

子どもも親も傷ついている。そのことを知ってほしい

 今回の上映再開の機会をこう考えている。

繰り返し僕が言っているのは、子どもも傷ついている。でも、暴力を振るってしまう親もまた傷ついている。そのことを知ってほしい。どうすれば、そこから抜け出せるのか、社会に何が必要なのか?作品を通して考えたい

 実はもう新作映画がいくつもスタンバイ状況にあるんです。でも、まずは『ひとくず』をひとりでも多くの人に届けたい。作品を通して、児童虐待の現実をより広くの人に知ってほしい。

 いまの日本に厳然とあるこの問題から目を背けてはいけない。目を逸らしたくなる現実を描いた作品ではありますけど、おかげさまで、好意的な感想の声が多く寄せられています。今回の再上映でさらなる多くの人の心に届いてくれればと願っています

映画「ひとくず」より
映画「ひとくず」より

「ひとくず」

シネリーブル池袋、青森松竹アムゼにて公開中。11/13(金)より大阪・イオンシネマ茨木、静岡・イオンシネマ富士宮、大分・別府ブルーバード劇場にて、11/14(土)より名古屋シネマスコーレ、11/20(金)より長野千石劇場にて公開。そのほか、横浜シネマジャック&ベティ、元町映画館など全国順次公開予定。

詳細は、公式サイト

場面写真はすべて(c) YUDAI UENISHI

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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