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独自のスタンダードを作り上げていきたいー世界一のスクラムを目指すラグビー日本代表の稲垣啓太

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
オンライン会見で、日本代表のスタンダードについて話す稲垣啓太(2日・筆者撮影)

 青い宮崎の空のもと、屈強なフォワード(FW)選手がからだをぶつけ合う。額から流れ落ちる汗。土曜日。最高気温が31度。ラグビー日本代表候補の合宿で、さっそくスクラム練習がはじまった。

 「世界一のスクラムを目指す」。そう宣言しているFWのリーダー格、稲垣啓太(埼玉パナソニックワイルドナイツ)の言葉に充実感がにじむ。

 「チームのスタンダードが高くなったことを今日一日で実感しました」

 スタンダードとは、基準、標準、つまりは選手、およびチームのベースを指す。フィジカル、フィットネス、スキル、プレーの精度、ゲーム理解度、メンタル、規律…。この合宿のテーマのひとつが「スタンダードの向上」である。試合のスタッツや個々のデータをみれば、ティア1(世界のトップ10クラスの強豪国)とさほど変わらない。

 でも、春の欧州ツアーでは、日本代表は全英&アイルランド代表ライオンズに10-28、アイルランド代表には31-39で惜敗した。31歳のプロップは「最近、ティア1のチームには勝てていない」と声を落とした。

 「大事なのは、我々の独自のスタンダードを作り上げるということです。新しいものを取り入れていく必要もあると思いますね」

 春の欧州遠征では、日本代表の進化ぶりを示すことはできた。とくにスクラムの安定だ。そのスタンダードも上がった。欧州遠征の総括を聞けば、稲垣は「マイボールスクラムでは100%、ボールを獲得できていたんです」と振り返った。

 「それに対して、相手ボールのスクラムでは、3、4個ずつ、ペナルティーを重ねていた。課題としては、相手ボールのスクラムに、どう対処していくか。我々は相手ボールのスクラムにプレッシャーをかけてペナルティーを奪いたいのです」

 具体的にはどうだったのか。欧州遠征ではレフリーからギャップ(両チームのFW一列目同士の間隔)をひろげるよう指示された。ヒットした瞬間、日本代表プロップの足が伸び切って落ちた。コラプシング(故意に崩す行為)のペナルティーをとられた。

 土曜日の練習後のオンライン会見だった。「スクラムの改善点」を聞けば、稲垣は「スクラムで一番大事な部分は、大きく分けて2つあるんです」と言った。

 「組む前の準備と組んでからの方向性です。まずやらないといけないのは、組む前の準備ですね。バインドで相手にウエイトをかけられて我々の重心が下がっている時に、ペナルティーが60%、70%の確率で起きています。これは、まあ、いろんな要素があるんですけど、ロックの膝を上げるタイミングが遅かったり、フランカーのひざを上げるタイミングだったり…」

 日本代表としては、ギャップを詰めて、相手FWの姿勢を窮屈にさせたい。その際、レフリーからギャップをとらされたら、どうすればいいのか。稲垣の説明。

 「距離が遠くなったら、バックファイブ(ロックとFW第三列)の足の位置をちょっと詰めさせる。要するにヒットした瞬間、(プロップの)ひざが伸び切らないということです。そのため、バックファイブの足の位置をふだんより一歩詰めておくということです」

 オモシロい。スクラムは奥が深い。でも、これ以上の話は“企業秘密”か。これから、“シンさん”こと長谷川慎コーチと、精密機器のごとき緻密なスクラムをつくり上げていくことになる。そう。世界一のスクラムを。

 チームで変わったのは、主将がリーチマイケル(東芝ブレイブルーパス東京)から、南アフリカ出身の”ラピース”ことピーター・ラブスカフニ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)に代わったこと。また、合宿の練習サイクルが、2日ハードワークの1日オフのパターンとなったこと。リカバリーやミーティングの時間を増やし、チーム内の意思疎通、ゲーム・戦術理解を高めるためだろう。

 日本代表は合宿のあとの23日、大分で強豪の豪州代表とテストマッチを行い、欧州遠征に出発、アイルランド代表、スコットランド代表などと敵地で対戦する。

 稲垣は「テストマッチは勝たないと意味がない」と言い切った。

 「結果を出して、またみなさんと喜びを分かち合いたい。勝たなきゃ、何も評価してくれなくていいんです。だから、勝つために、準備して、準備して、準備して…。それで結果が出なかったら、正直言って、(ファンには)ののしってもらったほうがラクなんです」

 日本代表同様、自国開催の2019年ラグビーワールドカップのあと、見る側の目のスタンダードも上がってほしいということだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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