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ラグビー文化っていいものだー「君たちは何をめざすのか 徳増浩司著」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
君たちは何をめざすのかーラグビーワールドカップ2019が教えてくれたもの

 奇跡。

 ラグビーワールドカップ2019から半年が経った。あの大会は何だったのか。なぜ、あんなに魂がふるえたのか。ラグビーをラブする徳増浩司さんの『君たちは何をめざすのか―ラグビーワールドカップ2019が教えてくれたもの』(ベースボールマガジン社)にちりばめられたエピソードが、そのワケを教えてくれた。奇跡の連続だったからだった。

 日本代表の活躍もそうだが、グラウンド外でもたくさんの奇跡が起きていた。徳増さんは、ラグビーワールドカップ2019組織委員会の事務総長特別補佐だった。だから、大会の舞台裏に詳しい。台風19号で3試合が中止になりながらも、日本×スコットランドが開催されたときの関係者のがんばり。

 あるいは、徳増さんが大会直前、オーストラリアの15歳の少年から「ワールドカップ観戦で日本を訪ねた際、ラグビーのレフリーをやらせてもらえないか」とメールをもらった話。熊本会場では、失意の沖縄の中学1年のラグビー少女がセレモニースタッフのイキな計らいで試合のMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)のプレゼンターになるおとぎ話のような出来事。

 <夢を貫く大切さ、周りの人に喜びを与える温かさ、それらすべてが幸せにつながる魔法の法則を親子ともどもこの大会から学びました>。魔法の法則とは。ラグビー少女の母親からの徳増さんへのメールの言葉が、読む者の胸に染みこんでくる。

 もうひとつ、こんなエピソードも書かれている。岐阜の小学6年のラグビー少年は、観戦を心待ちにしていた豊田スタジアムでのプール戦、ニュージーランド×イタリア戦が台風の影響で中止となった。少年は泣きじゃくった。徳増さんがその出来事をフェイスブックに書くと、何人かの人から決勝トーナメントのニュージーランド戦のチケット提供の申し出が届いたそうだ。

 結局は、元日本代表の大西将太郎さんが自身の伝手を頼って、ラグビー少年親子のためにスポンサーチケットをゲットし、新幹線代まで負担することになった。大西さんはエライ! 世の中、捨てたもんじゃない。その少年にとっては、宝物のような思い出となるだろう、きっと。

 このほか、ラグビータウン、釜石のエピソードからキャンプ地の北九州、長崎の「おもてなし」の活動、ラグビーワールドカップ日本招致の裏側なども紹介されている。雨の土曜日、イッキに読んだ。ラグビーっていいなあ。ラグビー文化ってあったかいなあ、とつくづく感じるのだった。

 コロナ禍だからこそ、こころの持ち方、人と人との絆の在り方をより、考えるようになった。徳増さんは、ラグビーのコアバリューとして、「品位」「情熱」「結束」「規律」「尊重」の5つだけでなく、「受容」という新たな価値観を加えてはどうかと提案している。起きたことをそのまま受け入れ、困難を乗り越えていく強さや勇気も必要ではないか、と。

 徳増さんは1975年に来日したラグビーのウェールズ代表の試合に感激し、会社を辞めて、英国ウェールズに留学した「夢追い人」である。好きなことに熱中する、まっすぐなタイプ。帰国後、茨城県の茗渓学園を監督として高校日本一に導いた1989年正月に取材してから、ずっと存じ上げている。

 本ではウェールズに渡った経緯にも触れ、「チャレンジすることの大切さ」も記されている。やはり、「人との出会い」は宝物だろう。“縁”が増えれば、“運”がひろがる。そう信じて、徳増さんは自分のスタイルを通し、たくましく生きてきた。

 「エンジョイすること」と「個性を生かすこと」が68歳の徳増さんの指導信条だが、これは生き方にも相通じるものがある。この本はラグビーワールドカップの珠玉のエピソードを通した、未来に羽ばたく子どもたちへの熱いエールなのだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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