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日本スクラムの進化のワケ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ジャパンのスクラムに乾杯、である。日曜日のラグビーのパシフィックネーションズ杯最終戦、日本代表は米国代表をスクラムで圧倒し、38-20で快勝した。なぜ日本のスクラムは強くなったのか。

まずファーストスクラムで組み直しの末、日本はコラプシング(故意に崩す行為)の反則を得た。1番の左プロップ、三上正貴が完全に押し勝ち、相手3番が落ちた。これで日本FWは自信を、米国FWに不安、グレッグ・ガーナーレフェリー(英国)には日本優位の潜在意識を植え付けた。

その後も日本FWは8人がよくまとまって、押し続ける。勝利の推進力となった。圧巻が、後半序盤の怒涛のスクラムだった。相手のゴール前。驚いた。なんと日本がスクラムのコラプシングで得たPKでゴールを狙わず、再びスクラムを選択するとは。しかも3度。途中、シンビンまで奪った。

ついにはスクラムを押し込み、認定トライをとってしまった。31-15。これで勝敗の帰趨はみえた。

試合後の会見、「スクラムは?」との質問が出ると、日本のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)は相好を崩し、日本語で「すごい、すごいです」と漏らした。

「(認定トライのシーン)自分は3点(のPG狙い)と言っていた、でも選手がスクラムに自信を持って判断して、スクラムを選んだ。選手に“おめでとう”と言いたい」

認定トライのあと、フロントローの喜びようといったらなかった。自陣に戻る際、フッカー堀江翔太は、途中から入った右プロップの畠山健介と肩をぶつけ、左プロップの三上とも小躍りしながら肩を合わせた。3人が交互に肩をゴツン、ゴツン。ああ、この達成感はフロントローの3人しかわらかない。

そのシーンの3人の述懐。

「それはもう、うれしかったので…。ま、ボディーランゲージをしっかり。それが相手へのプレッシャーにもなる」(畠山)

「認定トライはプロップの働きのお陰だったと思う。もう“ナイススクラムや”“よかった、よかった”って言いながら」(堀江)

「サイコーの気分でした。これまでダルマソコーチにいじめられてきたんですが、ちょっと成果が出て、うれしかったです」(三上)

ダルマソコーチとは、昨秋からジャパンの臨時コーチとしてスクラム指導している元フランス代表フッカーのマルク・ダルマソ氏のことである。このコーチの指導はフランスらしく、ハードで実に実践的である。

練習で、8人でスクラムを組んだ際、フロントローの上に2、3人が乗る。あるいは、組んだままの姿勢で右に左に、はたまた後ろに前にずるずると動かされる。これは足腰の強化はもちろん、8人のバインディング強化、ひざのためをつくる効果を生んだ。無論、映像による確認作業も忘れない。

スクラムの成長のベースは、個々のフィジカルアップと対応力アップにある。例えば、畠山は筋力トレーニングで110キロから115キロに体重が増えた。みな、胸板が厚くなった。腕力がついた。

対応力でいえば、フッカーの堀江が試合中でも両プロップとよくコミュニケーションをとるようになった。スクラムは相手、さらにはレフェリーの笛に適応していかないといけない。例えば、この試合、両チームの間合いはふだんより、狭くなっていった。

堀江は両肩を少し出し、組む直前、ぐっと沈むようにした。また三上は組む前、左足の位置を少し前に上げた。当たった瞬間、前に差し込むためである。

チームでいえば、8人の結束が強まっている。フロントローのバインドの強弱だけでなく、フロントローとロックの密着度が強まっている。うしろの押しがより前に伝わる。「8人で組む意識」、これがスクラム進化の一番のポイントである。

さらにいえば、「自信」である。スーパーラグビーに挑戦中の堀江は、ジャパンに合流した際、「もっとスクラムに自信を持とう」と呼びかけている。この自信は、ヒットスピードやプッシュの迫力に微妙な影響を与える。何事もポジティブになれば、成長の度合いも違ってこよう。

堀江は言う。

「確かに海外の選手は強いしでかい。でも(力量より)海外のスクラムを強く見過ぎている部分があったので。ジャパンはこれまで、少し遠慮し過ぎているところがあったのです。個々のフィジカルが上がって、スクラムコーチもきている。いま、みんな同じ方向を向いています。自信を持ってスクラムを組むことができるようになりました」

ジャパンは春のシリーズをテストマッチ3連勝で締めくくった。あのウェールズから歴史的な勝利も挙げた。ずっと課題だったスクラムが安定していた。これは大きい。

とくにW杯で当たる可能性のあるカナダ、米国のスクラムを押したことは意味がある。勝敗はともかく、スクラムの優劣は相手により精神的ダメージを抱かせるからだ。

秋にはニュージーランド代表オールブラックス、スコットランドと対戦する。スクラムの成長を問えば、フロントローの3人はだれもが、「まだまだ」と漏らした。

もっと成長する。もっともっと強くなる。その意欲の表れである。いいぞ。いいぞ。ジャパンのスクラムが楽しみになってきた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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