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食糧支援に駆け込む「学生」たち 「ホームレス化」が迫る貧困の実態とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

 いま、大学生に異変が起きている。仙台で食料支援を行なっている「フードバンク仙台」には、今年の4月から5月にかけて、大学生らからおよそ300件以上の支援依頼が寄せられたというのだ。フードバンク仙台によると、今年度初めの4月から5月半ば(5月16日)までで、学生(大学生・専門学生)からの支援依頼は361世帯に上った。

 フードバンク仙台への相談が急増したきっかけは、仙台の各大学などの掲示板に、食料支援依頼を掲載したことだった。掲載後、学生からの支援依頼が殺到した。その中には、少数ながらも、電気・ガス・水道といったライフラインや家賃の滞納をしている世帯も存在した。ホームレスが目の前まで迫っている学生がいるということである。

 さらに、このうち東北大学からの相談と明確にわかるもの(アドレスが東北大)は291件のうち52件で、約18%であった。いわば、「エリート」に属する大学生たちも、親世帯の状況などによっては食料にさえ困るほどの困窮状態に置かれていることがうかがえる。

 2021年には、筑波大学が食料を無料配布したところ、約3千人の学生が受け取りにきたことも話題になっている。食料支援にこれだけ多くの学生が頼らなければならないほど困窮している背景には何があるのだろうか。

 本記事では、フードバンク仙台に寄せられた相談状況を分析し、学生たちが置かれている状況を探っていきたい。分析の対象としたのは留学生70件を除く291件である(留学生も深刻な状況であることが予想されるが、言語上の問題から詳しい事情がわからないため、今回の分析からは除いている)。

一人暮らしの学生が困窮

 まず、相談を寄せた学生の9割以上が一人暮らしをしていた。学生たちの主な収入状況をみてみると、親からの仕送りや奨学金、アルバイトの収入などを組み合わせて生活しており、相談を寄せた学生たちの72%がアルバイトを行なっていた。

 こうした一人暮らしの学生の中には、仕送りも奨学金も受けず、アルバイト収入のみで生活を成り立たせている人も多かった。

 食料支援を依頼した学生の多くが生活のためにアルバイトをしているが、コロナの影響で収入が減少すると、毎月の家賃や水光熱費、通信費などは固定費用で節約も難しく、食費を削らざるをえないという状況に追い込まれてしまう構図である。

コロナ禍でアルバイトのシフトが減少

 では、具体的にどのような労働問題に直面しているのだろうか。最も多いのが、学生アルバイト「シフトの減少」で117件、「解雇・雇止め」などが理由で「失業」したケースが6件となっている。その他の問題も含めると、労働問題の被害にあったと回答した総計は137件であった。これは、アルバイトをしていた人211件のうち約65%におよぶ。

 そして、休業手当が支払われたと回答があったのは、わずか11件しかなかった。本来、コロナを理由とした客の減少などで休業になった場合、会社都合の休業となり、労働基準法では6割以上の休業手当を支払わなければならない。

 これはあくまで最低基準であって、民法上(536条2項)は10割の賃金も請求できる権利がある。出勤日や労働時間がはっきりと決まっている労働者は比較的請求しやすい。しかし学生の多くはシフト制労働者である。

 シフト制の労働者でも休業手当は請求できるが、シフト制労働者は契約書では労働時間や出勤日について「シフトによる」とだけ記載され、労働条件の明示が曖昧であることが多い。そしてコロナによる長期休業ではシフトが決まっていない期間も休業することになる。

 その結果、コロナによる休業でも、シフトを決めていなかったことをいいことに、「休業補償の支払い義務はない」と主張する企業が相次ぎ、休業手当を支払わないケースが相次いでいる。

 厚労省は非正規労働者でも、シフトが明らかになっていない期間について、直近月のシフト等に基づいて、雇用調整助成金の申請ができるとアナウンスもしている。しかし現在でも、被害はなくなっておらず、学生も同様の被害を受けている。

就活や学業とアルバイトの両立が困難になっている

 一方で、学生側の都合でアルバイトができないという事情も発生している。相談の中には、就活や学業のためにアルバイトができず、そのせいで食費が賄えないという声もあった。いくつか紹介しよう。

「元々家庭の経済状況に鑑みて、仕送りを貰っておらず、貯金と奨学金とアルバイトで生活してきました。大学3年生の後半になってからは、就職活動や資格試験に力を入れるため、アルバイトを辞めて収入が減り、交通費やスーツ代、その他諸経費がかなりかかってしまい、貯金が大幅に無くなりました。父が大きな手術をして、仕事を休業して実家も苦しい思いをしているため、両親に頼るという選択肢はありません」

「コロナの流行や就職活動、大学の研究が重なり、アルバイトのシフトに入れない、そもそものシフトも減らされる状態で、それまでのアルバイト収入の半分になっています。そのため、家賃や光熱費を支払うと、食費分のお金がほとんど残りません」

 これらの事例からは、学業や就活のためにアルバイトを減らさなければならないが、アルバイトをしなければ学生生活を送ることができないという状況のなかで、その両立の困難さがよくわかる。

 また、「授業が対面になり、アルバイトに入りづらくなったのに加え、奨学金は全て学費に使っており、毎月の家賃水道光熱費その他経費を全て自分で払っている為、食費を削らざるを得ない」といった声もみられた。対面授業の再開が歓迎される向きもあるが、経済的に困難を抱える学生にとっては、学業とアルバイトの両立はいっそう困難になるという側面もあるようだ。

家族を頼ることができない現状

 相談からは親に頼ることの困難もみえてくる。

 支援に申し込んだ学生のうち、仕送りを受け取っているのは約52%。半数以上の学生は奨学金とアルバイトの両方、あるいはどちらかだけで生計を立てている。「親からの仕送りがなく家賃など全て自分の貯金やアルバイト代で生活しなければならないので食に回すお金の余裕がない」という声は多い。

 また、仕送りを受け取っていた、あるいは現在も受け取っている学生からは「兄弟姉妹が進学するにあたって仕送りがなくなった」という声や、「親の経済状況がよくないため仕送りがそもそも少ない」、「これ以上は親を頼れない」という声が多く見られた。

 親世代の所得も減少しており、学費を負担するだけで生活費まで支援する余裕のない世帯も増えている。生活費を捻出するためには長時間のアルバイトを行なうか、奨学金や仕送り、アルバイトを組みあわせてなんとか生活費を捻出しなければならない。

学生の困窮を救えない日本の奨学金制度

 親を頼れないとすれば、奨学金を使うという手段もある。しかし、相談を寄せた学生たちの中で奨学金の利用者は半数にとどまっている。それは、学生たちが「奨学金を使うことを避けたい」と考えていることに理由がある。

 ある学生は、「奨学金をフルに使えば食料は買えないことはないのですが、将来の返済を考えると、自らの首を絞めるようで、どのくらい自分は食べても良いのかつい考えてしまう」という。

 また、「奨学金は親から反対されているため申請できない」という声も寄せられていた。これは、奨学金が借金であるために、将来返済できなくなるリスクを考慮した選択であり、経済的に困窮している世帯ほど利用しづらい制度になってしまっている。そのため、アルバイトへの依存を強める結果を招いている。

学生が余裕をもって学べる環境の構築を

 一昔前は、学生アルバイトといえば、サークル活動や趣味などに使うための「お小遣い稼ぎ」といったイメージが強かった。しかし、みてきたように、いまや大学生は「労働者」としての性質が強まっている。

 その背景には、高額な学費、親世代の所得の減少、不十分な奨学金制度があり、その結果として、アルバイトをしなければ学生「生活」を成り立たせることができないという状況が広がっている。そのため、コロナ禍でアルバイトのシフトが減少するなどして収入に影響が出ると、途端に学生生活が脅かされてしまうのだ。

 経済的に困難を抱える学生に向けて、学費の減免や給付金奨学金などを支援する「高等教育の修学支援新制度」が2019年に成立した。ところが、この制度は「住民税非課税世帯及びそれに準ずる世帯の学生」が対象となっており、極めて限定的だ。例えば、両親・本人・中学生の家族4人世帯の場合の目安は、年収380万円である。

 要件に決められた以上の年収がある世帯であれば、学費を親に頼らざるをえないケースがほとんどだ。しかし、必ずしも親を頼れるとは限らない。実際、「親が高所得にもかかわらず十分な仕送りを送ってくれない」、「親が経済的に常に支援するとは限らない。親の年収で支援体制を区切ることを辞めてほしい」という切実な声も寄せられている。親が支援してくれない状況の学生にとって、親の収入状況次第で支援制度が使えないというのは、理不尽であろう。

 困窮が広がり、アルバイトに依存せざるをえない学生が増えていけば、社会的損失も大きい。アルバイト漬けで自由に学ぶ余裕がない学生からは、社会を豊かにしていく新しい発想や創造性は生まれづらいだろう。

 少なくとも現状の収入要件を緩和し、より幅広い世帯の学生が制度にアクセスできるようにしていくことが求められる。また、学費そのものを低額・無償化していく現物給付という方法であれば、親の所得状況とは無関係に、教育を受ける人へ直接的な保障を行なうことができる。欧州では現物給付による教育保障が行なわれているが、こうした方策も検討すべきだ。

 今回紹介したフードバンク仙台は、大学生がボランティアとして参加し、支援や調査活動を行なっている。活動に参加した学生は「同じ学生たちが、こんなにひどい状況になっているとは思っていなかった。この状況を変えるために行動していきたい」と語っている。同団体では今後も調査を続け、実態を明らかにし、政策提言などの活動も行なっていくという。

 コロナ禍でますます学生たちの困窮の度合いが深まっている。現実に根ざした活動を通じて、より普遍的な教育保障を求めていくような動きが広がっていくことが重要だろう。

イベント紹介:2022年6月4日:貧困拡大社会にどう立ち向かうか~300件を超える学生からの食糧支援依頼の現場から~

【無料相談窓口】

フードバンク仙台

活動日 (月)・(木)・(金) 10:00~16:00

食糧支援申込・生活相談用 070-8366-3362(活動日のみ)

*食料や活動資金の寄付も受け付けています。学生等のボランティアも常時募集しています。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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*学生たちが作っている労働組合です。

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TEL:022-796-3894(平日17時~21時、日祝13時~17時、水曜日・土曜日定休)

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*仙台圏の学生たちが作っている労働組合です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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