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人手不足で荒廃し「一斉退職」の悪循環 「介護利用者の命を守るため」の賃上げを!

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(提供:イメージマート)

 介護現場で働く労働者を組織する総合サポートユニオンは、2月21日、厚生労働省で記者会見を開いた。総合サポートユニオンは、組合員のいる各介護事業所に対し、10%以上の賃上げを求めると同時に、厚生労働省に対しても賃上げなどを求める要求書を提出した。

記者会見の様子
記者会見の様子

 すでに広く報道されている非正規労働者たちによる賃上げ要求運動である「非正規雇用」の一環だという。非正規春闘では、私立学校の教師たちや学生アルバイトたちが相次いで賃上げを求めた労使交渉を行っている。私立学校の教師たちは、適切な学生へのケアを行うために、学生たちは学費の高騰の中で自らの学業を続けるために賃上げを必要としていた。

参考:私立中・高の非正規教員が「学校を超えた」春闘を開始 複数校から賃上げ回答も

参考:スシローで時給が200円UP!? インフレ下で声を上げる学生アルバイトたち

 そうした中で、介護現場で働くユニオンメンバーが求めたのは、自分たちの生活の維持のためだけではなく、利用者の命を守るためにも「賃上げ」の要求を行うという。

社会的に必要な労働でも続く、介護職の低賃金

 社会が高齢化するなかで、介護業界の人手不足は長年の問題になってきた。高齢化の中で、2040年には約280万人の介護職が必要とされており、2019年度比で新たに約69万人の確保が求められている。特別養護老人ホームの待機者数は22年の時点でも27.5万人もおり、介護労働者へのニーズは高まり続けている。

 しかし、2022年の雇用動向調査によれば、介護職から離職する人が働き始める人を約6万3000人を上回る「離職超過」が起きているという。22年度の求人倍率は全職業が1・29倍に対して、介護は3・94倍。訪問介護では、ヘルパーの有効求人倍率が15・53倍にもなっている。

 それでも介護労働は社会的に不当に低く評価されており、低賃金が続いている。

 就業構造基本調査によれば、介護職の平均賃金は全産業平均より月額約7万円低くなっている。それに対して、介護報酬改定の目玉の一つであった介護職のベースアップは6000円程度にとどまっており賃上げ額は一桁足りないような状態だ。

 盛り上がりを見せている今年の「インフレ春闘」における賃上げでも、介護業界は完全に取り残されている。

 報道によれば、2023年は介護報酬の改定もなかったため、春闘の賃上げ率は民間一般の企業が3・58%であるのに対して、介護事業所は1・42%にとどまっている。

参考:朝日新聞「時時刻刻」(2023年12月13日)

低賃金が招く、利用者の死亡事故

 介護業界における人材不足は、利用者の命を直接奪う結果にも結びついている。具体的な数字を見てみよう。

 東京都で特養を運営する施設・事業所(481施設)を対象とした東京都社会福祉協議会・ 東京都高齢者福祉施設協議会・介護人材対策委員会の3団体による2018年の調査によれば、「人員配置基準を満たしていない施設」が53.6%にも上っていることが明らかにされた。人手不足を埋めるための対策として、最も多いのが「派遣職員の雇用」、その次が「職員の超過勤務」となっている。

 さらに、読売新聞の独自調査報道によると、全国106自治体で2021年に介護施設で起きた事故で死亡した高齢者の数は計1159人。「介護事故で死亡した1159人の原因の内訳は、食事介助中に食べ物が気管に入る 誤嚥ごえん が679人(59%)と最多で、転倒・転落が159人(14%)だった」。事故の起きる背景として、75%の自治体が、介護現場の「人手不足」を挙げており、文字通り、介護職不足が利用者の命を奪う状況に直結しているのだ。

「介護は誰でもできる仕事ではない」

 総合サポートユニオンに加入、今年の非正規春闘に参加している非正規介護職の労働者は、低賃金がもたらす現場の弊害について次の通り、コメントを寄せている。

「優秀な人材が集まらない。命を預かっているという認識が薄い。誰でも出来る簡単な仕事と思われているようで、ドンドン職員のレベルは、下がっている為、虐待や事件が起こるのだと思います。施設は、どこも人材不足で、職員を選んでいられない為、レベルの低い人でも辞めさせられない。結局長くいる非常勤の負担が増えている」

 離職する労働者が多いことで、介護全体の質が低下してしまうというのだ。

 また、サービス付き高齢者向け住宅でケアマネを務めているYさんの次のような説明も同じ状況を表している。

「利用者のアセスメントなどの正当な課程を経ていないケアプラン作成、虐待や身体拘束にあたる利用者への処遇、それらを改善するための職員への教育体制の不備などが常態化していた。入社当初から改善や提言に努めたが協力が得られず困難を極めた」

 不適切な介護が当たり前のようになっている職場では、そのことを指摘しても誰も応じてもらえず、まともな人はすぐに離職してしまうという。Yさん自身もケアプランの日付改ざんなどを拒否しても応じてもらえなかったことから精神疾患を発症し、休職を余儀なくされているという。

記者会見で話すYさん。
記者会見で話すYさん。

東京の特別養護老人ホームで起きた集団退職

 このような荒廃した労働環境は、介護職の集団退職にも結び付いているという。数年前から年度末に保育所における保育士の集団退職の事例は数多く見てきたが、介護職場の集団退職は珍しい。

 保育所で集団退職が頻繁に起きて、介護職場で集団退職がほとんど起きていない一番の理由は、それによっておこる利用者の「リスク」が、保育所よりもさらに高く、命にかかわってしまう可能性もあるからだろう。

 保育所の利用者が子どもで、保育士が集団で退職したとしても別の保育所に移動できる可能性がある。それに対して、特別養護老人ホームなどの入所施設になると要介護度4や5の高齢者が利用者で、施設を移動すること自体が命の危険に直結してしまう可能性があるのだ。

 それにも関わらず集団退職が起きたのは、東京都小金井市にある社会福祉法人聖ヨハネ会の運営する特別養護老人ホーム「桜町聖ヨハネホーム」だ。同事業所の介護士たちは今回の総合サポートユニオンの春闘に参加している。

 この特別養護老人ホームの入所定員106名で、併設するショートスティ定員8名、2023年4月1日現在で働いている人は、介護職員39名(常勤27名・非常勤12名)、看護職員6名(常勤5名・非常勤1名)生活相談員2名などだったという。それが2023年のうちに断続的に、介護職だけで、二十数名が離職が起きており、年末年始には介護職、看護職を中心に18名の一斉退職しているという。

 聖ヨハネホームで介護士として働く宍戸正博さんは会見で次のように説明した。

「ホームでは2022年夏にコロナクラスターが発生し、50名のフロアに日勤3、4人の職員しかいない地獄と言ってもいい過酷な状況に見舞われたことがある。大量離職による職員不足のため、2023年10月頃からそれに近い状況が起こり始める。
コロナとの大きな違いはコロナクラスターはいずれ終息すると思われたが、大量離職による過酷な労働はいつ終わるとも知れないだけに光が見えない」。

 聖ヨハネホームでは、単発アルバイトマッチング会社の「タイミー」から労働者を受け入れることで人員配置基準割れは防げているようだが、馴染みのある介護職員がいなくなったことによる利用者の影響は大きいという。

 だからこそ、総合サポートユニオンのメンバーたちは、春闘による賃上げ要求を「利用者の命を守るための賃上げ要求」だと考えているのである。

記者会見で話す宍戸さん。
記者会見で話す宍戸さん。

おわりに

 小売店やメーカーなどの大手企業で大幅な賃上げが発表され続ける一方で、ケア業界は取り残されつつある。このまま賃金格差が広がっていけば、ますます人手不足を悪化させ、そのことが職場を荒廃させ、さらには「一斉退職」の頻発をも招いていくだろう。

 そうなれば、単なる人手不足にとどまらず、「介護崩壊」ともいえる状況が蔓延していくことになる。現場を支える労働者たちン声に耳を傾け、ケア労働に対する継続的な賃上げを、国や事業所の垣根を超えて、全社会的に考えていかなければならないだろう。

無料労働相談窓口

「介護業界向け無料電話相談ホットライン」

総合サポートユニオンでは介護現場で働く労働者向けの無料電話ホットラインを開設します。労働問題のほかに虐待など介護の質の問題について介護現場で働く専門スタッフが相談もお受けします。

日時:2024年2月29日 17時から21時

電話番号:0120-333-774

※相談無料・秘密厳守

総合サポートユニオン

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:info@sougou-u.jp

公式LINE ID: @437ftuvn

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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