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目標はW杯準々決勝で100キャップ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ラグビー日本代表のロック大野均(東芝)が30日のサモア代表戦で日本代表歴代単独1位の「82キャップ(国代表同士の試合出場数)」に到達した。けがをしない丈夫なからだに産んで育ててくれた両親のお陰だが、円熟の36歳はこう、言った。

「日本代表をいつ外されてもおかしくないと思って、努力を重ねてきました。一瞬、一瞬、一個、一個の練習を常に大事にしてきたのが、この結果なのかなと思います」

試合前日、地元府中の床屋に散髪にいった。移動のチームバスには早めに乗り込んだ。どこかに気負いがあったのか、「いつもより、トイレに行く回数が多かった」と振り返る。

試合開始に先立ち、「歴代最多出場記録を更新」との紹介アナウンスで一人、グラウンドに現れた。秩父宮ラグビー場の約8千5百人の観客の拍手と歓声に包まれた。

「ほんとうに一生に一回しかないことなので、いい経験をさせてもらいました。グラウンドに出た時、大勢の観客が手を振ってくれました。大声援に迎えられて、それが力になりました。試合が終わった時、この舞台で少しでも長くプレーしていられるよう頑張りたいと思いました」

この日もラインアウトやモール、ブレイクダウンでからだを張り、世界ランク13位の日本が同8位のサモアを破る原動力となった。リーチ・マイケル主将(東芝)は「いつも“おれはやるぞ”というオーラが出ている」と評した。一緒にプレーできるのが誇りだと言葉を足した。

「一番すごいのは、練習の“これ”がないところ」と、リーチは右手をひらひらと上下に動かした。「波がないんです。人間性がすごい。いつも全力なのです。周りから、レスペクトされる雰囲気を持っています」

フッカーの木津武士(神戸製鋼)は「男っス」と漏らし、大野に最敬礼する。

「何をするにもタフですね。オンとオフの切り替えがすごい。オフの時、酒をどれだけ飲もうが、オンの練習では全力でプレーできる。“あれだけ飲んだ翌日、よくこんな練習ができるもんだ”と思いますよ」

大野は福島県郡山市出身。実家が乳牛を飼っていたこともあり、子どもの頃から、牛乳をたらふく飲んで大きくなった。清陵情報高では野球部に所属。日大工学部に進み、ラグビーと出会った。弱小チームだった。

東芝のトライアウト練習で、大野は下手くそながらも、肩を亜脱臼しながらタフネスぶりを見せた。2001年、東芝入社。2年目でレギュラーを勝ち取り、04年5月、韓国戦で日本代表デビューを果たした。

エディー・ジョーンズヘッドコーチも「毎試合、からだを張ってくれる」と賛辞を惜しまない。192センチ、105キロの大野。

「体重が軽いロックですけど、彼に合ったボディーポジション、姿勢、ボールキャリア、タックル、いろんな意味でプロフェッショナルです。ほんとうに謙虚ですし、レスペクトに値する選手です。絶対、練習を休もうとしない。日本のFWの見本となる選手でしょう」

ジョーンズHCは笑いながら、「きょうはお祝いに82本のビールを飲むでしょう。彼には少ないでしょうが」とジョークを飛ばした。

「まだ彼は成長できます。次の目標は、日本人初の100キャップを、来年のワールドカップの準々決勝で達成することです」

あと18キャップ。来年のW杯イングランド大会出場権を獲得した日本が、そのW杯で史上初の決勝トーナメント進出を果たせば、実現も夢ではなかろう。

でも、そのコメントを聞いた大野は言うのだ。いかにもキンちゃんらしい。

「そこまでいけるよう頑張りますけど、とりあえず、次のカナダ戦で83キャップ目をとれるよう準備をしたいですね」

突如、顔をくしゃくしゃにする。

「この後、チームで酒を飲むと思うんですけど、そこではしっかりと飲んで、からだをクールダウンさせて、あしたの(米国遠征行きの)フライトに備えたいと思います。82本? 飲めと言われれば、飲みますよ」

豪快なプレーと朴訥とした人柄で、誰からも親しまれるキンちゃん。もはや『日本ラグビー界のレジェンド』と化した感がある。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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