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「生活保護の解体」が必要? 貧困支援の現場から政策の争点を考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 物価高や電気料金の値上げで家計は悲鳴を上げている。これは世界的な傾向であり、欧州では不満を持った市民がデモやストライキが起こすほど、緊迫した状況だ。

 日本でも多くの世帯に影響が出ている中で、参院選を闘う各政党も、物価高や電気料金の値上げに対する対策を論じ始めている。近年の貧困の拡大状況も加わり、生存権を守るための施策の必要性が増している。

 一方で、食料支援を行なっている「フードバンク仙台」には2022年4月から6月末までに、延べ918件の食料支援依頼が寄せられている。支援依頼が増加する背景を調べると、「食料」など生存に直結する物資が行き届いていない現実や、生活保護制度など社会制度の不備が見えてくる。

 貧困問題に取り組む識者からは、抜本的に状況を改善するために、「生活保護の解体」を提唱する動きもある。

 今回は、フードバンク仙台に寄せられる相談から貧困の実態を分析し、政策として考えるべき論点を提示したい。

フードバンク仙台に寄せられる相談。ホームレスが目前に迫り、ライフラインも停止する人が増加

 フードバンク仙台に寄せられる相談は、大別すると「学生」と「学生以外」(労働者世帯、生活保護受給世帯、障害年金受給世帯などの合計)にわけられる。「学生」は428件、「学生以外」は490件だった。学生世帯の貧困が際立っているが、これについては過去の記事で詳細をまとめてあるので、そちらを参照してほしい。

参考:食糧支援に駆け込む「学生」たち 「ホームレス化」が迫る貧困の実態とは

 相談全体の中で特徴的なことは、家賃やライフラインを滞納している相談者の多さだ。918件の相談のうち、家賃を滞納している人は13%、電気代を滞納している人は24%などとなっている。家賃に関しては、「そのうち払えなくなる」と回答した人は79件であった。

 深刻なことに、相談を寄せた人たちの中にはライフラインがすでに停止してしまっている人もいる。例えば、現時点で「電気が使えない」という回答をしている世帯は約20件にのぼる。最近の猛暑の中でも、扇風機やエアコンなどが使えない世帯があるということだ。

 熱中症になってしまうと最悪は死亡する場合もある。フードバンク仙台が活動する宮城県も30度を超える日が続いており、ここで現れている問題は放置できない問題だ。

フードバンク仙台に寄せられた相談のうち、ライフライン料金を滞納している件数
フードバンク仙台に寄せられた相談のうち、ライフライン料金を滞納している件数

 家賃やライフラインを滞納してしまう背景には、新型コロナウィルスによる影響でシフトが減少したことや失業したことなどの労働問題による収入減少がある。しかしそれだけでなく、物価高や公共料金の値上げなどのために生活に最低限必要な費用が上昇し、生活が苦しくなっていることが相談者らの声からうかがわれる。実際に、下記のような声が寄せられている。

「ガソリン代の値上げ、物価食料品の値上げ、光熱費の値上げで今まで以上に出費が増えた」

「電気が高くなり、家賃も補助には入っていないため、毎月生活が厳しい。特に今月はご飯を我慢しなくてはいけない」

生活保護を申請させない-水際作戦の横行

 生活に困窮した時、助けになるのはセーフティーネットである生活保護制度だが、フードバンク仙台に相談を寄せる人たちの実情からは、同制度が機能を果たしていないことが読み取れる。

 まず、現在の生活保護制度では対象となっていない学生と外国人労働者を除いた世帯472件のうち、「生活保護を受けたいと思い行政の窓口に行ったことがある」と答えた世帯は182件(約39%)だった。

 しかし、この182件のうち、「家族を頼れ」・「仕事を探せ」などといわれて窓口から追い返されてしまったり、年齢や車の保有を理由に保護を受けられなかった件数は56件(約31%)に上っていた。

 本来、生活保護を利用するにあたり、年齢や仕事の有無は関係ない。最低生活費以下の所得しかなく資産ももっていなければ、基本的には生活保護を受給できる。先に上げた理由で追い返すことは、違法行為に当たる可能性もある。

 行政の窓口が生活保護申請者を不当に追い返す行為は、以前から「水際作戦」と呼ばれ問題が指摘されてきた。生活保護受給者を減らしたい自治体は、窓口でそもそも申請させないという行動に出てきたわけだ。インフレと新型コロナによる貧困が深刻化する中で、この「水際作戦」が再び全国的に広がっていることが懸念されている。

 実際に、2021年の生活保護の申請件数は増加していたが、2022年3月の件数は2021年3月に比べて13.4%減っている。新型コロナウィルスによる影響はいまだ続いており、インフレも深刻化する中で、多くの世帯で経済状況が改善しているとは思えない。今回のフードバンク仙台の相談現場の状況と照らしてみても、申請件数が減っている理由として「水際作戦」の横行を疑うべきだろう。

参考:「生活保護申請、0.8%増 21年度、2年連続上回る」(共同通信 2022/6/1)

生活保護を頼りたくない-バッシングの回避

 「水際作戦」が横行する一方で、そもそも生活保護に頼らないという人々も多い。生活保護の利用を考えて行政の窓口に行ったことのない人は228件となっている。生活保護の利用を考えない理由として、下記のような回答があった(複数回答)。

フードバンク仙台への相談のうち、生活保護の利用を考えない理由。
フードバンク仙台への相談のうち、生活保護の利用を考えない理由。

 一番多い理由は、「周りの目が気になる」というものだ。これは、生活保護を受けると「バッシング」される恐れがあり、それを回避しようという表れだろう。

 生活保護を申請すると、収入や資産を厳格に審査される。その過程で、家庭訪問と称して家の中を詮索されたり、通帳の中身を開示させられ取引の内容を説明させられたり、家族に経済援助できないか確認するための文書が送られる。このようにプライバシーを丸裸にされるため、生活保護受給には恥の感情(スティグマ)を伴う。そのため、保護申請自体を忌避する人が少なくない。

 その結果、日本の生活保護の捕捉率(受給基準を満たしている人のうち実際に受給している人の割合)は20%程度だと言われている。受給基準を満たしている8割もの人たちが制度から漏れているのである(なお、アメリカを含む先進国では、生活扶助の捕捉率は4割から8割であり、日本は突出して低い)。

 こうして制度から排除された人々の間で不公平感が生まれ、受給者に対するバッシングが起こる。「自分たちは働いても苦しいのに、あいつらは税金で楽に暮らしていてずるい」という生活保護に対する負の感情が広がってしまっているからだ。

 家族・親戚からも生活保護の利用をしないように説得される場合も多いのも、そのような背景によるものだろう。

「生活保護の解体」が必要との見解も

 以上のように、生活に困窮する人々が増大している一方で、日本の社会保障制度である生活保護制度では貧困を改善できていない現状が広がっている。そもそも、先に紹介した捕捉率の少なさをみてもわかるように、生活保護は十分に「必要な人」をとらえて日本の貧困を削減できてきたわけではない。

 このような状況に対して、貧困研究の著名な学者である岩田正美氏が昨年11月に『生活保護解体論』を著し、注目を集めている。同書では、生活保護制度の抜本的改革を具体的な試案とともに提起している。

岩田正美(2021)『生活保護解体論』岩波書店
岩田正美(2021)『生活保護解体論』岩波書店

 岩田氏は同書の中で、「本書の強調点は、生活保護をまずは基礎的生活の最低限保障として把握し、生活の基礎的ニーズに着目して解体するという点にある」とし、「すべての国民が「今、貧困である」とき、使える社会扶助を、生活の基礎ニーズの違いから、分解し、そこから社会保障のいくつかと組み合わせて、再構築しようということなのです」と述べている(35-36項)。

 生活保護という仕組みは、実質的に「何もかも失った困窮層」が「万策尽きて」利用する「最後のセーフティーネット」という位置付けになってしまっている。生活保護を利用しようとすれば、「部分的な貧困」ではなく、利用者は「すべてに困窮している」必要がある。そのため、ニーズに応じて単品で使うことができない。

 そもそも、生活保護には8つの扶助(生活扶助、住宅扶助、教育扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助)がすべてそろっているが、これらは本来異なった生活ニーズに対応するものである。その異なった機能を発揮できるようにするために、一度各扶助をバラバラにしてみる必要がある、と岩田氏は述べるのだ。

 実際に、多くの場合、貧困状態は「部分的」に発生する。失業して家賃が払えなくなった、子どもの教育費にお金がかかりすぎた、病気になり医療費がかかりすぎた、などが具体的事例である。

 そのような状態になったとしても、生活保護基準以上の収入があったり、処分価値のある住宅や土地などの資産があるならば、生活保護は使えない。すでに述べたように、生活保護は「何もかも失った困窮層」を対象としてしまっているからだ。

 この「部分的」な貧困に対応しがたい現在の生活保護制度の実態は、困窮者を遠ざけている重要な要因だ。いわば生活保護制度は、貧困でどん底に落ちてきて、はじめて使える制度になっているのだ。このような仕組みであれば、生活保護を受ける中で受けるスティグマも強化するだろう。

 逆に、生活保護制度の8つの扶助がそれぞれ単品で使えるような仕組みがあり、それが「何もかも失った」状態でなくても、「部分的」に貧困状態に陥った人たちも容易に使える仕組みであれば、多くの人が貧困状態から持ち直すことができる。

 例えば、住居の確保である。岩田氏は、現行の住居確保給付金を拡張し、恒久化することを提案している。対象要件(①65歳未満の重たる生計者で、離職・廃業後2年以内、②個人の責任・都合によらず給与等を得る機会が離職・廃業と同程度に減少している)や求職活動の要件を削除し、支給期間を延長していけば、普通の住宅手当にできるだろうという。

 このような仕組みは低所得の「ブラック企業」や非正規雇用で働く労働者も使いうる仕組みとなり、「何もかも失った」貧困者以外の労働者全体の生活状況の改善につながる。

 この「生活保護解体」の政策戦略は、一部の貧困者以外の様々な「部分的」貧困に苦しんでいる人々全体に福祉をいきわたらせることで、生活保護バッシングの減少にも貢献する可能性もある。

住居保障も選挙の争点 「生活保護の分割」につながる政策議論を

 今回の参院選では、多くの政党が貧困対策を公約に掲げている。そこで注目したいのは、ここまで述べてきた「生活保護の分割」につながりうる政策についてだ。

 先に例を挙げた恒久的な住宅手当の創設にかかわる公約を掲げているのは、日本共産党、公明党、立憲民主党、れいわ新選組、社会民主党だ(各政党の住宅政策については「住まいの貧困に取り組むネットワーク」のブログにまとまっている)。

 恒久的な住宅手当が実現すれば、それを皮切りに様々な扶助を切り出していくきっかけともなるだろう。もちろん、生活保護制度自体をすぐになくせばいいわけではない。

 様々な部分的な対処をしてもままならない貧困状態の人は、全般的な保護を受ける必要もある。生活保護を解体してなくすのではなく、生活保護を解体し生活保護に依存してきた社会保障制度自体の再編を行うべきなのである。

 このような議論を後押しするには、貧困支援の現場で取り組む各団体が、貧困の実態を可視化し、その中で必要な政策を現場の実態から要求していくことも重要である。

 今回紹介したフードバンク仙台では、食料支援に取り組む傍ら、ボランティアの大学生らとともに調査活動を展開している。このような活動が、社会を動かす大きな力となっていくだろう。

【無料相談窓口】

フードバンク仙台

活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00

食糧支援申込・生活相談用 070-8366-3362(活動日のみ)

MAIL:foodbanksendai@gmail.com

*食料や活動資金の寄付も受け付けています。学生等のボランティアも常時募集しています。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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