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勝負分けたコラプシングー早大×慶大

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
終了間際、慶大、痛恨のスクラムのコラプシング(撮影:齋藤龍太郎)

 劇的な幕切れである。ラグビーの全国大学選手権の準々決勝で、早大が慶大に20-19で逆転勝ちした。ゲームを決めたのは終了間際にトライを挙げたWTB佐々木尚だが、勝敗を分けたのはスクラムのコラプシング(故意に崩す行為)の反則だった。

 年の瀬の22日、小雨降る東京・秩父宮ラグビー場。残り1分を切った。慶大陣の中盤あたりで、慶大はマイボールのスクラムをもらった。スコアが慶大の19-15だった。スクラムからボールを出し、FWがボールをキープして、タッチに蹴り出せば、そのままノーサイドとなる状況だった。だが、勝負事は最後までどう転ぶかわからない。

 この試合、スクラムごとに早大のフロントロー3人は意思統一を図っていた。「最後もしっかり(意思疎通を)とりました」と、早大の右プロップ、1年生の小林賢太は言った。

 「3人まとまって、しっかりヒットして前に出ようって確認したんです。ずっとやってきたスタイルが、“1時”の方向に押すことです。前3人が意識して出られて、後ろの重りも載ったのでいいスクラムを組めました」

 1時の方向とは、時計盤の「1時」の位置の向きを意味する。つまり3人そろって、少し右斜め前方に押すイメージでいこうということだった。最後、スクラムは一度、崩れた。早大の左プロップ、途中交代で入った千野健斗(4年)が当たり勝っていた。

 対する慶大の3番の位置に途中交代で入っていた右プロップは最初、少し内側に持ち上げられかけたように見えた。だから、組み直しの際、からだを沈みこませようとしたのだろう。

 残り30秒、ポイントとなった組み直しのスクラム。早大がヒット勝負でまたも当たり勝った。特にフロントロー陣は低く鋭かった。途中交代のフッカー、峨家直也を軸に重圧をかける。次の瞬間、慶大フロントロー陣が落ちる感じでスクラムがどんと崩れた。足元の芝が雨で緩んでいこともあったのだろうか、慶大の右プロップの右ひざが地面についた。

 松本剛レフリーが笛を吹いた。「慶大コラプシング」、痛恨のペナルティーとなった。試合後、松本レフリーに確認した。最後の慶大のコラプシングは?

 「慶応の18番(右プロップ)が圧に耐え切れなくてひざをついたということです」

 でも、松本レフリーの位置はボール投入側、つまり慶大の左プロップサイドだった。右プロップのひざが見えたのですか?

 「私の方から(慶大・右プロップの)ひざは見えませんでしたが、力の関係で(からだが)下がっていることと、AR(右プロップ側のアシスタントレフリー)からの(慶大プロップがひざをついたという)コラプシングのレポートがあったので、ふたりの同意ということでペナルティーを吹きました」

 慶大にとっては、残酷な笛となった。直後、ノーサイドのホーンが鳴った。その後、早大にペナルティーキックをタッチに蹴られ、ラインアウトからの連続攻撃でトライを奪われてしまった。

 最後のシーン、慶大のスタンドオフ古田京主将はこう、振り返った。「スクラムに明確に自信を持っていました。判定について、僕はわからないです」と。

 慶大の金沢篤ヘッドコーチはこうだ。目は悔し泣きしたのか、真っ赤だった。

 「最初から最後まで、スクラムが一番のキーだったのかなと思います。自分たちとしてはスクラムでプレッシャーをかけていたと思いますし、判定のところはいろいろとありますが、最後もそう、判定されたということで…。自分たちの強いところをあまり出し切れなかったということです」

 ひと呼吸おき、続ける。

 「とくに勝負どころですよね。ゴール前や、一番のキーのところで、相手のペナルティーになった。自分としては、厳しい状況だったのかなと思います」

 また、ため息をもらしながら。

 「やっぱり、どっちに転がるかわからないのが、勝負事なので…。最後、(勝利の女神が)ワセダに傾いた。これがスポーツの残酷なところ、厳しいところでもあります」

 一方、早大の相良南海夫監督は「残り30秒でしたので」と安どの表情で振り返った。

 「万事休すという思いもあったんですけど、最後まで勝つと信じていました。(慶大コラプシングに)これはまだ、(勝利の)風があるというふうに正直、思いました」

 この試合、スクラムは慶大ボールが9本、早大ボールは6本の計15回、くまれた。慶大ボールの際、慶大に対し、ペナルティーキックが2回、フリーキックが1回、早大に対し、ペナルティーキックが1回、反則としてとられている。微妙な判定もあった。最後までスクラムは落ち着かなかった。

 どだいスクラムは両FWの力と駆け引きがぶつかるところなので、不安定となりがちだが、レフリーのスクラムのマネジメントはどうだったのだろうか。

 ワールドラグビー競技規則を見ると、第19条の「スクラム」の項目において、危険なプレーとしてのコラプシングが次のように規定されている。

 <・相手を故意に持ち上げて宙に浮かせる、または、スクラムから押し上げて出す。

  ・スクラムを故意に崩す。

  ・故意に倒れる、または、ひざをつく。>

 「故意」かどうかといえば、あの局面で慶大FWが意図的にスクラムを崩すことはありえないだろう。でも現象として、慶大の右プロップは右ひざをついた。彼の心中はいかばかりか。

 余談をいえば、筆者も早大時代、大学選手権決勝で明大相手にゴール前でコラプシングをとられた。その時の屈辱と悔恨、景色は40年近く経った今でも脳裏から消えない。

 兎にも角にも、創部100周年の早大はこの勝利で、5シーズンぶりの「年越し」を果たした。チーム力の成長も勝負運もある。準決勝(1月2日・秩父宮)の相手がふたたび明大。

 その対策を聞かれると、相良監督はこう、漏らした。

 「相手がどうのこうのより、一度死んだ身なので、自分たちができることを…。1日1日成長して、どんなラグビーができるのか。自分たちの力を出し切りたい」

 明大もスクラムに自信を持つ。勝負のポイントのひとつは、またもスクラムとなるだろう。どちらがより8人が結束して、スクラムを組むことになるのか。願わくは、酷なコラプシングがなくなることを。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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