海外流出から半世紀。ようやく成立した"和牛遺伝子海外流出防止法案"の実効性は?

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

中国に持ち込まれていた「和牛種」の正体

先日の有料記事中で中国の和牛生産への意欲について説明するくだりで、和牛の受精卵や精液を中国に密売しようとして捕まった男性が「2012年頃から中国に複数回持ち出した」と供述しているという朝日新聞の記事を引用しました。

補足すると「和牛種」自体はとうの昔に中国に持ち込まれています。オーストラリアなどの第三国でとうの昔に入っていました。

 

農林水産省の2007年度「農林水産物貿易円滑化推進事業」の「費目別市場実態調査」ではこんなふうに記されています。

「現在、牛肉の輸入は禁止されており、公式には日本から輸入した和牛は扱えないことになっている。特に、豪州産牛肉や「和牛種」(日本の和牛の種牛を中国に輸入し、現地で飼育・繁殖させた種類)牛肉の伸びが顕著である。市場では日本原産の和牛へのニーズの高まりがあり、「闇ルート」やハンドキャリーでかなりの量が中国国内に持ち込まれているとされる。事例として、昨年の税関摘発で一度に 2 トン押収されたことがあるという」(抜粋)

公式に認めるわけにはいかない、という決意のせいか歯切れは悪くなっていますが、この時点で農水省は「和牛種」が中国で肥育されていることを把握しています。その上で日本産和牛(妙な日本語ですが)の肉が中国にも持ち込まれていると、農水省も認識していたのです。

オーストラリアのWagyuと日本の和牛の違い

もっとも、オーストラリアやアメリカのWagyuが日本の和牛(ここでは主に黒毛和種を指す)とまったく同じかと言うと、そうでもありません。食べこんでみると、日本の和牛ほどにはコクがありませんし、味のノリもいまひとつ。その最大の理由は血統でしょう。米豪の"Wagyu"は50%以上和牛の血統が配合されていれば、Wagyuを名乗ることができます。交配の関係上、和牛以外の血統が入ったWagyuが多いのです。

オーストラリアでは和牛遺伝子の交配比率に応じてカテゴリーが決められていて、2014年の調査ではWagyu飼養頭数25万頭のうち、純粋種は2万5000頭、純粋種は10%に過ぎません。

しかも牛は肥育の仕方によっても仕上がりが変わります。近年の遺伝学では後天的に獲得した性質も遺伝するという考え方が一般的になっています。つまり仮に(名目上)同じ純粋種の和牛だとしても、日本で肥育された和牛の遺伝子のほうが、より和牛らしい形質を受け継いでいると考えられるのです。

海外を巡り巡って中国にたどり着いた和牛。実は半世紀前の時点で北米に"流出"していたことが、2006年~2007年にかけて行われた「食肉の表示に関する検討会」で触れられています。

招聘されたサマンサ・ジャミソンMLA豪州食肉家畜生産者事業団駐日代表(当時)が次のようなコメントを残したのです。

「まず、日本からカナダに和牛の精液が 1967 年に輸出されました。その後、生体の和牛4頭が米国に 1976 年に輸出されました。そして、その後 1993 年から 97 年にかけまして、約 200 頭の生体の純血種の和牛、雄、雌両方が米国に輸出され、その後、米国で検疫手続を終えた和牛の精液、受精卵、それから生体の和牛がオーストラリアに輸出されました」

「食肉の表示に関する検討会」 第3回(平成18年10月30日) 速記録

いまから半世紀以上前に、すでにカナダに和牛の精液は輸出されていたというのです。

さらに1993~1997年の輸出は、業界では語り草になっている北海道の生産者と数社の民間企業によるもの。合計200頭を超える数の和牛と精液1万5000本を海外に売却したのです。特に北海道の生産者はやり玉に上げられ、全国和牛登録協会から再三の要請を蹴っての輸出をしたことで、協会から除名処分を受けました。

ご本人はテレビなどで「日本の畜産は海外のおかげでよくなった」「多くの人に旨い和牛を食べてもらいたいと世界に輸出することを決断した」と言っています。確かに乳牛のホルスタインはオランダ産、豚のデュロックはアメリカ産、鶏の白色レグホンはイタリア産です。

しかしいずれも国策としての導入ですし、明治から昭和の中期にかけて生産性や産肉性を重視して導入された品種です。バブル後の平成に自分で交配して固定させたわけでもない品種を、今よりも遥かに横並び志向の強かった1990年代に周囲の制止を振り切って海外に売却すれば、周囲から総スカンを食うのも無理はありません。

「多くの人に旨い」と言ってほしいのなら、まだ国内でやり残したこともあったでしょう。アメリカのWagyu協会ではレジェンドのように崇められていると聞きますが、国内ではその評価ははなはだ微妙なのも無理からぬことかもしれません。

和牛遺伝子を中国へ持ち込もうとした男に罪の意識はなかった

冒頭に紹介した和牛の受精卵と精液を持ち出そうとした事件でも逮捕容疑は「関税法」違反と、輸出の際に検疫を受けていなかったという「家畜伝染病予防法」への違反でした。

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食のブランド化と多様化が進むなか、「安全」で「おいしい」食とは何か。生産地からレストランの最前線まで、食にまつわるすべての現場を巡り、膨大な学術論文をひもとき、延々と料理の試作を繰り返すフードアクティビストが食とグルメにまつわる奥深い世界の情報を発信します。客単価が二極化する飲食店で起きていること、現行のA5至上主義の食肉格付制度はどこに行くのかなどなど、大きな声では言えない話をここだけで話します。

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東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども行い、食にまつわるコンサルティングも。著書に『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストの書籍やWeb企画など多様なコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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