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王者・帝京大が開幕3連勝。相馬朋和新監督「パナになくて、ここにいっぱいあるものは…」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
選手たちを笑顔で迎える帝京大の相馬朋和・新監督(2日・江戸川)=筆者撮影

 ラグビーの関東大学・対抗戦で、昨季の大学日本一の帝京大が筑波大に45-20で逆転勝ち、開幕3連勝とした。後半の序盤では一時、8点のビハインドを背負った。「疲れますね」。相馬朋和・新監督は大きなからだを揺すって苦笑いをつくった。

 雲一つない快晴下の2日の江戸川陸上競技場。相馬新監督は、メインスタンドの最上段に、名将の岩出雅之前監督の横に並んで座っていた。ノーサイドの笛が鳴る。表情が一気に崩れ、心から敬愛する岩出前監督と握手を交わした。

 その時の心境を聞けば、45歳の新監督は「“ありがとうございます”です」と述懐した。

 「感謝ですよ。先生が横にいてくださらなかったら、私は何もできませんから。自分は、まだまだですよ」

 いつも謙虚だ。相馬監督は東京高からラグビーを始め、帝京大に進んだ。その時、ラグビー部監督に就任したのが岩出前監督だった。これも縁である。卒業後、三洋電機(現パナソニック=埼玉パナソニックワイルドナイツ)に入社。日本代表のプロップとしても活躍し、2007年ワールドカップにも出場した。努力家である。スクラムの強さ、人間性、ともに文句なしだった。

 相馬監督はパナソニックのスクラムコーチをしながら、岩出前監督に請われ、帝京大の指導にもあたるようになった。昨年、パナソニックを退社。帝京大のコーチに専念し、今季から、大学選手権10度の優勝を誇る母校の監督に就任した。64歳の岩出さんは顧問に。

 競技場の出入り口際のミックスゾーン。オモシロいですか? とシンプルに聞けば、相馬監督は「楽しいですよ」と即答だった。言葉に滋味がにじむ。

 「パナ(パナソニック)でつくってきたものが、ここにはない。でも、パナになかったものが、ここにはいっぱいあるんです。喜び、人づくりの喜びです。学生の成長が、身近にたくさんあるんです」

 新監督のモットーが『一生懸命』。「あまりカッコいい言葉が出てこないんです」と照れる。帝京大ラグビー部の部員数は130人余。パナソニックと比べると約3倍の大所帯となる。

 「選手と一緒に成長していきたい。オモシロさも苦労も、人数が3倍なので、(パナソニック・コーチ時代の)3倍です」

 コーチと監督。その違いは?

 「何もかも違うと言っていいんじゃないですか。コーチはラグビーのことだけ、監督はそれ以外も含めて、すべてのことに責任を負うわけですから」

 岩出前監督からは「違いを理解しろ」と言われるそうだ。つまり、指導の対象が社会人と、成長途上の学生。「同じベクトルだけど、決して同じではない」と言うのだった。

 「いろいろなレベルの学生がいるわけです。その幅を網羅できるよう、今まで以上に(学生を)観察しないといけない。人間づくりというより、組織づくりですか。いい人間が育つ組織をつくりたいわけです」

 優しい風ぼう。おおらかな体形。学生に声を荒げたことはないだろう。そう聞けば、相馬監督は「あります、あります」と言い、隣の松山千大主将に声をかけた。「いっつもだよな」と。

 「オフフィールドのことが多いんじゃないですか。例えば、授業で寝ているとか。親御さんから(学生を)預かっているわけですから」

 大学ではゼミを担当し、スポーツ心理学の授業を持つ。大学院で勉強もしている。学生には、とくに『小事大事』と指導する。

 「小さなことの積み重ねの先にしか、結果は出ないわけですから」

 そういえば、この試合、8点差をつけられた時、グラウンドから選手の大声が聞こえてきた。「小さいことを徹底しよう!」と。その後、5連続トライで逆転した。地力が相手とは違った。

 前半と後半。何が変わったのか?

 「彼らのマインドセット(心構え)が変わったんじゃないですか」

 実は新監督の記事のプロフィールには「130キロ」と書かれていた。指導者のそれに体重が記載されるのは珍しい。試合後のミックスゾーン。記者から「ちょっと大きくなったような」と声が飛べば、監督は「わっはっは」と笑い飛ばした。

 「みなさんの目ほどあいまいなものはありません。この中で、私がやせたと思っている方もいるはずです。(体重は)意味があって、ないようなものですから」 

 愉快な人だ。序盤3連勝。もう、監督業にも慣れてきた頃か。慣れましたか?

 「まだまだじゃないですか。10年ぐらいしないと慣れないと思いますよ」

 監督が変われど、帝京大はことしも強い。組織を守り、学生の成長を促す。そうやって、帝京大ラグビー部のカルチャーが引き継がれていくのだった。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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