Yahoo!ニュース

ラグビー日本代表、NZ選抜に連敗。“笑わない男”稲垣啓太「自滅。でもいい方向には向かっている」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
突進する日本代表のプロップ稲垣啓太=15日・熊本えがお健康スタジアム(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 まだ笑わない。いや、笑えない。ラグビーのワールドカップ(W杯)フランス大会に向け、日本代表はニュージーランド(NZ)代表の予備軍であるオールブラックスXVと戦い、27-41で敗れた。第1戦より健闘したが、シビアな理論家、日本代表プロップの稲垣啓太は顔をゆがめた。ひたいに大粒の汗が流れ落ちる。

 「(チームは)いい方向には向かっているとは思います。でも、負けなんで。ファンのみなさんには申し訳ないですし、僕自身もとても悔しいです」

 選手と記者が交わるミックスゾーン。「どんな試合でしたか?」と聞けば、33歳は声を絞り出した。

 「自滅…です。ジ、メ、ツ」

◆パッションと自信。日本らしいテンポでトライ奪取

 7月15日、炎暑の熊本・えがお健康スタジアム。リポビタンDチャレンジカップ第2戦。周囲からセミ時雨が聞こえる。午後6時過ぎのキックオフとはいえ、気温が29度。観衆は1万9586人。オールブラックスお決まりの伝統舞踊「ハカ」の雄叫びが強風にのれば、スタンドからは「ニッポン、ニッポン」の掛け声も飛んだ。

 ゲーム主将を任されたナンバー8姫野和樹の言葉を借りると、この日はパッション(情熱)がチームにあふれていた。相手に挑みかかる気概がみえた。第1戦と比べると、とくにコリジョン(激突)、タックル、ブレイクダウンが改善された。球出しのテンポがよくなり、攻めに日本らしいリズムが生まれた。

 日本の初トライは前半25分だった。ラインアウトからオープンに散らし、ラックの近場を姫野や稲垣が突いていく。サポートプレーが激しい。左から右、また左。そして、右。敵陣ゴール前に迫り、フランカーのコーネルセンが突っ込む。12フェーズ目。右オープンに出し、FB松島幸太朗がディフェンスの隙間を突き、右中間に飛び込んだ。

 SO李承信のゴールも決まり、この時点では13-12とリードした。

◆ミスでボールを再三ロスト

 手の汗でボールが滑ることもあったのだろう、両チームともハンドリングミスが多かった。両者の違いは、ミスした後のリアクションスピードである。判断のはやさ、動きのスピード。いわゆるリスクマネジメントか。

 NZはターンオーバーや崩れた局面からの攻めがはやい。相手ミスを逃さない。例えば、前半終了間際のCTBプロクターのトライ。日本が敵陣深く攻め込んだ場面、フッカー堀江翔太のノックオンのボールを拾われ、NZは一気に逆襲に転じてトライにつなげた。

 日本にはいいプレーも随所に見られたが、それを続けることができなかった。「どこが一番よくなかったかと言うと」と稲垣は言葉を継いだ。

 「ファーストフェーズでボールをロストしてしまって、そこから一気に(NZに)ビッグゲインからトライにつなげられたことですね」

 ブレイクダウンの改善に関しても、「確かによかった部分もあったんじゃないですか」と素っ気ない。

 「ただ、僕は結果で判断します。いくつかはよかったかもしれないけれど、80分間を通してよかったかというとどうなのでしょうか」

 どのチームも大概、戦術的にはセットピースからボールを振れば、何フェーズ目かまでは攻め方を決めている。それぞれの役割も。ではミスが起きたらどうするのか。遂行力とともにミスした時の対応力も大事になる。

 稲垣は言った。

 「決まっているプレーの一発目でボールをロストしてしまっては、やっぱり、ロールプレーが続けられなくなります。ボールを自らロストするのは我々のラグビーではありません。逆に相手からボールを奪って、2フェーズ、3フェーズと攻めていく。それが日本のやりたいラグビーなんですよ。それを相手にやられたら、我々の負けなんです」

◆攻めのスクラム「PKはもったいない」

 稲垣の役割の一番大きいスクラムはどうだったのか。先の日本代表の浦安合宿では、長谷川慎アシスタントコーチ考案の『新スクラムマシン』なども活用した結果、スクラムは着実にレベルアップされた。練習の台となる新スクラムマシンからは圧が出るシステムとなっていて、とくにバック5(ロックとフランカー、ナンバー8)の押しの継続が強化された。

 日本のスクラムは、各選手がきめ細かい決め事を守ることでより強固な塊が形成される。相手より低く構えてヒットし、8人の力を右プロップに結集させていく。稲垣は「相手がどうのこうのではなく、自分たちがどういうスクラムを組みたいのかが大事なのです」と説明する。

 全体としては安定したスクラムに映ったが、稲垣は「前半、ひとつペナルティーをとられました」と悔しがった。前半35分頃の自陣22メートル内のマイボールのスクラムのことだ。

 日本は当たり勝ち、右プロップの具智元が少し前に出る形でバック5のウエイトが前に乗った。いい感じに見えた。が、左の稲垣サイドが崩れ落ちた。

稲垣の述懐。

 「攻めた結果でペナルティーがあったのはもったいなかったなと思います。“イケる”という感覚があったのに、ちょっとレフリーを介入させてしまった。攻めたスクラムで微妙なペナルティーをもらいました」

 どういうことなのか。深淵なるスクラムの話がつづく。

 「1番(左プロップ)が3番(右プロップ)側に寄っていけば、当然、相手の3番は内側に入って落ちやすくなるんですよね。問題はそこのジャッジです。レフリーがどうさばくのか。まあ、僕の印象がよくなかったんでしょ。そこは攻めた結果で、まあ、もったいなかったなと思います」

 勝負のアヤをいえば、後半の序盤だろう。ハーフタイム。逆転をねらう日本は後半の入りの10分間、失点しないことを確認し合っていたのに、ポン、ポンと2本トライをとられてしまった。13-41とされた。

 だが、ここでフッカーの坂手淳史、SH流大を交代で投入し、試合の流れを変えた。NZはプライドなのだろう、表情には出さなかったけれど、蒸し暑さからの疲労ゆえ動きが鈍った。WTBマシレワの2トライなどでスタンドを沸かせたが、届かなかった。

◆上げ幅のカギは「自分の役割を理解すること」

 日本はW杯に向けた国内5連戦において連敗スタートとなった。だが、勝負はこれからだ。毎回、どの国もラスト1か月半でチーム力を上げていく。過去をみると、日本もそうだった。

 W杯開幕を100%とすれば、今はいくつぐらいですか、と聞かれると、稲垣は「あえて数字にすることもないので」とかわした。

 「ワールドカップイヤーは最後、こうぐっと上がるのか、下がるのかどっちかです。いま、日本はいい方向に向かっているのは間違いない。上がり幅、伸び幅というのは、これから自分たちがどういう目的をもって日々を過ごしていくのかがすごく大事になります」

 確かに、躍進した2015年W杯、2019年W杯の日本代表はそうだった。この時期から一気にチーム力を上げていった。

 上がり幅を大きくするポイントは?

 「自分の役割をちゃんと理解することでしょうね。フィールドでも、フィールド外でも。自分にいま足りないものは何なのか。それをちゃんと理解できて、それを周りと共有できるのかどうかでしょう」

 稲垣ほか、姫野、堀江、坂手、リーチ、流、松島…。経験豊富な実力者が並ぶ。これに成長著しい若手選手が加わる。日本代表の視界は良好とみた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

松瀬学の最近の記事