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土用の丑の日、うなぎを巡る悩ましい諸問題をどう考えたらいいのか。個人、企業に残された選択肢

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:アフロ)

今年、うなぎ好きにとって久しぶりに明るいニュースが届けられた。「うなぎの完全養殖、出荷サイズまでの育成成功」。完全養殖とは卵を孵化させ、幼生からシラスウナギ、成魚へと育てることを指す。

「完全養殖」自体は2010年に国立水産研究・教育機構が成功させていたが、今回の養殖実験は卵から人工孵化させ、出荷サイズにまで育成させるもの。2018年夏にスタートした取り組みで、この6月には成魚となったうなぎの試食会も水産庁で行われた。食味は上々だったというが、卵から稚魚になるまでの生存率やコスト面など、実用化へのハードルはまだ多い。何の気兼ねもなく、うなぎを食べられるようになるのはまだ先の話。

複雑に絡み合う、絶滅危惧、食文化、養殖うなぎの出自問題

うなぎ問題は難しい。まず激減する食資源をいかに守るかという、絶滅危惧問題とどう向き合うか。1963(昭和38)年には232トン捕れていたシラスウナギが2019年漁期の採捕量合計は3.7トン(この数字にはさらなる問題が隠れているが、それは後述する)という激減ぶり。

絶滅危惧や食資源の話は、本来食材の「生産」問題に集約される……はずなのだが、日本では流通や消費の問題と切り離せない。「食文化としての鰻食」があり、土用の丑となれば確実に売れるからだ。だがことここに至ってはどうにかして生産量を絞るという選択以外、ないのではないか。

そもそもうなぎは高級食だ。江戸時代だってそばは1杯16文だったのに対して、うなぎの蒲焼は160~200文したという。現代のレートで約4000~6000円。潤沢な漁獲があればまだしも、「絶滅の危機」が叫ばれる魚種が牛丼チェーンで1000円以下、コンビニでも2000円以下で売られているのにはどうにも違和感がある。

各コンビニや各牛丼チェーンの英断の報を毎年待っているが、「土用の丑にうなぎを売りません」という宣言は、町の専門店や漁業関連の中小規模の事業者からしか聞こえてこない。大手は売れる以上、止められないということか。であれば、各チェーンは企業コンプライアンスの観点から、ストップをかけられないかとも思う。

近年表面化した「養殖うなぎの出自」問題だ。実はうなぎビジネスは「水産業界最大のタブー」とも言われ、「反社」の資金源ともされている。昨年2月から3月にかけて、朝日新聞の高知版がシラスウナギの密漁が暴力団の資金源になっていることを問題視して、5回に渡って連載記事を展開した。10月にはジャーナリストの鈴木智彦氏が『サカナとヤクザ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』(小学館)というノンフィクションを上梓している。

『サカナとヤクザ~』の最終章ではうなぎの稚魚、シラスウナギの密漁についても触れられている。書かれているのは、取引が禁止されているはずの台湾産シラスウナギが、漁さえ行われていない香港を経由して日本国内に持ち込まれるカラクリだ。さらには密漁だと知りながら買い取る、国内養鰻業者の言も紹介されている。

「『どこのシラスですか?』って問い合わせがあれば『海です』で終わるんです。別に関係ないです。中国のだろうが台湾のだろうが香港から来てようがシラスに名前は書いてないんでね」

流通するうなぎの8割以上が不正という現実

昨年11月から今年3月までに海外から輸入された稚魚11.7トンのほとんど(11.5トン)が香港からの輸入だが、前述の通り香港でシラスウナギ漁は行われておらず、取引禁止のはずの台湾産のシラスウナギが香港経由で入ってきていると言われる。そして国内における2019年度のシラスウナギの採捕量合計は3.7トン。そのうち正規の手続きを経て報告された採捕量は2.2トンで、その差の1.5トンが密漁など不正なシラスウナギの可能性が高い。

現在、日本の養殖池に入っているうなぎの8割以上が何らかの不正なルートを遡上してきたもの。正当なうなぎであっても、同じ池に入れられた養殖うなぎはすべて”グレー”となってしまう。さらに言うと、天然物はうなぎ全体の0.3%以下の希少品であり、よほどの高級店でなければ口に入れることはできない。

つまり養殖うなぎを扱うこと自体、「反社」が関係するシステムに加担してしまう可能性が高い。となれば現状はそのシステムの一端を、大手コンビニや牛丼チェーンという大企業が担ってしまっているということにならないか。

結果がどうなるにせよ、取り組むのに遅すぎるということはない。出口が締まれば必然的に流入量も減る。そのとき残るのは、まっとうなルールを設定している自治体や、健全な取り組みを行う業者になるはずだ。そして実はそのモデルケースはすでにある。

イオンが取り組む、"うなぎトレーサビリティ"

イオンが今年7月13日~27日まで販売している「静岡県浜名湖産うなぎ蒲焼」。この商品についてイオンは加工、養殖業者、シラスウナギの採捕者までトレースできるシステムを静岡県や浜名湖幼魚漁協の協力を得て構築した。

うなぎの名産地、浜名湖を擁する静岡県は、うなぎの流通の透明化に力を入れていて、近年では、採捕者が稚魚の保管場所、運搬者などを県へ届け出ることが義務づけられた。静岡県では、県内で捕った稚魚は地元の養鰻組合に出荷することが決められている。

実はイオンは2018年6月に「2023年までに100%トレースできるウナギの販売を目指す」ことを明言した「イオン ウナギ取り扱い方針」を打ち出している。店舗数2万2000店、営業収益8兆5000億円の一大チェーンが、正当なルートで養殖されたうなぎ以外、取り扱わないと宣言したのだ。

「ウナギ取り扱い方針を策定」(PDF) 

https://www.aeon.info/news/2018_1/pdf/180618R_1.pdf

もちろんこうした取り組みは一朝一夕には構築できない。もともとイオンは食肉やジビエなどの仕入れの透明化や基準作りに意欲的だったという側面はある。それでもイオンにできて、売上数兆円クラスの流通チェーンにできないということはないだろう。牛丼チェーンに至っては「丑の日には牛」と本業の「うし」を売ればいい。

完全養殖うなぎが市場に出回るのは当分先の話。絶滅危惧種だから販売すべきでないという主張があり、出荷された本年分はロスなきよう食べるべきという考え方があり、食べるなら専門店のみでという人もいる。ただし現状のシステムでは、適法に採取されたうなぎのみを選ぶのは非常に難しい。

現在「反社」と呼ばれている人々は、もともと見えづらい角度から"カタギ"の日常生活に携わってきた。時代が変わろうとも、ビジネスにそうした隙間があるのは、最近の情報番組やネットニュースで誰もが知っているはずだ。養殖うなぎを取り扱い、食べてきたすべての人が(気づかぬうちにであっても)すねに傷を持っている。土用の丑の日は、うなぎを取り巻く問題をそれぞれが立ち止まって考えるいい機会に違いない。

編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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