目指せ、至高の牛丼プロジェクト。その過程と調味料の調達先一覧

「丼」は庶民の食べ物だ。だが「天丼」「うな丼」「カツ丼」と言った他の丼に比べて「牛丼」は軽んじられすぎている。価格では「天丼」「うな丼」とは天と地ほども違う。

「カツ丼」とはそこまでの価格差はないが、注文ごとにカツを揚げ、だしで煮て、見事な加減の卵でとじる「カツ丼の名店」はあれども、そこに並び立つような「牛丼の名店」の名は聞こえてこない。

というわけで先日、紀尾井町のYahoo!本社で「究極の牛丼をつくろう」「肉とお酒のマリアージュ」というイベントを開催させてもらった。とりわけ牛丼の方は肉、コメ、その他調味料含め、素材の段階からその道の達人のお世話になった。

まずは肉。滋賀の肉名人「サカエヤ」の新保吉伸さんに牛丼に合う肉、部位、カットをお願いした。こちらからは僭越ながら以下のようなリクエストを送らせてもらった。

「(牛肉は)勝手に黒毛を想像していますが、仕上がりイメージは、ごはんは粒立ちのいい香りのある品種で、一般の方向けにタレはやや甘め(昆布だし×濃口醤油ベース)、具は玉ねぎのみ、タレかトッピングに少し生姜をきかそうと思っています」

前後で何度かお目にかかる機会があったので、「加熱はしゃぶしゃぶに近いイメージで」とも伝え、事前に試作用に何度か肉を送ってもらい、試作を繰り返した。その過程であらためて気づいたことがある。

「肉は生き物である」ということだ。

硬くないブリスケもある

新保さんからは、最初の試作時に肉を2数種類送ってもらっていた。一般的なバラ肉――ナカバラ(お腹のあたりのバラ肉)と新保さんおすすめのブリスケ(肩バラ)だ。しかも新保さん、自分でも牛丼を作って肉を試されたという(あらためてこの人の肉仕事にかける姿勢は尋常じゃない)。

さて、試作第一回目に際して届いたのは、近江牛の同じ個体のナカバラとブリスケ。実は肉が届く前「牛丼ならナカバラかなあ」と考えていた。

一昨年、とある飲食チェーンのテストキッチンで行われたイベントで、吉野家の味をマネした牛丼を出したことがある。そのときには業務系の肉問屋からUSアンガス牛のショートプレートを1.3mmでカットしたものを取り寄せた。吉野家がUSビーフにこだわっているのは、広く知られている事実だし、吉野家のカット厚は1.3mmだと決められている。

https://www.yoshinoya.com/wp-content/uploads/2019/01/news20190123.pdf

再現自体もうまく行ったし、ショートプレートが牛丼向きの肉だということも再確認できた。そして吉野家の味の要諦も確認できた(語りだすと長くなるので、これは別の機会に)。吉野家の牛丼はあくまでも「うまい、やすい、はやい」であるが、あれだけ牛丼で食ってきた吉野家が拘泥した肉であり、部位である。部位としてはショートプレートがベストだという可能性も十分にある。

しかも僕はブリスケという部位に、硬い肉だというイメージを持っていた。黒毛和牛、交雑、USアンガスなど牛の種類を問わず、それまで試したことのあるブリスケはすべて硬かったのだ。「あの硬さだと牛丼には合わないかも……」と少し首をひねっていた。

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だが、試作用第一弾の肉が届いて僕はあっさり変節した。届いた肉は同じ個体の近江牛。だが、ナカバラとブリスケで、それぞれ牛丼を試作すると明らかにブリスケのほうが味が濃い。思っていたほど硬くなく、それどころか適度な弾力がイメージぴったりだった。「肉の匠が狙って手当てをすると、こんなブリスケになるのか」と驚いた。最終的には熟成度や個体の向き不向きなどは入荷タイミング次第というところもあったが、カットひとつで肉の味は変わる。カット厚は2mmだと聞いて「硬く感じそうだったけど、意外とぴったり!」というのが正直な感想だった。

早速、新保さんに「ブリスケで行きます! また1月に最終試作用の肉を送ってください」とメッセージを送り、今度はコメの調整に入った。丼の花形は「アタマ」に違いないが、丼ものの成否を決定するのはコメである。

おかずに合わせて、コメの味わいを変える

ときどきメーカーの炊飯器の仕事でご一緒させていただく、宮城県初の五ツ星おこめマイスター、高清水食糧の佐藤貴之さんに連絡を取って、以下のような牛丼に合うコメのブレンドをお願いできないか相談をした。

肉の特徴

  • 肉の部位としてはやや硬めだが、加熱はしゃぶしゃぶのようにサッと引き上げる。極端に硬くはならない。
  • 肉の味の濃い和牛なので口に入れた瞬間の味のアタックは強め。
  • スジもあり、噛み込んでの後からの味の伸びもある。

丼の完成イメージ

  • 牛丼のつゆはほぼなし。
  • つゆがかかっていない部分でごはんの味も感じてもらう。
  • 口中調味で丼としての味も楽しんでもらう。

「上記要素から考えると、米についてはアタックは素直な味わいで、柔らかめの肉と一緒に噛み込んでいける柔らかさがあり、後から味と香りが伸びてくるタイプのお米がいいのかなと思っております。先日お送りいただいた、ブレンド米より少し表層部のノリ感と甘みが感じられて、丼のアタマとの絡みがいいものがありがたいです」

そしてイベント数日前に佐藤さんから2種類のコメが贈られてきた。ひとつはイベントでメインでお出しした、香りのしっかりしたもの。

「肉と同じ時間、口にとどまれるようなブレンドにしています。今年はひとめが硬めですが、味が良く使いやすいです。表面のノリ感はササで感じられるはずです。比率はひとめ▲ササ☆(比率の数字は後述)ですが米の選定を重視したのであまり参考にならないかもしれません。汁の少ない丼であればこれかな?って感じです」

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そしてこの「ひとめぼれ」と「ササニシキ」のブレンドが素晴らしかった。香り豊かで味の伸びもいい。食感も肉ときちんと混じり合いながら、いい意味での自己主張もしっかり。銘柄でなく手間のかかる「コメの選定」を重視してくれたのはありがたい限り。コメは収穫できる田んぼが川一本隔てただけで、味がまったく別物になる。同じ生産者、同じコメを川ひとつ隔てた田んぼで収穫するとまったく味が別物になるのはワインと同じ。

実はもうひとつのブレンドもとても面白かった。

「肉ブレンドはつや姫194(※つやひめ、東北194号の意味)のブレンドですが、私はこの飯で魚を食べたくないくらい「風味」を抑えてます。ソース(タレ)や脂を美味しく中和したくてブレンドしました」

こちらのブレンドで丼を仕立ててみると、ごはんはひたすら具に寄り添う印象。試作時はどの肉でも味がきれいに伝わってきたので、一部おかわり希望の方にはこちらのお味見もしていただいた。

「五ツ星おこめマイスター」はよくコメの評価をする人だと思われがちだが、本当の腕の見せどころは用途に合わせたコメのブレンド。佐藤さんのブレンドはリクエスト次第で味が魔法のように変わる。近所に「五ツ星おこめマイスター」のいる店があったら、ぜひブレンドを試されることをおすすめしたい。

個体や熟成期間で、肉の味と噛みごたえは無限に変化する

さて、「肉は生き物である」の続き。意外にもブリスケの弾力がちょうどよかったが、肉は生き物であり、ナマモノでもある。個体によって差がある。本番直前の1月下旬、またも試作用に肉を送っていただいた。しかしきれいに揃えていただいた肉は、前回よりも少しはがしにくい。食べてみるとおいしい! が、前回よりも噛みごたえがある。そしてやや薄いような気も……。

「あれ?」と思って新保さんに「前回とカット違いますか?」と確認してみると、肉が違うのでいろいろ変えているという答えが。やっぱりそうですよね。

肉はと畜されて、動物としての命を失って肉になる。その瞬間から自己消化による熟成は始まるのだが、最初のうち、肉は硬い。それが熟成が進むとタンパク質の自己消化が進んでやわらかくなっていく。

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食のブランド化と多様化が進むなか、「安全」で「おいしい」食とは何か。生産地からレストランの最前線まで、食にまつわるすべての現場を巡り、膨大な学術論文をひもとき、延々と料理の試作を繰り返すフードアクティビストが食とグルメにまつわる奥深い世界の情報を発信します。客単価が二極化する飲食店で起きていること、現行のA5至上主義の食肉格付制度はどこに行くのかなどなど、大きな声では言えない話をここだけで話します。

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東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども行い、食にまつわるコンサルティングも。著書に『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストの書籍やWeb企画など多様なコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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