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アジア貢献の草の根のヒーローたち

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

『スクラムプロジェクト』、ネーミングの響きがいいじゃないの。日本ラグビー協会はこのほど、国際協力機構(JICA)と、指導者らをアジア諸国に派遣するプロジェクトを実施していくことになり、連携合意署名式がおこなわれた。地道な活動ながら、これぞラグビー精神の体現であろう。

実はこのプロジェクトは、日本の2019年ワールドカップ(W杯)開催決定を受け、『アジアンスクラムプロジェクト』として昨年1月に発足していた。過去、萩本光威さん(インド代表へ)や松尾勝博さん(ラオス代表へ)もコーチ派遣されている。こんかい、JICAとスクラムを組むことで、予算などが拡充されることになる。つまりは「継続」が保証されることになったのだ。

日本はW杯招致の際、「アジアのラグビーの発展」をうたっていた。メディアはあまり取り上げなかったが、ちゃんと具体的な活動は続けてきていた。もちろん日本代表が強くなってW杯で好成績を出すことが一番大事だが、アジアの底上げもアジアのリーダーたるW杯開催国の使命といってもいい。

効果は出ている。アジア諸国の底上げと連帯意識である。W杯2019組織委員会の徳増浩司事務局長によると、日本代表がウェールズから金星を挙げた際、アジア諸国のラグビー協会から祝いのメールが殺到した。

連携合意署名式の日、この合同プロジェクトの第一弾として3カ月間、アジア諸国にコーチ派遣された青年海外協力隊員3人が会見に出席した。スリランカにいっていた古川新一さん、白馬悠さん、ラオスにいっていた高濱丈輔さん。3人ともまずは現地のラグビー環境のちがいに驚かされる。

古川さんが派遣されたスリランカの北西部クルネーガラ県クルネーガラ市の人口は約3万人。珍しい外国人ということで熱烈歓迎され、年老いた女性からもキス攻撃されたと笑いながら振り返る。指導はまず、練習の動機付けから始まる。相撲を取り入れるなど、あれこれと練習メニューを工夫した。

練習の大事さを説く。ラグビーはヤワなスポーツではない。練習しないと、技術や体力がアップしないし、なんといっても試合ではケガをする。指導チームが対外試合でぼろ負けした時、選手たちと約束した。「練習にちゃんと集まろう」と。次の日、実際、練習にきたのは19人中14人だった。

「ハードワークしよう」「周りの人々をレスペクトしよう」と訴えた。ランニングをすると、当初はすぐショートカットする。「自分に正直に練習しましょう」と諭した。練習のテーマは3つ、「心」「技」「体」である。心は「ハードワーク」を、技では「タックル」を、体では「体力・知識」を柱とした。

指導者の熱は選手の意識を変える。チームの成長を促す。指導したチームは2カ月半で地域リーグ(10チーム)の最下位から4位に躍進した。

この「スクラムプロジェクト」の募集概要を見た時、古川さんは「びびっときた」と思い出す。直感だった。古川さんは、高校ラグビー界の名門・大阪工大高(現・常翔学園高)から近畿大学でフッカーとして活躍し、ヤマハ発動機のラグビー部でもプレーした。

32歳。悪戦苦闘の海外派遣を終え、「チャレンジは大正解でした。今でも毎日電話で話す、ビッグ・マチャン(スリランカ語で大親友)もできました。現地の人々と一緒に努力していくことの大事さを学びました」と言う。キーワードは『奥地前進主義』。現地の言葉をしゃべり、生活を共にし、前進しようとの意味である。

派遣指導者はある意味、サクラのエンブレムを心に付けた「日本代表」みたいなものであろう。アジアのラグビー途上国のためにからだを張って貢献する。彼らは、いわば「草の根のヒーロー」だと思う。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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