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信頼回復はグラウンド内外の真摯な活動で~ラグビーリーグワン東葛選手の薬物所持逮捕を受け

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
記者会見で謝罪するラグビーリーグワンの東葛の梶原代表(中央)ら=筆者撮影

 妥当な判断だろう。新たに契約した豪州のブレイク・ファーガソン選手(1月2日に契約解除)が違法薬物所持で逮捕されたことを受け、ジャパンラグビー『リーグワン』1部のNECグリーンロケッツ東葛(旧NEC)は4日、チームとしてリーグ開幕戦の横浜キャノンイーグルス戦(8日・柏の葉)に予定通り出場すると発表した。

 つらい会見だった。冒頭、東葛の梶原健(たけし)代表や瀧澤直(すなお)主将ら5人は10秒間、深々と頭を下げた。梶原代表は「大変、申し訳ありませんでした」と言った。

 「リーグワンが開幕を目前に控えた非常に大切な時期に、このような事態が起きたことで、ラグビー協会、リーグのチーム、ラグビーを愛する関係者の方々に多大なる心配とご迷惑をおかけしたこと、日頃よりチームを応援してくれているファン、スポンサーのみなさまの期待を大きく裏切るようなことをしてしまったことを、大変深くお詫び申し上げます」

 個人の責任か、チームの連帯責任か。確かに過去の同様の事件では、チームが公式戦や活動を自粛したり、リーグが試合を中断したりしてきた。だが、東葛は今回、リーグ戦に参加する決断をした。なぜか。

 もちろん、ラグビー協会やリーグワンの組織としてのマネジメントの改善は急務である。チームの管理責任や監督責任も問われることになるが、1月3日にスタッフを含めたチーム関係者全74人の薬物検査を受けて全員が陰性だったことなどを受け、今回は選手の自己責任ゆえの事件と判断した。

 梶原代表によると、開幕戦欠場ほか、事態が収拾するまで欠場、シーズン欠場、廃部なども検討したそうだが、結局は「チームとして関与していなかったから」と説明し、開幕戦出場に踏み切った。

 「再発防止策などの社会的責任、マネジメント責任をしっかり対処したのち、我々はラグビーチームであり、選手はラグビー選手でありますので、ラグビーという競技を使ってしか、社会的責任を果たすことができないと考えております。試合を行う事で、みなさまからの信頼を一刻も早く回復できるような、真摯な取り組みだったり、社会的な責任だったりを、チーム一丸となって誠心誠意取り組んでいきたいなと考えております」

 チームによると、ファーガソン選手と契約を結んだのは昨年9月末。10月27日に来日し、隔離期間を経てチームに合流した。約50日間、一緒に活動したことになる。12月30日夜、同選手はひとりで六本木へ行き、事件を起こし逮捕された。チームは12月31日に選手たちに事件を伝え、年明けの1日、2日は練習を中止した。3日、全員の薬物検査を実施。4日、開幕戦参戦の決定を受け、練習を再開した。

 こういう時、チームとしての連帯責任を問うべきだとの声も出るが、他の選手やチームとしての事件への関与がなければ、無実の選手たちには罪はなかろう。プロップの瀧澤主将は「(事件を)聞いた時は、ほんとうにショックでした」と漏らした。

 「言葉がないというか、それと同時に、不安な気持ちが大きくなった感じでした。リーグワンへの参戦を含め、いろんな不安が込み上げてきたのが正直なところです」

 結局はリーグには参戦できることになった。チームは開幕戦に向け、約6カ月間、ハードな練習を積み重ねてきた。憔悴しきった顔の35歳の主将は続ける。

 「もちろん、ラグビーをしたいという気持ちはありましたが、ほんとうにそれでいいのか、複雑な気持ちであるのは間違いありません。ただ、プレーという形で表すことができるのは、こういう言葉を使っていいのかどうかわからないですけど、やっぱりうれしく思います」

 チームリーダーのひとり、27歳フランカーの亀井亮依(りょうい)は「事実を聞いた際は非常に衝撃的でショックでした」と振り返った。

 「本日、リーグに参戦することが決定したことを聞いて、正直うれしい半面、複雑な気持ちでもありました。今シーズン、地域密着ということで、チーム名にも東葛という名前を背負って、多くの地域の皆様からもご支援、サポートをいただいているのに、多くの方の期待を裏切るような事態になってしまったことを、非常にこう、心が痛く、心より残念なことをしてしまったなと感じています」

 再発防止策として選手にできることは?と聞かれると、しばし、考え込んだ。まずはプレーできるありがたみを知ることからか。

 「我々選手は、活動できることが当たり前ではない。イチ選手ではなく、イチ社会人として、日々の生活を送れることが当たり前ではないと認識する機会になったのかなと感じています」

 会見に同席した苦労人の35歳ロック、廣澤拓(たく)はこうだ。

 「事件を知った時は、悲しさが強いというか、事実を受け入れられませんでした。ほんとうに僕らはプレーすることしかできないところもあるので、また、いいチームだなと認めてもらえるよう、すごい小さなことを積み重ねていくしかないと思っています」

 今回の事件はチームの、リーグワンの、そしてラグビーそのものの価値を損なうことになった。一度失った信頼の回復はたやすくない。まずは基本中の基本、ラグビー憲章にあるラグビーの価値の『インテグリティ(品位)』『ディシプリン(規律)』『リスペクト(尊重)』の大事さを再度、かみしめるところから始まる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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