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ある将棋ライターが選ぶ2019年将棋界15のニュース

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 2019年の将棋界もいろいろなことがありました。そこで大晦日らしく、10大ニュースを勢いで考えてみよう・・・としたのですが、収まりきれずに15項目になりました。

 もし客観的に重要なニュースを選ぶとすれば、トップクラスの棋士の動向や、グレードの高い棋戦の結果などを考慮すれば、おのずと主要な出来事は絞られてくるでしょう。それは適任の方におまかせして、ここでは一介の将棋ライターが、主観的に印象深い出来事をランキングにして振り返ってみたいと思います。

第15位 石田和雄九段、YouTuberに

 筆者にとっては新しい時代を象徴するニュースのように思われました。

第14位 千駄ヶ谷の名店・みろく庵閉店

 今年2019年は「Yahoo!ニュース 個人」で比較的多くの記事を書かせていただきました。その中で月間の賞をいただいたのが、みろく庵閉店の記事でした。

 みろく庵で使われていた食器はいまでも、わが家で現役で使われています。

第13位 やねうら王、世界コンピュータ将棋選手権で初優勝

 人間よりはるかに強くなったコンピュータ将棋。その最強のプログラムを決める競技会は毎年5月、ゴールデンウィークの後半におこなわれています。そこで初優勝を飾ったのが、磯崎元洋さん(通称:やねうらおさん)が開発するやねうら王です。

 現在の強豪ソフトの多くは、やねうら王のライブラリを使用しています。多くの棋士が将棋ソフトを用いて研究をするようになった現在、磯崎さんほど将棋術の発展に貢献している人は、そうはいないでしょう。

 ともあれ、磯崎さんは一度は手にすべき栄冠を、ようやく手にしたように思われます。

第12位 天才・藤井聡太七段、詰将棋の世界では解答選手権5連覇

 小学6年で初優勝。高1まで5連覇。あっ、はい、天才ですね。

第11位 アゲアゲさん、史上4人目の棋士編入試験に挑む

 銀河戦でたくさん勝った折田翔吾アマ(アゲアゲさん)が規定の成績をクリアして、棋士編入試験を受けることになりました。過去に編入試験を受けた花村元司九段、瀬川晶司六段、今泉健司四段はいずれも合格しています。折田さんも後に続くことができるでしょうか。

 それにしても驚いたのは、アゲアゲさんがクラウドファンディングで試験料(54万円)プラス諸経費を募ったところ、目標額をはるかに上回る約520万円が集まったことです。これはアゲアゲさんの人気を反映したものであり、また夢を追う心意気に多くの人が共感したからでしょう。

 さて現状、五番勝負はアゲアゲさんの1勝1敗です。

あきれるほど将棋の強いYouTuberの折田翔吾さん(30)棋士編入試験五番勝負第1局でまず快勝

折田翔吾アマ(30)棋士編入試験五番勝負は1勝1敗に 第2局で出口若武四段(24)に敗れる

 残る3人の若手棋士もまた、みな強敵です。中でも第4戦の本田奎新五段との対戦は、アゲアゲさんにとって運命の一局となりそうです。

第10位 本田奎新五段、デビュー以来史上2位のスピードで棋王挑戦

 年末の12月27日、大きなニュースが生まれました。2018年10月に棋士としてデビューした本田奎四段(昇段して五段)が、初参加の棋王戦で破竹の進撃を続け、棋王挑戦を決めています。

 ここ最近、若手でタイトル初挑戦が大きく期待されていたのは、3年前の2016年10月にデビューした藤井聡太現七段でした。その藤井七段の先を越して、歴史的なハイスピードでタイトル挑戦とは、多くの人が驚いたことでしょう。

 棋王戦五番勝負は来年2月1日に開幕。本田新五段は1年4か月でのタイトル戦登場となります。屋敷伸之四段(現九段)が棋聖初挑戦時に作った最短記録は1年2か月。当時は棋聖戦が年2期で制度が違うため、現行制度での記録と単純な比較はできませんが、参加1期目でのタイトル挑戦は、屋敷四段の記録に匹敵する快挙と言えるのではないでしょうか。

 棋王戦五番勝負の下馬評は渡辺明棋王乗りの声が圧倒的のようですが、本田五段が勢いに乗って健闘する可能性も大いにありそうです。

第9位 将棋界の鬼軍曹、永瀬拓矢叡王・王座誕生

 将棋界屈指の努力家が、その持てる実力を存分に発揮した結果でしょう。

 本日大晦日もいつもと変わらず、将棋の実戦訓練に余念がない。

 筆者は放送を見ながらいまこの原稿を書いていましたが、永瀬二冠のあまりの強さにあきれる思いがしました。

 ところで永瀬さんの愛称は「軍曹」から「中尉」にグレードアップしたようです。二冠まで制してその階級とは、将棋界は厳しいところです。将軍でも元帥でも十分と思われますが、少壮のニュアンスを残して、依然中尉なのかもしれません。

 ところで永瀬二冠の実家は川崎市のラーメン店「川崎家」です。世界コンピュータ将棋選手権の会場が近くということもあり、筆者も何度かお邪魔したことがあります。とても美味しいです。

第8位 女流棋界は里見四冠、西山三冠の二強時代に

 ヒューリック杯清麗戦が創設され、女流棋界は七大タイトル制になりました。その記念すべき第1期を制し、第一人者の里見香奈さんが史上初の女流六冠に輝きました。

 その後は西山朋佳さんが女流王将、女流王座を奪取。西山女流三冠、里見女流四冠がきれいにタイトルを二分する、二強状態となりました。

 里見四冠は男性棋士と公式戦で戦って、多くの白星を挙げています。

 また西山三冠は奨励会三段リーグで現在6勝2敗という好成績をあげ、女性初の四段昇段に近づきつつあります。

 2020年は女性の活躍によって、将棋史上特筆すべきニュースが生まれるのではないか・・・。そんな予感もします。

第7位 藤井聡太七段、朝日杯2連覇

 中3(15歳)で初優勝。高1(16歳)で2連覇。あっ、はい、天才ですね。

 並み居る強豪を連破して、全棋士参加棋戦で2連覇。その年齢を考えれば、もちろん信じられないような快挙です。

 しかし正直なことを言えば、藤井七段の普段の勝ちっぷりを目の当たりにして、羽生九段の十代の頃の活躍と重ねて見てしまうためか、そう意外な感じもしません。

 年が明けて、藤井七段の朝日杯3連覇へのチャレンジが始まります。その実現を予想するファンの方も多いことでしょう。

第6位 羽生善治九段、平成の終わりにNHK杯11回目の優勝、令和の最初に史上最多勝達成

 新しい時代の到来を高らかに告げる歴史的な名手▲5二銀。これは平成の一番最初におこわれた対局、NHK杯▲羽生善治五段-△加藤一二三九段戦で現れたものです。

 1989年、18歳の羽生五段は4人の名人経験者を連破して、NHK杯で初優勝。

 そして2019年。48歳の羽生九段はNHK杯11回目の優勝を達成しています。これは空前にして、おそらくは絶後の記録でしょう。

 元号が平成から令和に変わった6月4日。羽生九段は永瀬叡王(現二冠)に王位戦リーグ白組プレーオフという重要な対局で勝利を収めました。その結果、大山康晴15世名人の記録を抜き、史上単独1位となる通算1434勝を達成しています。

 羽生九段の様々な記録は今後、どこまで伸ばされていくのでしょうか。

第5位 羽生善治九段、昭和の最後の年以来、31年ぶりにタイトル戦登場なし

 2018年に竜王戦七番勝負で広瀬章人八段に竜王位を明け渡し、27年ぶりの無冠となった羽生九段。2019年、および2019年度はタイトル戦の番勝負への登場がありませんでした。

 来年2020年には、羽生九段の無冠返上、タイトル通算100期獲得はなるでしょうか?

第4位 渡辺明棋王・王将・棋聖、自身2度目の三冠に

 渡辺三冠が勝ちまくっています。

 王将戦七番勝負では久保利明王将に挑戦して、4連勝のストレートで王将位を奪取。棋王位と併せて、久々に二冠となりました。

 並行しておこなわれていた棋王戦五番勝負では広瀬章人竜王(当時)の挑戦を3勝1敗で退けて防衛。結果的に、2019年におこなわれた八大タイトル戦では、この棋王戦だけが、タイトル保持者側の防衛となりました。

 またB級1組順位戦は12戦全勝でA級復帰。今年度はA級で6連勝中で、初の名人挑戦まであと一歩というところまで来ています。

 年が変わればすぐに、広瀬八段の挑戦を受けての王将戦七番勝負、本田奎四段の挑戦を受けての棋王戦五番勝負、A級の終盤戦3局と、強敵を相手に重要な対局が続きます。

 トップ棋士が高勝率を挙げることは難しいわけですが、現在はなお、年間最高勝率記録更新の可能性も期待されています。

第3位 豊島将之竜王・名人誕生

第2位 藤井聡太七段、大逆転負けで王将位挑戦を逃す

第1位 46歳の木村一基新王位、史上最年長でタイトル初獲得

 これら上位のニュースに関しては、筆者は今年、何度も記事を書きました。どれも印象深い出来事です。

 以上、大晦日の夜に、駆け足で2019年を振り返ってきました。2020年、将棋界ではどのようなドラマが起こるでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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