僕らは「新しい牛肉体験」を手に入れることができるのか/前編

短角牛と54か月齢の去勢ホルスタイン、132か月齢の経産ホルスタイン

3月5日に発売された『料理王国』4月号の「もっと自由な牛肉体験」のうち数ページをお手伝いしております。もともとはもっとがっつりお引き受けする予定でしたが、今回は編集含めてまるっと6ページだけをお引き受けする、局所戦担当となりました。

ちなみに、他のページもやまけんさんこと山本謙治さんなどのいわゆる"肉プロ"がたくさん原稿や写真を手がけられていて、知的好奇心と食欲をいいバランスで刺激する特集になっている印象です。。

発売後の誌面で「新しい牛肉体験」について勉強させてもらっていたら、数日後、Facebook上で黒毛和牛好きの友人が「最新号の料理王国、黒毛和牛が蔑ろにされているような気がしてモヤる」「みんな黒毛にはお世話になっているはずなのに」というような長文を書いていました。

僕がこの号に関わっているのを知っていたか、知らなかったのかはわかりませんが、「あまり知られていない牛にも光を当てるから、よかったら読んでね」という企画に対して、「黒毛がないがしろにされている気が」」という反応があるとは正直予想外でした。

雑誌だろうとテレビだろうと、これまでメディアで「和牛」と言えばほぼ100%黒毛和牛でした。あか牛や短角が登場しない牛肉特集なんて山ほどありましたが、黒毛が登場しない牛肉特集は記憶にありません。「和牛=黒毛」という誤った認識をされてる方はいまもいらっしゃいます。

どちらかというと、なきが者がごとき扱いをされてきた和牛はあか牛や短角のほうで(多少風向きが変わってきたとはいえ)そこに「違う楽しみ方もあるんじゃない?」と提案したところ、「黒毛がかわいそうだ」と言われるのはこの時点ではちょっと不思議な気がしていました。

肉牛新報社の「日本名牛百選」。もちろん黒毛成分100%
肉牛新報社の「日本名牛百選」。もちろん黒毛成分100%

「おいしい牛肉ってなんだろう」というシェフからの問いかけに言葉に詰まった

一方で、近年あちらこちらのシェフから「おいしい牛肉ってなんでしょうね」という疑問を投げかけられることが増えました。とても難しい質問です。黒毛が旨いとか、熟成が旨いというように、簡単に答えられる話じゃありません。

確かに近年、首をひねりたくなるような味わいの黒毛和牛を口にすることもあります。肉の味が薄い(ない)、脂の味ばかりがする、その脂の味がちょっと……などなど。

でもそれは黒毛和牛が悪いわけじゃありません。30年以上前に作られた格付制度が、十年一日のごとく運用された結果、肉に占める脂質の比率がどんどん増え、肉の味わいが変わり、市井の人々の嗜好に合わなくなってきてしまっているのです(もちろん、おいしい黒毛和牛もまだまだあります)。

世界から見た和牛の位置づけとは? 生産者から美食家まで和牛を語る人が目を背けてはいけない9つのこと

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuuratatsuya/20200428-00175726/

牛肉の味は何で決定される? 2021年3月版

牛肉の味を決定する要素はさまざまあります。肉質や味の好みもありますから、人やタイミングによっても仰ることも異なります。例えばざっと僕がいま思い浮かぶ要素だと、血統、飼料、体重、月齢、保存あたりでしょうか。

黒毛和牛はやはり血統も味の大きな要因

「味の6~7割を決定づける」と言われたりもする血統ですが、黒毛和牛ならば僕はやはり但馬牛が好みです。旨味とコクが強くて雑味が少なく、噛み込むほどに味が伸びる。一方で、味が苦手な血統もいます。

「但馬玄(たじまぐろ)のグリル」。新宿三丁目オステリア・イル・ラートにて
「但馬玄(たじまぐろ)のグリル」。新宿三丁目オステリア・イル・ラートにて

黒毛以外のあか牛や短角牛は、頭数がそこまで多くなく、血統が僕ら一般人にわかるレベルでは整備されていません。さらに、目指す味わいが畜産農家によって違います。正直黒毛ほど、血統と味の相関関係は見いだされていない……。つまり血統はいったん気にしなくていい気がします。

最終的に肉の味を決定づけるのは飼料?

飼料は、本当にさまざまですが、最近は飼料が肉の味に与える味の影響が気にかかっています。

例えば、黒毛向けの配合飼料なら自分で穀物飼料を配合してる農家のほうが味がいい傾向があります。おそらく飼料のせいだけではないのでしょうが、きちんと仕事をされる生産者の黒毛はやっぱりおいしい。どこからか買ってきた配合飼料をそのまま与えて、世話はほどほど……という生産者の黒毛は、赤身の味は薄く、脂がムダに多い印象があります。が、これは飼料ばかりでなく、頭数が多くきめ細かく面倒を見られていないとか、他に理由があるのかもしれません。

松阪牛の名人は牛の調子を見ながら穀物飼料の配合を変える
松阪牛の名人は牛の調子を見ながら穀物飼料の配合を変える

少し前に、東北で牧場を何軒か巡ってきました。黒毛に短角、「タンクロ」という短角と黒毛の交雑種など、様々な牛にごあいさつしてきましたが、この旅では牛と飼料の関係について考えさせられました。

短角牛にも濃厚飼料を給餌する

例えば短角牛は放牧のイメージが強く、100%牧草育ちかと思い込まれがちですが、短角牛の育て方は「夏山冬里」が基本。夏は放牧しても牧草が少なくなる秋口には山から下ろして寒い時期は牛舎で育てます。

どの時期に牧草を多給するか、仕上げの濃厚飼料(穀物飼料)はどのくらいの期間給餌するかは生産者によってそれぞれのやり方があります。最近でこそ牧草の比率が増えてきたと言いますが、短角牛でももともとは子牛の段階では放牧するものの、体ができてくる10か月ごろからは濃厚飼料多給で育てた時代が長かったのだとか。

ところが最近では牧草を多給する時期を長くしたり、牧草で仕上げるという試みも行われていたりと、生産者がそれぞれ工夫して育て方も多様になってきている。そう伺って感心した東北行脚はもちろん食べまくりの旅でした。

そのなかで(おそらくは)飼料や環境でこんなにも肉の味が変わるのかと思い知らされた食事が2回ありました。

いい意味で驚いたのがホルスタイン、逆が短角牛でした。

前述したように夏は山で放牧する短角牛であっても、ほとんどは完全放牧や完全牧草飼育ではありませんから、脂質由来の食べごたえもしっかりあるのは理解していたつもりです。

ところが、あるレストランで食べた短角牛がまるで黒毛和牛のような脂質だったのです。黒毛のような、と言っても、極上の但馬牛をすき焼きで味わう、うっとりするような脂質ではありません。できれば敬遠したい脂質です。べったりとした平板な油脂感はあるのに、味や香りは薄い。まるでサラダ油のような味わいでした。

お連れくださった地元の方も首をひねっています。後でこっそり教えてくれたのは、最近牧場のオーナーが変わって、飼料が変わったらしいということでした。当たり前の話ですが、短角牛でも給餌する濃厚飼料の質によっても味は変わる。そして少なくとも、飼料が変わったと言われたあの短角は必要以上に脂質が多い仕上がりで、好みの味ではありませんでした。

短角牛は和牛のなかでも、年間1000頭程度と、とりわけ頭数が少ない牛ですが、それでも十把一絡げにはできません。個体の味まではわからずとも、少なくとも生産者や飼料によって短角牛の味も変わるということを痛感させられた事案でありました。

もともと僕は穀物肥育の和牛が大好きでした。「A5」や「BMS10以上!」なんていうサシの多い肉は苦手でしたが、適度なサシが入っていて肉の味が濃い黒毛和牛はいまも大好きです。もちろん黒毛和牛は世界に誇るべきおいしい肉だとも思っています。

翻って南半球のグラスフェッドビーフにあまりいい思い出がない僕は、もともと牧草牛に対してあまりいいイメージを持っていませんでした。しかしこの岩手の旅でその印象を一変させてくれたホルスタインに出会います。

僕がもともと「牧草牛にいいイメージを持っていなかった」というのを意外に思われる方もいるかもしれません。

今回の「料理王国」の牛肉特集でも、サカエヤの店主、新保吉伸さんが手掛けた北海道は様似町育ちの完全野生放牧牛「ジビーフ」を取り上げていますし、先日も都内の店で熊本の東海大学の牧場でやはり完全放牧で育ったあか牛「草原牛」を食べてきました。それぞれ特徴こそ違えどグラスフェッドビーフで、とてもおいしくいただきました。

零下20度の降雪時でも牛舎いらずのジビーフ
零下20度の降雪時でも牛舎いらずのジビーフ

この旅で東北を訪れるまで「普段のグラスフェッド――牧草牛は新保さんの手当てがあるから、僕でもおいしく食べられるんだ」と思っていましたし、それはある意味いまも変わりません。南半球のグラスフェッドを真空パックにした牛肉は草が蒸れたようなニュアンスがあって、やっぱりあまり得意ではありませんし、ヨモギや笹など香りの強い野草を喰んで育ったジビーフなども新保さんの手当てがなければ、どんな肉になるのか想像もつきません。

酪農家のもと、牧草だけで育ったホルスタインの味わいの衝撃

話をホルスタインに戻しましょう。その子(たち)は東北の小高い山の中腹に放牧で飼われていました。ご夫婦ふたりでやられている小さな酪農家のもと、一頭は11歳(月齢130か月オーバー)の経産牛、もう一頭は4歳半(同54か月)まで育った去勢です。どちらも放牧育ちのホルスタインで、と畜した後、酪農家の冷蔵庫で約1か月ほど熟成させていたロースを少しわけていただきました。

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食のブランド化と多様化が進むなか、「安全」で「おいしい」食とは何か。生産地からレストランの最前線まで、食にまつわるすべての現場を巡り、膨大な学術論文をひもとき、延々と料理の試作を繰り返すフードアクティビストが食とグルメにまつわる奥深い世界の情報を発信します。客単価が二極化する飲食店で起きていること、現行のA5至上主義の食肉格付制度はどこに行くのかなどなど、大きな声では言えない話をここだけで話します。

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東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども行い、食にまつわるコンサルティングも。著書に『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストの書籍やWeb企画など多様なコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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