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NZ選抜に完敗も日本代表のPR具智元は自信復活「スクラムが楽しい」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
スクラムで低く構える日本代表ⅩVの右プロップ具智元(中央)=8日・秩父宮R(写真:アフロ)

◆日本、NZ選抜に完敗

 ラグビーのワールドカップ(W杯=9月8日開幕)フランス大会に向け、日本代表「ジャパンXV」は、ニュージーランド(NZ)代表の予備軍であるオールブラックスXVと戦い、ノートライの6-38で敗れた。あえて収穫を挙げれば、タックル力の向上とスクラムの安定か。期待の右プロップ、具智元は復調をアピールし、トレードマークの笑みを浮かべて、こう言うのだ。

 「スクラムが楽しかったです」

 8日の東京・秩父宮ラグビー場。強い風が吹く。午後5時キックオフとはいえ、気温は29度と暑かった。観客が、ほぼ満員の2万2283人。スタンドは赤白横縞の日本代表のレプリカジャージ姿のファンで埋まった。W杯イヤーならではの、期待感いっぱいのいい雰囲気だった。

◆勝負どころのスクラムをプッシュ

 「強気でいけ」。試合前、スクラムを指導する長谷川慎コーチから、こう発破をかけられた具智元は後半6分、交代出場でフィールドに入った。直後、日本は敵陣ゴール前に攻め込み、トライのチャンスをつかんだ。スタンドが沸く。ファンの手拍子が熱風に乗った。

 ここが勝負どころだった。まずPKをタッチに蹴り出し、ゴール前のラインアウトから、モールをぐいぐい押し込んだ。ゴールラインまで届かずに崩され、またPKからラインアウト。これは相手ノックオン、マイボールのスクラムとなった。ゴールラインまで約5メートル。

 日本FWが相手より低く、固まって構える。ヒット、当たり勝つ。日本のスクラムは8人の力を右プロップに結集させていく。とくにバック5(ロックとフランカー、ナンバー8)の押しが前に乗る。要の具智元がぐぐっと前に出た。でも、少し右肩が浮き気味になり、スクラム全体は左回りに回る格好で崩れた。

 具智元の述懐。

 「結構、自信持ってスクラムを組めました。バインドの時点で、“いけるな”という感じがするんです。ただ、あの1本目のスクラムは結構いけると思って外に押してしまいました」

 ◆スクラムの駆け引きとヨロコビ

 組み直しのスクラム。具智元は相手プロップに組み込まれながらも我慢し、バック5の押しを生かす格好でじりじりと押し戻した。具智元は「(組み直しの)2本目は相手をちょっと見てしまった」と振り返った。「1本目は右に行き過ぎたんで、次はちょっと内に行こうと遠慮気味に組んでしまったんです」

 押し返したスクラムからボールは出されたが、バックスのパスミスがあって、相手ボールのスクラムに変わった。組む前、レフェリーが両FWの間に入って、NZフロントローに声を出した。「モア・スペース、モア・スペース」と。もっとフロントロー同士の間合いをつくれというわけだ。

 スクラムは組み合う前の構えから駆け引きがはじまる。日本の低めからの強いヒットを嫌がり、NZは間合いを詰めてゆっくり組み合おうとしていたのだった。だが、それでも日本は当たり勝ち、このスクラムを押し込んだ。

 試合後、具智元は汗だくの顔を崩しながら、こう声をはずませた。

 「全体的にスクラムはすごくよかった。でも、チャンスのところはもっと、押しきれたらいいなと思います」

◆けがに苦しみながらも成長

 具智元といえば、前回W杯日本大会のアイルランド戦勝利のスクラムでの雄叫びだろう。敵ボールのスクラムを一気に押し崩し、ガッツポーズをつくった。5試合すべてでプレーし、日本代表の初のW杯8強入りを支えた。

 韓国はソウル出身。183センチ、118キロの頑丈なからだ。28歳。座右の銘が「一生懸命」。前回W杯後の12月、日本国籍を取得した。2021年に三重ホンダヒートから神戸スティーラーズに移籍。首やひざなどのけがに苦しみ、2022-23年シーズンのリーグワンも試合出場は先発1試合を含む5試合(プレー時間192分)にとどまった。

 けがの経験から、具智元は「からだのケアをちゃんとするようになりました。けがしそうな時、あぶないと感じるようになったんです」という。

◆慎さんの新スクラムマシン効果も

 先の日本代表の浦安合宿では、スクラムも強化ポイントのひとつだった。スクラムの安定がなければ、W杯で強豪に勝つのは難しい。合宿で話題となったのが、長谷川慎コーチ考案の「新スクラムマシン」だった。日本独自のきめ細かい決め事の塊をつくるため、練習の台となるスクラムマシンからも圧が出るシステムとなっている。つまりバック5の押しの継続がより強化されることになる。

 具智元が新スクラムマシンを説明する。

 「フロントローも(スクラムマシンから)すごい圧力を感じるんですけど、バック5も同じだと思います。一体となった押しの継続、そういう意識付けをしやすいマシンです。とくにバック5の押しが意識付けられました」

◆イングランドにリベンジを

 W杯連続出場をめざす具智元にとっての課題は、コンディショニングとゲームフィットネスか。けがが一番こわい。記者と交わるミックスゾーン。目標を聞けば、笑みが消えた。背筋を伸ばす。語気に力がこもった。

 「やっぱり、日本代表としてワールドカップに出るのが一番の目標です。しっかり準備して、選ばれたいと思います」

 とくに、W杯第2戦のイングランド戦に燃えている。なぜかというと、昨年11月の欧州遠征ではイングランドにスクラムで完敗し、13-52で敗れたからだった。

 「去年のイングランド戦は最初の3本、スクラムでやられたので、今度はやり返したい。リベンジです」

 日本代表のW杯目標は「優勝」である。そのためにはスクラムの安定は絶対不可欠だろう。その屋台骨の具智元にかかる期待もがぜん、大きくなるのだった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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