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東映のセクハラ裁判で第一回期日 「会社による二次被害」が争点へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
記者会見で話をする当事者。

 映画会社大手の東映株式会社にアシスタント・プロデューサー(AP)として勤務していた元正社員の女性Aさんによる、セクシュアル・ハラスメントや長時間労働による精神的苦痛の慰謝料、未払い残業代などを同社に求める訴訟の第一回期日が、今年3月15日に開かれた。

 この事件についてはこれまでも経緯が報道され、筆者も何度か紹介してきている。

参考:度重なるセクハラで「東映」を提訴! 「常習犯だから気にする必要がない」との対応も

 この日は法廷でAさんの意見陳述が行われ、傍聴席は満席となった。意見陳述の内容については全文がAさんが加入する労働組合「総合サポートユニオン」のブログで公開されている。

 すでに一部の被害事実については東映側も認めており、ユニオンの団体交渉を経て実施された第三者調査によって、現場スタッフ2名によるセクシュアル・ハラスメント、Aさんの相談を受けた東映社員らによる不適切な対応が確認されている。

 それにもかかわらず、Aさんに対する未払い残業代の支払いやハラスメントについての謝罪、賠償、再発防止等の要求を東映が拒否しつづけていることから、Aさんは訴訟に踏み切ったという。第一回期日に合わせて、こうした被害の告発から提訴に至るまでの経緯を説明するAさんのインタビュー動画が新たに公開されている。

 さて、今回の訴訟では、ハラスメントや長時間労働、固定残業代などが争点となっているが、争点に重要な問題が多く、事件への社会的な注目度も高いため、筆者は裁判の経緯を注視し、双方の主張を継続的に検証していくつもりだ。ただし、第一回期日の時点では、東映側はAさん側の請求について全面的に棄却する判決を求め、認否や反論は追って述べるという答弁だけだった。そこで本記事では訴状から、Aさん側の主張を中心に紹介する。

 特に本記事で注目したいのが、ハラスメントに関連して、加害者の行為そのものだけでなく、ホットラインでAさんからの被害相談を受けた東映本社の担当による不適切な対応、「二次被害」ともいうべき言動の責任をもAさん側が争点化しているところだ。

 勤務先で上司や相談窓口がハラスメント被害の相談にまともに対応せず、被害を軽視したり、被害者を責めたりするなどの二次被害は、その事例の多さにもかかわらず、注目されやすい一次被害に比べて、その重要性が認識される機会は少ないので。しかし、その被害は深刻だ。今回の意見陳述でも、Aさんは次のように強調している。

私自身、セクハラに遭っても我慢をしなければならないと思い込み、我慢し続けました」「我慢できない私が悪いのかと悩みながらも、勇気を出して被告のホットラインに相談しても、まともに扱われず、担当者からは「君だけじゃないから気にしなくてもいい」などと言われました。ハラスメントをする人が現場にいるのも問題ですが、会社がそれを黙認しているのもおかしいです

 撮影現場でハラスメントが発生することは当然許されない。しかし、東映ほどの世界的な大企業において、しかも高い人権意識を持っているべき本社の相談担当者までもが、二次被害を起こしてしまっているという。これは東映にとどまらず、日本社会のハラスメント対策の脆弱さを象徴している問題ではないだろうか。

 そこで本記事では、今回の訴状を検証しながら、Aさんの加入する総合サポートユニオンへの聞き取りも参考にし、特にハラスメント対応における二次被害について、現行の行政の限界なども踏まえつつ、考えていきたい。

手袋の中に手を入れる、執拗な飲み会の誘い、「彼氏はいるの?」

 今回の東映の事件について、改めて概要を整理しておこう。Aさん側が争点にしている被害事実のうち、発端となったのは現場スタッフ2名によるセクシュアル・ハラスメントと、長時間労働・残業代未払である。

 Aさんは、2019年に新卒で正社員として東映に入社し、制作部や演出部などを経て、2020年11月からはAPとして働いていた。

 Aさんが立て続けに受けたハラスメント被害は次のような内容だった。一つ目のケースでは、男性スタッフ(60代)が、「寒いね。こんなぶかぶかの手袋だと温まらないでしょ」と言いながら、Aさんの手袋の中に手を入れ、左手の手の甲を男性の右手の手のひらで上から包み込むように、指と指の間に指を入れて握ってきたという行為があったという。

 また、Aさんに対して「ちゃん付け」で呼ぶことや、電話やLINE、SMSメッセージでの執拗な誘いがあった。

総合サポートユニオン提供
総合サポートユニオン提供

 また、別の男性スタッフは、業務中にAさんに「彼氏はいるのか?」などと発言したり、必要性もなく肩を触る、急にAさんへマフラーをかけてくるなどの行為も行った。

 さらに、長時間労働や残業代不払いもあったという。2021年1月にAさんがAPになると、以前から生じていた過重労働や残業代不払いの問題がさらに悪化した。それまでの職種では職場でタイムカードが設置されており勤怠管理されていたが、APになって以降は、客観的な勤怠管理がされなくなり、「固定残業代」も適用されることとなった。

 固定残業代とは、一定時間分の残業代を事前に定額で払う制度のことである。一定の時間分を超えた残業をした場合は追加で残業代を支払わなければならないが、一定の時間まで残業することを前提とされたり、超過分の残業代の追加精算をしないなど、長時間労働や残業代不払いを誘発しやすい制度として批判されている。

 東映においては、固定残業代の金額が、厚生労働省が定める「過労死ライン」である80時間と設定されていた。実際には、Aさんは月に80時間を超える残業もしていたが、残業代の追加精算がなされていなかった。どれだけ働いても「定額働かせ放題」の状況であったのだ。

 Aさんが労働基準監督署へ通報をしたところ、2022年4月までの間に、残業代未払い、違法な長時間残業、労働時時間の把握義務違反の3つの違反について労働基準監督署から是正勧告が東映へ出ている

 このように、東映がハラスメントや長時間労働を防げなかったことによって精神的苦痛を受けたとして、Aさんは安全配慮義務違反による慰謝料や、未払い残業代などの支払いを求めている。

「#Me Too運動をやらない限りはセクハラは直らない」と無責任な発言

 冒頭に述べたように、Aさん側は、ハラスメントがあった「後」の東映の対応そのものによっても、精神的苦痛を被ったと主張している。なお、Aさん及びユニオン側は以下のやり取りについてすべて音声で記録を残している。

 ハラスメント被害を受けたAさんは、東映内部の正式なホットラインの窓口から被害を相談した。ホットラインへの相談を受けて、2020年2月にAさんと面談したのは、本社監査部の男性2名であった。

 彼らは男性スタッフによるAさんへのLINEのメッセージについて、「まずはぴしゃっと無視、ブロック」と早々に言い切っている。男性に逆上されたらとAさんが心配すると、「そうしたらまた(相談に)言ってきていただいて」と被害のリスクを軽視したともとれる発言をしている。

 さらに、「警察OBとも話をしたんですけれど、基本ははっきり言うと、これはストーカー事件にもなり得ない」「犯罪行為まではいってないからね」「被害届は出せません」などと、被害を深刻に受け止めない発言を繰り返した。

 また、「警察の人に言わせるとね、この辺が気を遣っている返答が相手に想像をふくらませてしちゃったみたいだよ」とAさんの加害者に対するSNSのメッセージに問題があったという趣旨の発言もしている。

 加えて、加害者のパーソナリティについて「いるじゃない、そんなの。うちの会社にゴロゴロ」と笑いながら発言したり、「現場はセクハラとか、もう女性が#MeToo運動(注:2017年以降、ハリウッドの俳優たちへの性暴力の告発を契機に広がった世界的なセクハラ告発運動)じゃないけど、やらない限りはなおんないと思う」と東映としての再発防止を放棄するかのような、ハラスメント相談の担当者として不適切な表現を繰り返し、Aさんの訴えに真摯に向き合わなかったという。

 最終的には、「メールやSNSの常識的な利用について」というタイトルで、本件に関する注意書きが社内に出たのみだった。

 精神疾患によって休職したAさんが総合サポートユニオンをつうじて団体交渉を行い、事件の社会的な公表をするまで、東映はハラスメントの調査も行わなかったという。このハラスメント調査では、男性スタッフ2名による行為の一部をセクハラと認め、Aさんの上司や東映本社の監査部のヒアリングなどについて、不適切であると認めている。

 訴状では、このような東映本社の対応について指摘し、相談・被害の申告に対し、真摯に耳を傾け、加害者を擁護したり逆に被害者を責めたりする等の二次被害を与えないなどの、適切に対応する義務を怠ったと主張している。さらに、Aさんの希望を聞かずに、在職中にハラスメント調査を実施しなかったことや、加害者たちの配置換えなどをしてAさんと接触をさせない措置をとる義務を怠ったことを指摘している。

 なお、東映本社の監査部の不適切な発言は、こちらの動画で音声の一部を紹介されている。

会社の不適切なハラスメント対応は、男女雇用機会均等法違反?

 では、この杜撰極まりない東映のハラスメント対応は、問題になるどのような問題となるのだろうか。Aさん側は今回の訴訟で、男女雇用機会均等法第11条第1項などを根拠として「事後措置義務違反」を主張している。男女雇用機会均等法では、「当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」(第11条第1項)として、使用者によるセクハラに対する措置義務を定めている。

 厚生労働省は、男女雇用機会均等法にもとづいて「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」を定めており、使用者のセクハラ措置義務の内容とその適切な対応例を具体的に記載している。

 この指針では使用者の措置義務として、「事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発」「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」などの、セクハラを防止するための事前措置と同時に、「職場におけるセクシュアルハラスメントに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処」といった事後措置を行うように義務付けている。

 さらに指針は、この事後措置の具体例として「相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談を行った労働者(以下「相談者」という。)及び行為者の双方から事実関係を確認すること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること」を明記している。

 これを踏まえれば、ハラスメント相談を受けた際の東映側の対応は、双方の事実関係を確認する調査をAさんに提案もしておらず、Aさんに対する配慮も欠如しており、この指針に違反しているという主張は説得力があるだろう。

制度開始から17年間で一件もなし! セクハラ措置義務違反の企業名公表

 今回Aさんは労働組合による団体交渉を経て、訴訟に踏み切ったわけだが、訴訟のハードルは高い。男女雇用機会均等法のセクハラの措置義務に企業が違反している場合、このような裁判紛争にならずとも、ほんらいは行政が使用者に適切な対応を促すことが想定されている。しかし、その仕組みが十分に機能しているかは疑問符がつく。

 セクハラの措置義務違反については、都道府県労働局による勧告などの是正指導が行われる。それでも企業が対応しない場合には、厚生労働大臣による勧告が行われる。それでも企業が適切に対応しない場合には、最終的に厚生労働大臣がその企業名を公表するという行政制裁の仕組みが用意されている。

 2022年度はセクハラの措置義務違反によって1243件の是正指導がなされている。しかし、セクハラの措置義務違反による企業名公表は、2007年4月に制度がスタートしてから実に17年の間、2024年の現在に至るまで、一件たりとも実例がないのが実態だ。もちろん、行政の指導によって、企業名公表に至る前に措置義務違反の会社が例外なく対応を改善させたということでもないだろう。

 特に相談があったあとの事後措置義務の違反については、どのような調査や対処が「正確」で「適正」でないのかは、前述の厚労省の指針で詳細に定義されてはおらず、労働局が具体的に判断することは難しいと考えられる。

 結局企業が、形だけのハラスメント方針の文書やまともに機能しない相談窓口を作ったり、相談後も小手先だけのヒアリングを行ったりと、行政に報告するためだけの「企業名公表逃れ」に過ぎない対応で取り繕うことで、それ以上の追及をされなくなるケースが多いのではないだろうか。その影で、言い分を無視され、泣き寝入りしている被害者が多いものと思われる。

 このように現行の制度では、ハラスメント相談に対する企業の杜撰な対応があっても、企業の責任が問われづらい仕組みになっている。

 そもそも企業にとっては、ハラスメントについて、被害者に配慮しながら十分な被害事実のヒアリングをしたり、被害事実が認定された場合に、加害者を処分したり、異動させたりといった本当に適切な対応は、「コスト」がかかることだ。ましてやハラスメントの加害者がその企業にとって重要な役割に就いているような場合は、処分や異動などの適切な対応をすることが、短期的な「コスト」を増大させる可能性がある。

 こうした背景から、被害者に向き合うよりも、杜撰なハラスメント対応で済ませようとする企業が蔓延している可能性は否定できない。実際に、2020年の厚労省のハラスメント調査では、セクシュアル・ハラスメントを把握した後の勤務先の対応として、「特に何もしなかった」という労働者の回答が33.7%に及んでいる。

 さらに、行為者(加害者)の調査が行われたという回答は、たったの11.0%である。つまり、約9割の企業では加害者、被害者の双方に調査を行っていないということであり、そもそも適切な調査をしていないと考えられる。

 今年1月に筆者が執筆した下記の工業用接着剤メーカーの事件でも、セクハラの相談を受けた会社の役員たちが、被害者にも落ち度があるかのような発言をしたり、加害者による杜撰な「謝罪」を擁護するような発言を行っていたことが問題になっていた。現実には、このような二次被害の事例が全国的に横行していると見て良いだろう。

参考:「ただの死骸」「人格障害」 セクハラ二次被害を「お膳立て」する会社にどう対抗できる?

曖昧な二次被害の違法性を追及する訴訟

 現行の行政の仕組みに限界がある一方で、上記の工業用接着剤メーカー事件についても、東映の事件にしても、被害者がユニオンをつうじて立ち上がり、ハラスメント被害と、ハラスメントの相談に適切に対応しなかった会社の責任追及をあきらめなかったことで、社会的にその被害が明らかになっている。

 このような被害について共感した被害者は多いはずだ。実際に、上記の工業用接着剤メーカーのセクハラ被害者は、東映のセクハラ争議のニュースを見たことで、総合サポートユニオンに加入して団体交渉を始めたという(本記事の一つ目のYouTube動画参照)。

 さらに東映の訴訟では、企業による措置義務、特に事後措置の問題を正面から問うことで、ハラスメント「対応」における具体的な企業の責任に切り込み、どのような対応をした場合、あるいはしなかった場合に、企業が違法になるのかに踏み込んでいると言える。厚労省の指針で曖昧だった事後措置義務の中身について明確になれば、行政や企業の対応、被害者の今後の権利行使において、波及効果が期待できる

 このように、当事者が声をあげて権利を行使していくことは、自分自身の被害回復はもちろんだが、日本社会全体のセクハラ及び二次被害の抑止につながるといえよう。

おわりに

 今回の第一回期日におけるAさん側の主張と、裁判までの経緯や法制度の実情を振り返ることで、日本のセクシャルハラスメント対策における「二次被害」の防止が不十分であることが見えてきた。

 以上のような実態の認知を広めていくために、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEでは、職場のセクシュアル・ハラスメントおよび会社による二次被害に関してのオンラインアンケートを実施している。

職場のセクシュアル・ハラスメントの被害および企業による二次被害の実態調査

 セクハラ被害及び二次被害の実態を社会的に知らせていき、対策を講じさせていくために、被害の経験のある方は、こちらもぜひご協力をお願いしたい。

 東映側は今後Aさん側の主張に対しどのように反論していくのだろうか。裁判の動向に注目していきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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