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ジョセフHCがつかんだ3つの手応え~ラグビー日本代表総括

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
総括会見で笑顔を浮かべるジョセフHC(27日・撮影:齋藤龍太郎)

 勝負の世界は厳しい。ワールドカップという世界最高の舞台では常に結果が求められる。サッカー日本代表は、ポーランドに敗れながらも、決勝トーナメント進出を決めた。来年のラグビーワールドカップで決勝トーナメント進出を目指す日本代表のジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)は過日、6月のテストマッチの総括会見に臨み、「チームは自信をつかんだ」と安ど感を浮かべ、特に3つの手応えを口にした。

 ジョセフHCはいつもと違い、リラックスした雰囲気を漂わせていた。時節柄、サッカーワールドカップの質問が出た。ジョセフHCは天井を見上げ、「少し思うことがあります」と話し出した。

 「サッカーもラグビーもそうなんですけど、プレーヤーにとって、パーフェクトなゲームってなかなかできないものだと思っています。そういう状況の中で、プレーヤーは少しでもパーフェクトに近いパフォーマンスのために準備をひたすらやっているのです。次のレベルにいくための準備の重要さは共通するものだと思います」

 ラグビー日本代表とて、ジョセフHCの指揮下、準備に準備を重ねている。結果を出すのに大事なことは、「正しい準備」と「ハードワーク」である。6月、欧州6カ国対抗のイタリア代表と2試合、スクラム強国のジョージア代表と1試合を戦い、2勝1敗の戦績を残した。

 6月9日、大分でイタリア代表を34-17で下したが、16日は神戸でイタリア代表に22-25で敗れた。23日には愛知・豊田でジョージア代表に28-0で完封勝ちした。日本の代表強化の方向性が間違っていないこと、日本の「現在地」が世界ランキング(11位)あたりであることが確認できた。

 収穫の1つ目は「セットプレー」である。3試合を合わせると、マイボールスクラムの成功は22本中21本と安定していた。マイボールラインアウトの獲得率も90%を超えた。

 ジョセフHCは「我々のプライドを形にして、自信を持って遂行してくれた」と言った。

 「ジョージアに対して完封できたのは非常に大きなハイライトです。チームにとって、アライメント、コミットメントができ始めていて、ワールドカップに向けてのチームのキャラクターが確立され始めたと思います」

 アライメントとは、選手間の連携、団結といった意味だろう。その象徴がスクラムである。その成長は、きめ細かいコーチングとサンウルブズの経験ゆえである。熟練の稲垣啓太(パナソニック)や堀江翔太(パナソニック)と新鋭の具智元(ホンダ)らのフロントロー陣と後ろ5人、つまりフォワード8人が一枚岩になりつつある。

 2つ目が「リーダーシップスキル」である。チーム当初は立川理道(クボタ)、堀江が共同キャプテンを務め、今年度はリーチマイケルがチームをリードする。そのほか、リーダーズグループがあり、流大(サントリー)田中史朗(パナソニック)らがリーチ主将をサポートする。

 例えば、イタリア第1戦の日、リザーブメンバーだった流大は朝食後、他の控えメンバーを集め、試合中の展開を想定してのミーティングを開いた。雨中戦となったジョージア戦の日は午前中、リーチ主将が自主的に選手を集め、天候に合わせたゲームプランを確認し合った。ジョセフHCは喜ぶ。

 「私は18カ月間かけて、リーダーシップスキルを強化してきました。チームの中でのリーダーシップスキルというものは、このシリーズで勝利のほかに特筆すべきところだと思います」

 3つ目は、「フィジカルアップ」である。強力FWで鳴るイタリアにもジョージアにも、コンタクトエリア、ブレイクダウンで一歩もひけをとらなかった。ジョセフHCは「フィジカリティの安定性、一貫性は重要です。フィジカルなチームを相手にし、自分たちがどんなフィジカルでいられるのか、そのフィジカルの中でどんなスキルを発揮すればいいのか、学ぶことができました」と説明した。

 フィジカル強化でいえば、これはもう、スーパーラグビーへのサンウルブズ参入の効果が大きい。筋力トレーニングもだが、実戦で屈強な相手とぶつかるのが一番なのだ。

 サンウルブズ参入3年目。環境が整備され、日本代表選手の多くがサンウルブズでもプレーし、ジョセフHCら首脳陣が、今季はほぼ同じ陣容でサンウルブズを指揮してきた。フィジカルアップに加え、共有する時間が多ければ多いほど、戦術の落とし込みもコミュニケーションも格段にアップされる。

 そういえば、会見で珍しいことがあった。「最後にもうひとつ」。ジョセフHCが自ら、前任者のエディー・ジョーンズ氏の名前を持ち出したのだった。

 「数年前、私が来日した時、日本代表に関するレビューの書類を読んだことがあります。エディー・ジョーンズ氏によって書かれたものです。それは、日本ラグビーの強化発展のためには、選手、コーチがもっとタフな戦い、ハイレベルなラグビーにアクセスすることができなければいけないと。それを実践してくれているのが、サンウルブズだと思います。これはエディーが着手し、引き継いで今に至っているわけです」

 サンウルブズは苦戦が続いている。ジョセフHCはひと呼吸置き、こう続けた。

 「日本ラグビーはまだまだ、プレーヤーもスタッフもプロではなく、アマチュア、会社に所属している人が多い。かたや他の(国の)チームを見れば、20年ぐらい、ずっとプロでやってきているのです。こういった中でサンウルブズは戦っているのです」

 将来も日本はサンウルブズをスーパーラグビーに挑戦させたほうがいいか、と聞かれると、ジョセフHCは言葉に力を込めた。

 「私自身は100%、これからもスーパーラグビーに参戦することで得られるものは求めていくべきだと思っています。よりタフな戦いを求めていく中で、自分たちの競技力を育んでいくほうが好ましいからです」

 来年のワールドカップに向けての日本代表キャンペーンはまだ、途上である。課題も多々、ある。例えば、敗れたイタリア第2戦で露呈したマインドセット(心構え)、ジョージア戦で垣間見えたゴールキックの不安定さ、そして全体として戦術、戦略の明確化、落とし込み、プレーの精度…。日本同様、他の国だって強化には躍起となっている。

 ただ、準備は順調か? と聞かれると、ジョセフHCは言い切った。

 「はい。順調です」

 ジョセフHCは腰の手術のため、母国ニュージーランドに帰国した。トニー・ブラウンHC代行が率いるサンウルブズの戦いはつづく。やがてトップリーグが開幕する。

 日本代表は11月には、世界ランキング1位のニュージーランド代表、エディー・ジョーンズ氏率いるイングランド代表と対戦する。サッカー同様、ラグビーのジャパンの挑戦も楽しみなのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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