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”世界一のスクラム”目指し、ラグビー日本代表が手応え発進

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
日本、アイルランドに惜敗。試合後、選手たちは並んで感謝の拍手。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ほんと強くなったものだ。日本が、そしてスクラムが。ラグビー日本代表が3日、敵地ダブリンで、アイルランド代表と対戦し、31-39で惜敗した。先の全英&アイルランド代表ライオンズ戦では10-28。今回の欧州遠征は連敗で帰国することになったが、日本代表の進化ぶりを示すことはできた。とくにスクラムの安定である。

 「いこうぜ。」。左プロップの稲垣啓太は試合前、そうツイッターにコメントした。短い言葉に相手に挑みかかる気概があふれる。試合前の国歌斉唱、テレビ画面にクローズアップされた31歳の額には数滴の汗粒が浮かんでいた。目は閉じられていた。

 ファーストスクラムは、前半13分の相手ボールだった。自陣22メートルラインそばの左中間。まずは自分たちの組みやすい体勢をとるため、スクラムを組む直前、互いにギャップを探り合う。ギャップとは、両チームのFW一列目同士の間隔を指す。アイルランドが先に仕掛けようとし、「アーリー・エンゲージ」の反則を犯した。

 2本目は、敵陣22メートルラインを入った中央あたり、またもアイルランドボールのスクラムだった。今度は日本が先に仕掛け、相手にフリーキックを与えた。アイルランドはイケるとの自信を得ていたのか、再度、スクラムを選択。これは右プロップの具智元が内側に落ちる格好となり、コラプシング(故意に崩す行為)の反則をとられた。

 具智元は試合前日のオンライン会見で、ギャップについてこう、述べていた。「トップリーグに比べてすごくギャップがある」と。相手との間隔があるため、ヒットした瞬間、自分の足が伸び切って落ち気味になる、と。だから、当たった瞬間、足を前に運び過ぎたのだろう。ウエイトが前のめりになってスクラムが崩れたように見えた。

 この日組まれたスクラムは、アイルランドボールが5本、日本ボールは7本だった。日本はマイボールでは実にいいスクラムを組んだ。具智元の言葉を借りると、「FW8人でガチッとしたスクラム」。アイルランドと比べると、一列目だけでなく、ロックもフランカー、ナンバー8も背筋がしっかり伸びている。重心が前に載っている証左だろう。

 例えば、一時逆転したトライの起点となった後半2分のスクラムだ。位置が、敵陣10メートルラインあたりの右タッチライン際。日本は自分たちの間合いからヒットで当たり勝った。8人の固まりとなったウエイトが相手に乘っている。左プロップの稲垣の方が前に少し出ている左アップ、つまり左ラインには展開しやすいスクラムだった。

 日本のFWがぐいと前に出た。刹那、ボールが出て、SH齋藤直人がいいテンポで左に展開。左タッチライン際にできたポイントで、なんとSO田村優が狭い左ブラインドサイドを「ピック&ゴー」、そのまま持ち出した。突破し、相手タックルを受けそうになると、右足のアウトサイドキックでボールを転がし、WTBシオサイア・フィフィタがこれを拾って左中間に押さえた。ゴールも決まって、24-19と逆転した。

 スクラムを指導する長谷川慎コーチは、この遠征のターゲットは「ゲームシナリオ」と言っていた。どの時間帯、どのエリア、どの展開では、どういったスクラムを組むのか、である。この後半2分のスクラムはまさに、その狙い通りのスクラムだった。

 振り返れば、日本代表は2019年ラグビーワールドカップの際、静岡エコパで、このアイルランドを撃破した。その原動力がスクラムだった。1年8カ月ぶりの代表結成。合宿でのオンライン会見で、稲垣は「スクラムのスタンダードが確実に上がった」と言葉に充実感を漂わせていた。

 さらに、新生日本代表が目指すスクラムは? と聞けば、“笑わない男”はボソッと漏らした。

 「世界一のスクラム、めざしますよ、もちろん」

 長谷川慎コーチに徹底指導された“慎さんのスクラム”は、日本代表のW杯ベスト8入りに貢献した。実は今回の欧州遠征中、国際舞台のスクラムをリードするコーチやレフリーたちのミーティングに招かれている。“スクラム強国”と認められたからだろう。

 この試合、直前のウォーミングアップでナンバー8の姫野和樹がケガし、急きょ、テビタ・タタフが先発出場した。試合途中には、FB松島幸太朗が負傷退場した。それでも、日本代表はアイルランドと互角の展開に持ち込んだ。WTBフィフィタ、SH齋藤の代表初トライもあった。田村の絶妙なキック、パス、動きも。鋭いディフェンス、確実なキックキャッチ、早いテンポの攻めなどもまた、ハードワークの成果だっただろう。

 試合後、リーチマイケル主将は「やはり負けは残念です」と言った。

 「いいプレーはできましたけれど、エクセキューション(戦略実行)が完全にできませんでした。ここまでの努力にはうれしく思いますが、まだ足りなかったので、これからも努力していく。この試合から学んで、さらに(2023年)ワールドカップに向けて積み上げていきたい」

 最後に。

 長谷川慎コーチは試合後、ツイッターにこうコメントした。

 「応援ありがとうございました。頑張ってくれた選手に感謝します。日本のスクラムを強くしましょう!」

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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