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ラグビーLO、王者埼玉が開幕戦勝利。司令塔の松田力也はなぜ、早期復帰できたのか。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
後半15分、埼玉の司令塔・松田力也が復活を印象付けるトライ=17日・熊谷(写真:つのだよしお/アフロ)

 ラグビーのリーグワンが17日開幕、初代王者の埼玉ワイルドナイツ(旧パナソニック)が、宿敵のブレイブルーパス東京(旧東芝)に22-19で逆転勝利を収めた。大けがした司令塔のSO松田力也が公式戦復帰でトライを挙げ、復調を印象付けた。

 悪夢の左ひざ前十字じん帯断裂の5月の試合から7カ月。松田は背番号10を付け、ホームの熊谷ラグビー場のグラウンドに立った。1万人余の観客の拍手が寒風にのる。試合後の記者会見、松田はその瞬間をこう、述懐した。

 「帰ってこられて、素直にうれしいなという気持ちがありました。ラグビーができることは本当に幸せなことだなと思いました」

◆佐藤トレーナーのサポートと松田のポジティブ思考、努力、信頼

 素朴な疑問。なぜ、こんなに早く復帰できたのか? そう聞けば、28歳の司令塔は「佐藤さん、“様、様”だと思います」と即答した。"佐藤さん"とは、36歳のフッカー堀江翔太もサポートをあおぐ佐藤義人スポーツトレーナーのことである。

 「結局は、“佐藤様、様”で今があると思っています。またけがをするタイミングもありました。ちょうどけがしている時に日本代表の活動があって、くさっていられないというか、周りから刺激をもらえたので、心の部分で常にエナジーを出しながら、自分自身に向き合うことができたのです」

 軸足の大けがの後、松田はこの開幕戦から逆算して、リハビリなどの復活プランを立てた。周囲はそんな短期間での復帰はムリだという声が多かったけれど、佐藤トレーナーからは「絶対、大丈夫」と言われた。松田はその言葉を信じ、ひざの手術以降、チームを離れ、佐藤トレーナーのジムに通い、リハビリやトレーニングに励んだのだった。

 「僕の頑張り次第でどうにでもなるなと思って、やり続けた結果、しっかりここに戻ってこられたのがうれしいです。自分では、できることを100%やるしかなかったんで…。ただ、佐藤さんを信じて、自分を信じて、やり続けるしかなかったんです。その結果、信じたものを貫き通してここに帰ってこられました。これからも努力を積み重ねていきたいなと思います」

 つまるところ、早期復帰は佐藤トレーナーの情熱あるサポートと松田のポジティブ思考と努力、信頼関係ゆえだった。

◆より冷静にゲームを見ることができる

 大けがを経て、松田はどう変わったのか。松田は手術の直後から「けが前より強くなってグラウンドに戻る」と言い続けていた。リハビリの結果、脚など体つきがたくましくなった。181センチ、92キロ。フィジカルが強くなり、「けがしてゲームから離れていた分、より冷静にゲームを見ることができている」と司令塔としての成長も強調した。

 この日、松田はゴールキックは外したものの、フィールドプレーでは的確なキック、長短のパス、鋭いランで躍動した。ディフェンスでもからだを張った。

 4点ビハインドの後半15分。敵陣10メートルラインあたりでボールを持つと、サインプレーで右に動き、目の前のスペースを逃さず突き、約40メートルを走り切って右中間のインゴールに飛び込んだ。ゴールも蹴り込み、19-16と一時逆転した。

 松田は「自分の前が空いたように見えました」と笑顔で振り返った。

 「そこはシンプルにラグビーとして楽しいところで、ここは勝負だなと判断しました。ただ、みんながつないでくれた中で、自分はトライしただけなんで…。これまでも、(スペースが)空いていれば、けがをするしない関係なく、行っていたと思います」

 実はけがを克服し、ランスピードが上がっているようだ。こう、言葉を足した。

 「昔だったら、走り切れていなかったんじゃないかなと思います。自分が成長しているなと思います」

◆自己採点は「50点」

 ロビー・ディーンズヘッドコーチも、フッカーの坂手淳史主将も記者会見で「(松田は)すごく努力する選手」と評した。

 坂手主将の感想。

 「力也はけがと向き合って、けがする前より強くなって戻ると常々口にしていましたし、それが実現するだろうなと思わせるほど、努力をしていました。キック2本外して、タッチキックをミスった事はゲームが終わって少しつついておきましたけど、これからもっとよくなると思います。力也がドライブすると、チーム全体が前に行きます」

 ディーンズHCはこうだ。

 「あのような大けがから復帰するのはハードルが高いんですけど、(松田は)メンタルもすごく強くなった。ラグビーのところでいうと、コンタクト・エリアだったり、いろんなところだったりでよくなって、けがする前よりも進化していると感じています」

 加えて、松田の強みは、目標達成能力の高さだろう。2019年ワールドカップ(W杯)日本大会の日本代表は、大会終了後、次の2023年W杯では「背番号10(先発SOのジャージ)を着る」と口にしていた。目下、日本代表のSO争いでは、松田の戦列離脱中、同僚の山沢拓也や21歳の李承信(神戸製鋼)らが躍進している。

 この日の自己採点は「50点」と辛かった。それだけ、自分に厳しく、向上心が旺盛だということだろう。「もちろん毎試合、100点を狙います」

◆リーグ連覇、来年のW杯フランス大会への挑戦始まる

 松田の復活劇は始まったばかりである。怖いのは、何より再度のけがだろう。自分と向き合い、どう心身の充実を図っていくのか。

 最後、実直な松田はこう、言った。

 「もう二度とけがはしたくないなと思っているので、おごらず、謙虚にしっかり準備して、プレーし続けるだけだなと思います」

 けがや挫折は人間力の成長を促す。リーグワン連覇、そして来年のW杯フランス大会へ。松田の挑戦が始まった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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