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ウェールズから金星。鉄人を奮い立たせたメール

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

ラグビー日本代表の大黒柱、ロックの大野均(東芝)を奮い立たせたのは、1本の電子メールだった。送り主は、日本が2004年の欧州遠征でウェールズに屈辱の大敗(0-98)を喫した時の主将の箕内拓郎。<ミレニアムスタジアムの借りを返してくれ!>

ミレニアムスタジアムとは、ウェールズの本拠、カーディフの元アームズパークをいう。9年前のウェールズ戦の出場メンバーで唯一、大野だけが15日のウェールズ戦でプレーした。タックルは低く相手に突き刺さり、密集では阿修羅のごとく、暴れ回った。ボールを持てば、低い姿勢でシャニムニ前進する。相手FWとの小競り合いでもからだを張った。

キャップ(国同士の代表戦出場)が日本歴代3位の「71」。35歳のベテランロックが涙声で漏らした。「自分はあの時(2004年)のつらさを知っている。今日は意地の張り合いだった。感極まるものがある。これで箕内さんにも喜んでもらえます」

日本が、ウェールズから挙げた金星はこれまでの苦闘の歴史の積み重ねがあればこそ、である。1973年10月のウェールズとの初対戦以来、「レッド・ドラゴン」の異名をとるウェールズの赤い壁にぶつかっては、木っ端みじんにやられてきた。この日の勝利。たとえ相手が「1・5軍」であろうとも、気温30度近くの蒸し暑さが日本に味方したとしても、勝ちは勝ち、歴史には燦然と輝く金字塔として刻まれる。

ほぼ満員の秩父宮ラグビー場。日本FWは2万1千の観衆を前に「進化」を示した。スクラムで相手ボールを奪取し、ブレイクダウンでは優位に立った。日本FWのひたむきな姿には、見る者をぞくぞくさせる烈しい執念すら感じさせた。

「お客さんがこれだけ入って、テレビの地上波でも放送があった。無様な試合はできないでしょ」と胸を張り、「勝因は、ジャパン・ウェイ(日本流)を80分間、貫き通した結果です。早いリロード(素早く立ち上がり、次のプレーに移ること)、低く刺さるタックル、それをみんな、愚直に繰り返した」

とくに日本の闘争心は、接点のコンタクトエリアからうかがえた。ファイトするのは当然として、当たった後、だれもが激しく足をかき続けた。これは意識と体力がないとなかなかできない。接点で数センチ前に出ることが、日本の球出しをラクにさせ、相手にプレッシャーをかけることにつながった。

「フロント・フット・ラグビーですよ」と、大野は笑った。「タックルしても、当たっても、一歩でも、前へ、前へ、いくんです。これも激しいフィットネス・トレーニングのおかげ。試合中のきつい時、菊ちゃん(菊谷崇=ナンバー8)が“練習に比べたら全然きつくないだろう”と周りに声をかけていましたから」。チームの成長をそう、説明した。

ところで、勝利の後、箕内に何とメールを返すのかと問えば、“鉄人”はひげ面の顔をくしゃくしゃにした。

「やりました!」

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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