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釜石W杯、膨らむ少年の夢

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

夏休み、少年は夢をみる。岩手県釜石市の小学6年生ラガー、佐藤蓮晟(れんせい)くんは、人懐っこい笑顔をつくり、こう言った。「釜石シーウェイブス(SW)でプレーして、日本代表になるのが夢です」と。

釜石市は、2019年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の開催地のひとつとなった。その大会に向けて釜石市民はどう思っているのか、時間を見つけては聞いて回っている。大人たちから「次世代に夢を」との言葉をよく聞くので、では、と、子どもたちにも耳を傾けた。

父親が新日鉄釜石でラグビーをしていたこともあったのだろう、蓮晟くんは小学1年生のとき、ラグビーを始めた。地元のクラブチーム、釜石SWのジュニアチームに所属している。

蓮晟くんに会いにいくと、彼から握手の右手を差し出してきた。大人びた対応がほほえましい。つい、あの元フランス代表のジャン・ピエール・リーブのコトバを思い出す。<ラグビーは子どもをいち早く大人にし、大人にいつまでも子どもの心を抱かせる>

蓮晟くんはラグビーが大好きだ。練習がきつくても痛くても、辞めたいと思ったことは一度もない。ケガでギブスをつけた左足を左手でさわりながら、男らしいコトバを紡いだ。「ラグビーはオモシロいし、自分がやると決めたことだから」と。

蓮晟くんはラグビーとの出会いに感謝している。日本代表の選手にあこがれ、バックスの立川理道(クボタ)から試合後にもらった黒色のリストバンドを大切にしている。立川のプレーはともかく、そのやさしさにラグビーの魅力を感じたのである。

当然、2019年ラグビーW杯がうれしくてたまらない。「(各国の)代表選手のプレーが身近に見られるのが楽しみです。是非、日本代表にも釜石でやってほしい。(代表のプレーを)見ることが勉強になるし、自分の将来にもつながると思います」

蓮晟くんはW杯がラグビー環境の改善のきっかけとなってほしいとも期待している。現在、幼稚園児から小学生、中学生を対象とした釜石SWジュニアは約30人。だが市内の中学校にはラグビー部がない。人気スポーツといえば、野球、サッカー。小学校でクラスメートとラグビーを話題にすることはほとんどないそうだ。

中学生になれば、釜石SWジュニアでは人数的に試合をすることができなくなる。釜石市外の盛岡市や北上市のチームと合同チームを編成することになる。「中学でも(ラグビーを)続けたいと思っているけど、いろんな状況によって、(ラグビーを)できるかどうかわからない」と声を落とした。

蓮晟くんは顔を上げ、こう続けた。「ワールドカップでもっと、ラグビーを盛り上げてほしい。釜石市とシーウェイブスが協力して、小、中学生を対象にしたラグビーの活動をもっと、してほしい。ラグビーだけじゃなく、サッカーなどほかのスポーツの日本代表と一緒に何かをすれば盛り上がるような気がする」。スバラシイ。これが11歳のコトバとは。

話題は、全国にもひろがる。自分でインターネットを調べ、日本のラグビー人口が約12万人ということを知った。それから、ささやく調子でひと言。「他のスポーツ人口と比べて、少ないのは疑問かな…。おれはもっと、ラグビーというスポーツを盛り上げたい」

その人気復活の起爆剤にラグビーW杯がなりうる。釜石というまちも大きく変わる。東日本大震災の被害が大きかった釜石市の鵜住居町に新たなスタジアムが建設される。資金面など課題は山積だが、蓮晟くんは「大きくて、どんな人でも楽しめるスタジアムであればいいなと思う」と言うのである。

「プレーする人にとっても、観戦する人にとっても、気持ちいい環境であってほしい。ワールドカップで(釜石の)観光客が増えて、釜石に住みたいという人が増えてほしい。いろんな人とラグビーを楽しみたい」

コトバの端々にはラグビーへの情熱がほとばしる。無邪気に聞こえても、なんとスポーツの本質をとらえている発言だろうか。W杯組織委員会や自治体の幹部よ、子どもたちの声にも耳を傾けよ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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