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サクラセブンズ、試合直前の”生タックル”はなぜ?

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
五輪切符獲得へ、ひとつになったサクラセブンズ(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「ロー(低い)タックル」、これが7人制ラグビー(セブンズ)の女子日本代表『サクラセブンズ』の武器のひとつである。リオデジャネイロ五輪の出場権をかけた女子アジア予選日本大会。チームを勢いづけたのが、試合直前のルーティンワーク、いや儀式の“生タックル”だった。

28日、晴天下の秩父宮ラグビー場。この日のポイントだった1次リーグ初戦の中国戦。芝のグラウンドに走り込んできたサクラセブンズの選手たちはまず、互いにタックルを浴びせ合った。主将の中村知春(アルカス熊谷)は男子コーチに猛タックルを食らわせた。

「痛かったかもしれません。コーチに申し訳ないです」。快調な3連勝スタート。試合後、中村主将はそう、苦笑いを浮かべた。

「ファーストキック(キックオフのキック側)を取っているので、どうしても試合はタックルから始まります。そこで、ロータックルの感覚をしっかりからだに覚えさせておくという意味でやっています。あのタックルがファーストプレーだと思っているんです」

これで緊張も吹き飛び、からだの硬さもほぐれるのだろう。中国戦ではタックルがさく裂し、日本は序盤にラインアウトからのモールを押し込んで先制トライをあげた。はやいテンポで山口真理恵(ラガール7)や小出深冬(東京学芸大)がトライを重ねた。

ノリノリの19歳、小出も試合直前の生タックルの効果をこう、アピールする。

「1回、ウォーミングアップで息を上げたあと、ロッカー室に戻って、1回、落ち着きます。(試合直前の)ロータックルを1人ひとりがやることで、もう一回、気持ちが上げるんです。チームのターゲットがロータックル。それをもう一回、全員で意識するというところでは効果が出ています」

中国を20-7で下すと、グァムに39-0で圧勝し、最後の香港にも27-5で勝った。トライもだが、1人目のロータックル、ふたり目の寄りのはやさは相手を上回っていた。自称「ドーベルマン」の冨田真紀子(世田谷レディース)も倒しては起き上がり、しつこいタックルを何度も見せた。

冨田は試合前の生タックルに「気持ちがやっぱり、タックルをするだけで入るので、あの流れで試合に入るのは、自分にとってはすごく大きいです」と笑う。

「ワークレート(仕事量)を上げなくてはというか、日本のラグビーをするためには、1人ひとりが運動量を相手の2倍しなければいけないという意識を持ってやっていました。まだドーベルマンにはほど遠い。あした(29日)、ほんとうにドーベルマンになれるかどうかの要だと思います」

浅見敬子ヘッドコーチによると、ロータックルの意識付けのために今大会初めて、試合直前の生タックルを始めそうで、「(試合前の)アップから試合までの時間が長い。(からだが)ホットな状況で入りたいから取り入れました」と説明した。

ラグビーとは不思議なもので、ひたむきなプレーがないと、どんなに強くても感動を呼ばない。でもサクラセブンズの試合には、愚直なほどのいちずさが芽生えている。スタンドの観客の心の支持はつかんだ。

いざ29日は、中国、香港を倒した大型のカザフスタンと対戦する。五輪キップ獲得へ、ロータックルとふたり目の寄り、これがカギを握ることになる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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