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釜石SW、TLの夢はお預け

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

参宮橋駅から新宿駅への小田急線の電車のいちばん隅の座席で、女性が目を真っ赤にして泣いていた。土曜日の午後8時過ぎ。何事かと思ったら、右手には釜石シーウエィブス(SW)の小旗を握りしめている。愛するチームのシーズン・エンドが悲しいのだった。

恐らく参宮橋の代々木倶楽部で開かれた『釜石SWファン感謝会』に出た後なのだろう。同会には、約100人の熱烈ファンが参加した。釜石SWの選手の労をねぎらい、ビールやぶどう酒を酌み交わし、「来年こそは」との期待をかけた。

釜石SWの小原崇志ゼネラルマネジャーはマイクを握り、声を張り上げた。

「熱い応援、ありがとうございました。今日からまた、スタートです。来年は絶対、トップリーグにいきます!」

11月30日。釜石SWはトップイースト最終戦(秩父宮)で三菱重工相模原に19-52で敗れた。佐伯悠主将は「最後の20分、もう少し健闘できていれば…」と悔やんだ。この時間帯が弱いというのは結局、体力、気力、相対的な総合力が少し足りないということである。

これで7勝2敗となり、トップリーグチャレンジへの道は閉ざされた。夢の『TL昇格』は来季以降へ、お預けとなった。今季は選手34人。うちプロ契約が半数を超えた。選手は12人が入れ替わった。

釜石独特のカルチャーに染まるためには時間が求められる。「いろいろと大変なシーズンでした」と佐伯主将はつぶやく。地元のエヌエスオカムラに務めるアマ選手。左目の上のバンソウコウが痛々しい。

「まだチームとして未熟なところがあるのです。練習の態度しかりで…。プロとアマが別々の時間で練習することもあって、選手間のコミュニケーション、レスペクトが薄い部分があったのかもしれません。勝って、サポーターにお礼を言いたかったのですが、もう申し訳なくて。悔しいですね」

かたやフランカーの須田康夫選手はプロ契約の選手である。宮城県出身。日本IBMのラグビー部活動縮小に伴い、4年前、釜石SWに移ってきた30歳。

須田は敗戦後、男泣きに泣いた。スタンドで揺れる大漁旗も涙にかすんでよく見えなかった。涙のワケを聞けば、「なんと言っていいか、悔しくて、悔しくて。自然に」と小声で漏らした。

「みんな頑張ったんです。それでもチャレンジにも進出できなかった。サポーターに申し訳ない。試合に出なかったメンバーに申し訳ない。自分のふがいなさにも悔しくて…。今後のことは、これから、ゆっくり考えようと思っています」

あの東日本大震災から3年。釜石SWは、被災地の復興のシンボルである。選手はだれもが、地元ファンのアツい思いを肌で感じている。ターゲットが「TL昇格」「2019年ワールドカップ試合招致」か。

残念会のはずなのに、かつての新日鉄釜石時代の日本一の祝勝会とも似た熱気である。なんとも幸せなチームだと思う。

佐伯主将と話をしていたら、酔いつぶれたオールドファンが割ってはいってきた。脇には、『北の鉄人』と表紙に書かれた濃紺のV7時代の古いアルバムを抱えていた。

そのファンはツバキを飛ばし、大声をはりあげた。

「勝負は時の運だよ、時の運。勝っても負けてもオレは釜石を応援すんだ。負けたら、次がんばればいい。要はあきらめなきゃいいんだ。そうだろう。コノヤロー!。あきらめるなよ、絶対に」

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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