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今年も発生。鶏肉の生食由来の食中毒事件が各地で後を絶たないやるせなさ

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:アフロ)

今年も、カンピロバクター食中毒の原稿を書く季節がやってきた。いや書きたいわけではない。防ぐことができるはずの鶏肉の生食由来のカンピロバクター食中毒がいまだに起きてしまっていることに、なんともやるせない気持ちになってしまう。

鶏肉の腸管内にはカンピロバクターという食中毒菌が存在する。それ故、鶏肉を生食すると下痢や腹痛、発熱などの症状を伴う食中毒を引き起こすことがある。カンピロバクター由来の食中毒はその後、ギラン・バレー症候群という難病を引き起こすリスクがあり、罹患者の15~20%が重篤化し、なかには死に至るケースもある。

しかし、このことは意外と周知が進んでいない。リスクが小さく捉えられているのか、ギラン・バレー症候群と鶏肉の生食の関係がいまひとつ理解されていないのか――。

ともあれいまも無邪気に鶏の生食を求める客がいて、うかうかと提供する店がある。そして去年もカンピロバクターは、食中毒の病因物質別事件数でノロウイルスを抑えて第一位となっている。

令和になった5月以降、朝日新聞の地方面で調べてみると、関東以南で13件、今年もだいたい5日に1回のペースでカンピロバクター食中毒事件が報道されている。

カンピロバクター食中毒を防ぐのは難しいことではない。一定の加熱をすればいい。生理食塩水に菌を混ぜた実験では水温65℃30秒、60℃1分で菌は死滅したという。つまり汚染された肉でも芯温をこの条件に合うよう調理すれば、食中毒は抑止することができる。本当にリスクをわかっていて出す店、求める人がどれだけいるのかはわからないが、なぜカンピロバクター食中毒はなくならないのか。これにはいくつかの誤解が働いていると考えられる。

くらしの健康―東京都健康安全研究センター

http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/health/07/1-2.html

●誤解1 新鮮な鶏肉だから大丈夫という誤解

「うちのは新鮮だから」と胸を張って鶏刺しを出す店があるが、カンピロバクター食中毒については「新鮮さ」は安全の裏付けにはならない。むしろ新鮮な鶏肉のほうがリスクが高いと言っていい。カンピロバクター菌は酸素濃度5~15%で増殖する微好気性細菌。酸素濃度約21%の大気中では増殖できず、徐々に死滅していく。つまりカンピロバクター食中毒という観点だけから見るなら、多少時間がたってからのほうがリスクが低くなる側面はある。新鮮さは万能ではないのだ。

●誤解2 「鶏肉のタタキ」は表面が加熱されているから大丈夫という誤解 

この7月1日に高知市保健所が発表した食中毒事件では下痢や発熱などの症状を訴えた男女が17人に上った。彼らは飲食店で「鶏肉のタタキなどを食べた」という。「タタキ」なら表面は加熱されているはず。しかし鶏肉の場合、表面を加熱しただけでは「安全」とはならない。

重要なのは「いつ」「どの状態で」加熱されたか。例えば、既にカンピロバクターに汚染されてしまった鶏肉が飲食店に入荷し、先に包丁で切ったとすると、表面の菌は断面にも付着してしまう。「タタキ」や生食で食べることを視野に入れるならば出荷段階で菌が陰性となっているのが必要条件。もちろん調理に使う包丁やまな板は、洗浄・殺菌されている必要がある。

●誤解3 自己責任で食べるから大丈夫という誤解

「自己責任で食べるから、超レアで焼いて」というような、生食を求めるかのようなリクエストをする客をたまに見かけるが、このリクエストもおかしな話。食中毒患者を診察した医師は、関係各機関への届出が義務づけられる。たとえ、客の求めに応じたのだとしても、ひとたび食中毒を出したらその責任は店にある。つまり何の責任も負うことのできない客自身が「自己責任で」と店に鶏肉の生食をせがむこと自体がおかしな話なのだ。

 

これまで一般に流通する鶏肉を対象に、さまざまな調査が行われてきた。それぞれの結果を見ると、カンピロバクターの汚染率は0~100%とばらつきがあるが、加熱用の鶏肉の汚染率は50%以上と言われ、カンピロバクター食中毒の件数は高水準で推移している。

現在の国のスタンスは「基準の策定を含め、規制の是非を検討」している段階。厚生労働省は、「現在、判断材料とするデータを収集中。規制ありきではない」としているが、事件の件数が増えれば「リスクあり」という判断になり、規制強化に踏み切ることは十分考えられる。もっとも一部自治体では「安全な生食」への道筋を模索していて、そこにかすかな光明は差しつつある。

●鶏肉が生食できる未来

実は、長く鶏肉の生食文化のあると言われる鹿児島県と宮崎県にはそれぞれ「生食用食鳥肉の衛生基準」がある。そのガイドラインでは、解体時に肉を汚染させず、表面を焼烙殺菌することになっている。「生食用」の鶏肉は加熱用とは別のラインで運用することで、鶏肉の生食を存続させようという自治体ぐるみの取り組みだ。

鶏肉がカンピロバクター菌に汚染される仕組みは大きくふたつ。解体時の「中抜き」という工程の際に鶏肉の腸管がちぎれて、肉を汚染してしまうパターン。もうひとつは羽を抜くため、鶏をまるごと湯漬したときに、汚染された羽の根元に菌が入り込んでしまうパターン。いずれにしても汚染を肉の表層で止めて、殺菌するのがまずは重要なのだ。

2018年、鹿児島県は18年ぶりに「生食用食鳥肉の衛生基準」を改定、いくつかの項目をさらに厳格化し、「安全な生食」の道を示そうとしている。

以前のガイドラインでは「焼烙殺菌した後、腹腔内は流水にて十分な洗浄を行い、必要に応じて殺菌を行う」だったのを、2018年の改正後は「流水にて十分に洗浄し、必要に応じて殺菌を行った後、水切りを十分行うこと」、そして「水切り後に表面を焼烙殺菌すること」と工程の締めくくりの焼烙殺菌を義務づけた。

しかも改正ガイドラインでは、「筋胃(砂肝)、肝臓」が生食可能な部位から除外された。

「県は、国の事業で16、17年度に鶏のレバーに含まれる細菌を調べた。下痢や腹痛を引き起こすカンピロバクターの検出率が高く、肝臓の生食は安全性を確保できないと判断し、生食用食鳥肉の基準対象から内臓を外した」(2018年6月14日南日本新聞)

鹿児島県でももちろんレバーや砂肝の刺身は珍重されていたが、生食文化を守るため県はこの部位を「切った」のだ。実のところ、2018年のガイドライン改定前の時点でも、鹿児島県のカンピロバクター食中毒患者数は少なかった。スーパーには鶏刺しがずらりと並んでいるのに、だ。

食鳥処理場での加工から飲食店まで「生食」を守るため、加工や流通を工夫し、目標基準を設定した結果、2017年度には鹿児島県のカンピロバクター食中毒者の報告数をゼロまで下げることに成功。生食文化のお膝元でも食中毒を排除できることを示した。

そうして2018年、さらにリスクを低減化するべく、砂肝とレバーを生食の対象から外した。生食用の処理をした鶏肉は「生食用」と明記し、加熱用とは違いがひと目で分かるように区別した。食肉処理及び加工を行ったすべての施設の名称及び県名の記載を義務づけ、子どもや高齢者は生食を控えるような表示を求めた。最終的に人の手を介する以上、リスクをゼロにはできない。だがリスクをゼロに近づけるような手を打った。

処理・加工場から飲食店までが連携して生食文化を残そうと取り組み、国や厚生労働省の判断を待っている。それが産地である鹿児島県の現状だ。それでも東京などの他地域で大規模食中毒が発生してしまったら、「鶏肉の生食は危険!」とヒステリックな声が高まり、積み上げた産地の努力はいとも簡単に吹き飛んでしまうだろう。それでいいのだろうか。

「安全な生食」が確立されたと判断されるまで、われわれ「外野」ができるのは知識を整理することくらい。生食をねだるのは「生食用」が流通するようになってからで十分だろう。

東京は世界に冠たるおいしいものの消費地であるが、産地からすると「外野」でもある。不心得な外野が誰も望まぬ結果を連れてくることはO157をはじめ、さまざまな場面で経験してきたはずだ。食文化は安全の上にこそ成り立ち、無知は文化を殺す。今年、まだ鹿児島県ではカンピロバクター由来の食中毒は報告されていない。

カンピロバクター食中毒予防について(Q&A)―厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126281.html

カンピロバクター食中毒―日本食品衛生協会

http://www.n-shokuei.jp/eisei/sfs_index_s09.html

編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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