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藤井聡太名人、棒銀の攻めを炸裂させ豊島将之九段に完勝 防衛、2連覇まであと1勝 名人戦七番勝負第3局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月8日・9日。東京都大田区・羽田空港第1ターミナルにおいて、第82期名人戦七番勝負第3局▲藤井聡太名人(21歳)-△豊島将之九段(34歳)戦がおこなわれました。

 8日9時に始まった対局は9日17時43分に終局。結果は95手で藤井名人の勝ちとなりました。

 藤井名人はこれで3連勝。防衛、2連覇まであと1勝としました。

 第4局は5月18日・19日、大分県別府市・割烹旅館もみやでおこなわれます。

藤井「序盤は激しくなりそうな形だったんですけど。そのあとまた、中盤、駒組に戻るようなところもあって。ちょっと判断の難しい一局だったかなと思います。そのあたりをまた振り返って、第4局に。来週またすぐあるので、しっかり準備をしていきたいと思います」

雁木 VS. 速攻

 空港で将棋のタイトル戦がおこなわれるのは、史上初めてのことです。

藤井「対局室からも離着陸の様子がよく見えて。そういった景色を眺めてリフレッシュすることも多かったですし。すごくよい環境の中で対局できたのかなと感じています」

 本局は藤井名人が先手。後手の豊島九段は4手目、角筋を止めました。居飛車、振り飛車、どちらの可能性もある立ち上がりです。

 豊島九段は10手目に飛車先の歩を突いて居飛車を明示。4三に銀を上がり、現代調の雁木の作戦を選びました。

藤井「序盤から、わりと手が広い形になって。どういう展開になるか一手一手、考えながらという感じで、進めていました」

 23手目。藤井名人は3筋で歩を突っかけて、速攻に出ます。前例のある進行ではありますが、序盤の高度な駆け引きの末に、藤井名人の飛車側の銀は「棒銀」(ぼうぎん)の形となりました。将棋の攻めの基本ともいえる銀の姿で、決まれば破壊力は十分です。1日目朝から、緊迫感の漂う進行となりました。

 豊島九段は角筋を開き、攻撃の目標とされている角を交換します。そして攻めの銀を「早繰り銀」(はやくりぎん)と呼ばれる形にして対抗しました。

 33手目、藤井名人は金を上がって自陣を整備します。

藤井「▲7八金と上がった局面は後手の手が広いかなと思っていて」

ここで豊島九段が長考し、12時、1日目昼食休憩に入りました。

藤井名人、完璧に棒銀をさばく

 13時、対局再開。豊島九段はさらに考え続けます。自陣に手を入れるのか。どちらかの端歩を突いて待つのか。それともいち早く攻めに出るのか。

 34手目。豊島九段は玉を初期位置の5筋から、一路隣りの4筋に寄せました。振り返ってみれば、本局はここが大きな分岐点だったようです。

豊島「△4一玉のところで長考したんですけど。ちょっと収まらない形になってしまったので。順になってしまった気がするので。やっぱり王様が近づいて。普通に棒銀されて。収拾困難になってしまったので。よくなかったですね。代えて△9四歩とか、そういうような手を指した方がよかったのかもしれません」

 終局直後、豊島九段はそのあたりを振り返りました。対して藤井名人はよどみのない早い口調で、次のように答えます。

藤井「△9四歩か、△1四歩か、△4一玉もありそうですし、△7五歩もこちらからすると怖いところかなと思ったんですけど。△7五歩▲同歩△同銀▲7六歩△8六歩▲同歩△同銀▲同銀△同飛車▲9五角△7三角▲8六角△2八角成▲5三角成はなんか、けっこう受けづらい・・・。あと△9四歩だと▲3七銀で・・・」

 37手目。藤井名人は棒銀をさらに前に進めます。

藤井「本譜だとこちらも▲1五銀出ていかないと主張がなくなってしまうかなという感じがしたんですけど。やっぱりこちらも不安がある形なので、どうなっているかわからないかなと思っていました」

豊島「2筋から攻められても金銀交換ぐらいで収まるかなと思っていたので。それでももしかしたら、あんまり自信がないかもしれないと思ったんですけど。そういう感じになるか、△7五歩▲同歩みたいな感じになるとか。△9四歩と突いたとしても、あまり自信が持てなかったというのもあったんですけど。そのへんたぶん、判断が何個か間違ってるのかなと思いました」

 結果的には、豊島九段の玉寄りは、相手の棒銀の攻めに近づく格好でよくなかったようです。しかしそれは、その手を完璧にとがめきった藤井名人の指し回しが、あまりに見事だったということでしょう。

 44手目、豊島九段は歩を低く打って辛抱します。対して藤井名人は45手目を熟慮の末に封じ、ここで指し掛けとなりました。

藤井「部分的には攻めが成功していそうな形かなという気がしたんですけど。こちらの玉もやっぱり薄い形なので、なんとも言えないところかなと思っていました」

 明けて2日目。藤井名人の封じ手は右端1筋に角を打つ手でした。予想はされていた攻め筋ですが、改めて指されてみると、これがまた的確で厳しい。

豊島「▲1六角などの筋があって、収まらない形になってしまったので。その前のところでまずかったのかなと思います」

 藤井名人はきれいに棒銀をさばき、相手の守りの要である金と交換。さらには飛車を成り込んで龍を作る戦果をあげます。棒銀の攻め筋を集めた教科書があれば採用されるであろう、模範的な順が名人戦の大舞台で披露されました。

藤井名人、完璧な指し回しで3勝目

藤井「龍を作ったあたりは、少しペースをつかめたかなという感じはしたんですけど。ちょっとそのあと、どういう構想で指していくかが、なかなか定まらなくて」

 藤井名人の言葉はいつも通りの謙虚なものでしたが、このあたりでは藤井名人がはっきりとリードを奪いました。

 56手目。豊島九段は自玉の頭に銀を打って辛抱を続けます。第2局では、豊島九段は最後に敗れましたが、中盤で耐え続け、逆転へとつなげています。

豊島「龍が手厚いので、じり貧というか。△3二銀打ってしまうと攻めが薄くなるので、B面で来られてもキツいんですけど。他の手だとやっぱり普通に攻められて、つぶれてしまいそうなので。中終盤は、はっきり苦しい感じだったと思います」

 藤井名人は豊島玉とは逆サイド、「B面」と呼ばれる飛車側の手薄さに目をつけて、そちらを攻めていきます。

藤井「本譜はなんていうか、B面攻撃の狙いで進めてみたんですけど。それがうまくいっているかどうか、微妙なところかなという気がしていました」

 藤井名人の言葉は一貫して謙虚ですが、B面攻撃もまたうまくいき、豊島九段の桂を取って、駒得の戦果まであげました。

 82手目。豊島九段は銀取りに歩を打って反撃を試みます。対して藤井名人が飛車取りに金を打った手がぴったりとした攻防手となりました。

藤井「▲8三金と打ったあたりで、こちらの主張が通った形になったかなという気がしました」

 進んで形勢は、藤井名人勝勢。豊島九段はときおり、沈痛な表情を浮かべていました。

 92手目。豊島九段は藤井玉の頭に歩を打ち、王手をかけます。藤井名人は指し急ぐことなく17時、休憩に入ります。

 17時30分、再開。藤井名人は玉を寄って王手をかわしました。

 95手目。藤井名人は相手の玉頭、2筋に歩を打ちます。手数を伸ばそうと思えば、まだ指し続けられるところ。しかし豊島九段は逆転の見込みがないと見て、潔く投了しました。

豊島「負けました」

藤井「ありがとうございました」

 両者ともに静かに一礼をかわして、名人戦第3局は幕を閉じました。

藤井「(第4局は)来週ということで、わりとすぐにあるので。まずはしっかりいい状態で臨めるようにしたいと思います」

豊島「けっこう早い段階で均衡が崩れてしまったので。(第4局は)もうちょっと、保っていけるような感じで指せたらと思います」

 藤井名人はあと1勝で名人防衛。22回目のタイトル制覇となります。

 八冠を制覇している藤井名人。今年度の対局は現在までのところタイトル戦ばかりで、現在は4勝2敗です。

 両者の通算対戦成績は藤井25勝、豊島11勝となりました。

 現在は藤井名人の12連勝中です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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