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柔道、初の派遣見送りの是非は

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

なぜなのだろう。全日本柔道連盟が、不振がつづく男子100キロ級の世界選手権(8月・ロシア)の派遣見送りを決めた。全柔連幹部は2016年リオデジャネイロ五輪を見据えた“苦渋の決断”というのだが…。

29日の全日本選手権後の記者会見は、重苦しい空気に包まれた。既に派遣見送りの可能性が示されていたとはいえ、前代未聞の事態が現実となった。一番望みのあった全日本選抜体重別選手権優勝の熊代佑輔(ALSOK)が、2階級下の永瀬貴規(筑波大)に初戦であっさり敗退した。

「国際大会等々の結果も見て、今回は世界選手権の派遣を見送るというカタチにさせていただきました」と井上康生監督は話した。斉藤仁・強化委員長がコトバを足す。「このままではいけない。100キロ級をあきらめたわけではありません。その中でどのようにして復活させていくのか。(五輪中間年の)今年だからこそできる強化の体制というものを、しっかりと考えて実行していきたいと思います」と。

つまりは、世界選手権に出場しても優勝できそうな選手がいないから、派遣は見送るということである。「世界一」を目標に、世界選手権の期間を強化トレーニングに充てようということだろう。確かに、ここ1年間の国際大会での100キロ級の成績が悪く、世界ランキングの順位もひどい。

しかし、それでも、経験は何ものにも代えがたい。世界選手権ならではの重圧、コンディショニングに慣れさすこともできる。世界トップクラスと日本選手の距離を確認することもできる。なのに…。「なぜ選手の経験の機会を捨てるのですか?」と会見でストレートに聞けば、斉藤強化委員長はこう、答えた。

「(世界選手権に選手を)出してですね、思わしくない結果、または内容で、落ち込んでしまうよりは、今だからこそできる強化、または(他の)国際大会の起用のほうをとって、やはり来年に向けて、新たな気持ちで出発することを考えております」

重量級の立て直しは、厳しい状況である。井上監督によると、国際大会や海外合宿への派遣を若手に切り替え、週に1度程度のペースで強化候補選手を集めてレベルアップを図っていくプランという。井上監督は「来年には必ず、メダルがとれていけるよう、2016年リオ五輪には必ずやいい結果を出せていけるよう、準備をしていきたいと考えているところです」と説明した。

派遣見送りは全柔連の危機感の表れでもある。考え方の違いと言われればそれまでだが、選手の立場に立てば、世界選手権で負けることより、その舞台にすら立てないショックの方が大きいのではないか。

もうひとつ、気になるのは、この日の強化委員会で、派遣見送りに対する異論がひとつも出なかったということである。オリンピックと世界選手権で日本男子が特定階級の代表派遣を見送るのは初めてのことだ。もっと議論があってもいい。

最後に。100キロ級の選手の不振はまた、指導者の責任でもある。今回、全柔連は選手の貴重な経験の場を奪った。派遣見送りという「荒療治」は、選手だけでなく、指導者に対しても、奮起を促すものでもあろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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