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風ニモマケズ、主将交代ニモマケズ。王者サントリー決勝進出。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

土曜日、東京には強い北風が吹き荒れた。だが天候がどうであれ、メンバーがどうであれ、王者サントリーは崩れない。やはりファンダメンタル(基本部分)がしっかりしているからである。個々のフィジカルと技術、こうやって勝つという意思統一…。2年連続の二冠にあと「1」とした。

「向かい風6メートルの前半、ほんとタフなスタートでした。そんな中、ボールを継続しながら、我慢、我慢で…。それで後半を迎えられたのが、一番の勝因だと思います」。ラグビー日本選手権準決勝。サントリーの大久保直弥監督の言葉に充実感があふれる。サントリーはコイントスで勝って、あえて風下の陣地を選択した。FWのコンタクト力と仕事量、個々の体力に自信があるからだった。

前半10分過ぎ、主将のロック真壁伸弥が故障で退場し、元申騎と交代する。がチームに動揺はない。全員がやるべきことを理解しているからだ。サントリーのアタックシェープ(型)、ディフェンスシェープはぶれない。ボールをつないで、『アグレッシブ・アタッキングラグビー』に徹するのである。

パナソニックも出足よくタックルし、よくファイトした。互角に見えた攻防も、よくよく見れば、サントリーの方がより堅実だった。プレーの精度が高く、リスクも少ないのだ。ミスがあっても、傷口が広がらない。確実につなぎ、確実にゲインする。例えばパス。サントリーは風下の前半、いつもより受け手が一歩深く、一歩間隔を短くして立った。パスで相手防御網を切るというより、1対1のフィジカル勝負で圧倒していくカタチである。

FWも近場のつなぎが増えた。とくに入社3年目までの「SOS(ソス)」(Seeds Of SUNGOLIATH=サントリー・サンゴリアスの種たち)と称された若手が活躍した。初トライは入社3年目のナンバー8、西川征克だった。前半20分。右ラインアウトからラックのサイドアタックを重ねる。8フェーズ(局面)目。SHデュプレアからフラット気味のパスをもらった25歳の西川が鋭角的に走り込み、中央に飛びこんだ。右手を枯芝に着くほどの低い姿勢、巧みなボディーコントロール。「とりあえずゲインラインを切ろうと思っただけです。アンダーラインはいつも、意識していますから」と満足そうに笑った。

アンダーラインとは、相手タックルに芯でとらえられないよう、まっすぐなイメージ上のラインより内側に走り込むこと。鋭利極まるアングルのランプレー、これは分かっていてもなかなかできない。足腰の強さ、判断力も大事だが、さぞ狭いスペースでの痛い攻防練習を積み重ねてきたからだろう。

入社2年目の24歳、WTB村田大志もトライをマークした。SOSメンバーは全体練習の後、追加練習がある。村田も言う。「サントリーはだれが試合に出ても、サントリーのラグビーにフォーカスして同じようなプレーができます」と。

サントリーは前半粘って、7-6で折り返した。これで勝利を確信した。対するパナソニックはゴール前が雑だった。そう映った。ラストパスが通らない。例えば、前半30分過ぎのゴール前のチャンス。波状攻撃を仕掛け、トライチャンスを作ったけれど、最後はゴール寸前、WTB山田章仁からフランカー劉永男へのパスが少し乱れた。ノックオンでチャンスが潰えた。

パナソニックの中嶋則文監督は嘆いた。「ゴール前まで攻め込んでもトライがなかなかできなかった。ちょっと慌てたというか、気持ちとからだがうまく統制をとれていなかったのでしょう」と。

ハイレベルの勝負とはそういうものだ。ちょっとのパスのずれ、ちょっとのからだの押し込み、ちょっとの判断の遅れ…。つまりはちょっとの差の積み重ねでサントリーが26-13で勝ったのである。サントリーは何が起きても、戻れる場所がある。

さて決勝は神戸製鋼との対戦となった。ひと言でいえば、「総合力のサントリー」と「個人スキルの神鋼」の戦いとなる。

【「スポーツ屋台村」(五輪&ラグビー)より】

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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