Yahoo!ニュース

後悔なき人生設計とは―東京五輪断念、医師めざすラグビー福岡堅樹

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
オンラインで記者会見に臨むラグビー福岡堅樹(パナソニック・ワイルドナイツ提供)

 昨秋のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本代表のウイング、福岡堅樹選手(パナソニック)が、7人制での東京五輪への挑戦を断念することになった。明確な人生設計に拠る決断だが、27歳は日曜日のオンライン会見で、「後悔したくない」と何度も口にした。

 剣豪・宮本武蔵の名言、「我、事において後悔せず」を実践するタイプだ。なぜ東京五輪断念を? と聞かれると、福岡はこう、言った。目元につよい意志がのぞく。

 「自分の人生で大きな決断をしたときには必ず、どの選択が一番後悔をしないだろうかと常に考えてきました。今回も、自分の中では後悔をしたくない、後悔をしない人生を生きたいという思いが一番強かったからです」

 何度もインタビューさせてもらってきた。6年前、筑波大3年生の福岡はキャンパスで「医学の道はあきらめていない」と言い切った。子どもの頃から、尊敬する医者の祖父の影響を受けて描いたキャリアビジョン。大学卒業後はラグビーのプロ選手としてトップリーグでプレーし、2019年W杯、20年東京五輪をめざすとも口にした。「順調にいけば」と前置きして、たしか、こう言葉を足した。

 「そこが僕のラグビー選手としての山です。27歳、28歳でしょうか。その後、医学部に入って、6年間、勉強して、2年ほど研修して、30代半ばでドクターになるのです」

 その後の福岡の人生は、ほぼキャリアプラン通りに進んだ。卒業後はパナソニックでプロ選手としてプレーし、ラグビーの日本代表としては2015年W杯、2019年W杯で活躍した。予期せぬ事態は、新型コロナウイルスの感染拡大だった。

 東京五輪の延期が取りざたされはじめた時から、福岡は自分の人生設計をどう実践するかと考え始めたという。医学部受験の勉強をしながら東京五輪を目指すのか、それとも勉強にウエイトを移すのか。

 人にとって、一番大事なものは、「カネ」ではなく、「時間」だろう。カネは取り戻すことができるけれど、失った時間は二度と取り戻すことができない。1年。福岡にとって、人生設計のポイントは大会ではなく、時間だった。タイミングだった。

 福岡はオンライン会見で、「一度、決めたことを先延ばしにしたくない。自分が決めたタイミングを貫きたいということでこの選択に至りました」と説明した。医師というターゲットから逆算して考えたら、7人制日本代表のキャリアを、1年延長した東京五輪まで延ばすのは無理だったにちがいない。

 だから、予定通り、来季の15人制ラグビーのトップリーグ(来年1月開幕予定)はパナソニックでプレーする。15人制日本代表からは既に引退している。なぜ、東京五輪は断念したのにトップリーグでプレーするのか、と聞かれると、福岡は怪訝そうな顔をした。「もともと、自分の中での(人生)設計でした。自分の思っていた通りのタイミングだと思っています」

 福岡は、リアリストである。「今を生きる」、あるいは「受容」の人生哲学は、トップアスリートに共通しているものだろう。

 「自分は決断する時に、自分でもコントロールできないことはどうしても存在すると思うのです。そこに関して、悩んでしまっても、自分ではどうすることもできないので仕方ない。すんなり、受け入れるしかない。じゃ、自分でコントロールできる範囲で何をすればいいのか、どうすれば自分が一番後悔しない道を選べるだろうかと考えるのです。前向きに次のことを考える、結果、後悔しない道を歩めるのではないかと思っています」

 このコロナ禍において医療従事者は奮闘している。その姿に接し、福岡はより、医学の道を歩みたいと強く考えたようだ。

 医療従事者から直接話を聞く機会もあったと、福岡は打ち明けた。

 「大変な思いをしていることを直接聞くと、医療関係の仕事というものは、これから世の中がどう変わっていっても、必要な存在であり続けると考えました。自分も、そういう風に必要とされる存在でありたいと強く思ったのです」

 福岡にとって、ラグビーも人生も“頑張るモチベーション”は「フォア・オール」である。みんなのために。トライでチームの勝利に貢献する。あるいは、医師になって人々の病気やけがを治す。つまるところ、ビジョン(大義)は、「人を幸せにすること」か。

 そういえば、30年近く前、1991年ラグビーW杯期間中、英国ウェールズ郊外の病院で、ウェールズ代表の伝説的なフルバック、J・P・R・ウィリアムスさんにインタビューしたことがある。ドクターでもあった名ラガーは、医者としての喜びを聞くと、「フォア・オール」と口にしたのだった。

 果たして、福岡はどんな医者をめざすのだろうか。分野はまだ決まっていないと前置きし、「理想像としては」と続けた。

 「アスリートとしてトップでやってきた自分の経験をアドバンテージとして生かせる分野でやりたいなとは思います。アスリートの気持ちがわかるので、けがを治すだけではなく、メンタル面にもしっかり寄り添ってあげられるようなお医者さんになれたらいいなと思っています」

 今後は医学の勉強をしながら、ラグビーのトレーニングもつづけ、来季のトップリーグ(来年1月開幕予定)ではプレーする計画だ。まだ現役引退はしない。最後になる可能性がつよいトップリーグの目標は「優勝」と答えた。トライ王は?と聞かれると、苦笑いを浮かべた。

 「正直に申し上げますと、僕自身、トライ王へのこだわりは一切、ありません。自分がトライをとることより、チームが勝つことがすごく大事なので。チームが勝利して、最終的に優勝することができればいいです」

 モットーが、故スティーブ・ジョブズ氏の『Stay hungry, Stay foolish(ハングリーであれ、愚直であれ)』である。いつまでも、向上心と謙虚な気持ちを持ち、新鮮な心持ちで何事にも挑戦していく意味です、と説明してくれたことがある。

 自身の人生プランを愚直に疾走する。「フォア・オール」のスピードスターの視線はトップリーグV、そして人々のために奮闘する医師の姿に結ばれている。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

松瀬学の最近の記事