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所持金15000円 国から「野垂れ死ね」と言われる日本の難民

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:CavanImages/イメージマート)

 政府は先月19日、入管難民法改正案を閣議決定し、現国会での成立を目指している。

 「長期収容問題の解消」がその狙いとされているが、法案を詳しく見てみると、複数回難民申請を行った外国人を強制的に送還することを可能にするという国際人権法に反した措置が盛り込まれており、弁護士や外国人支援に取り組む団体から批判の声が発せられている。

 そもそも、2019年に日本が難民と認定した人は10,375人の申請に対し僅か44人と、世界的にみても異常なほど少ない。日本の認定率が0.4%であるのに対し、ドイツは25.9%、フランスは18.5%である。この状態で強制送還を認めてしまえば、母国で迫害を受ける人々の生命を日本政府が積極的に奪うことに加担しかねない状況であることは明らかだ。

 日本政府は、そもそも申請者の多くがアジアなどから就労を目的にしているという。だが、例えばクルド人への迫害が激しいトルコ出身の難民申請者すら、日本では認めていない。同国出身のクルド人は、米国やカナダでは8割以上が難民認定されている。

 実は、これまでも難民認定申請者の扱いは劣悪なものだった。難民認定が認められなかった人々には、「仮放免」という形で収容施設から解放されていたが、「仮放免」の身分では、就労することが認められず、社会保障も一切適用されない。要するに、無収入・無保障のまま放り出されていた。難民申請者委には、憲法で日本国民に保障される「生存権」さえ適用されてこなかったのである。

 難民認定に限らず、仮放免中の人々に対しては同様の措置が取られている。その状態を当事者たちは、まるで「野垂れ死にしろとでも言われているようだ」と訴えている(西日本新聞2020年11月28日)。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、埼玉県に在住するクルド人難民の支援を行っている。今回は、彼らの状況を紹介しながら、入管難民法改正案の問題点について考えていきたい。

埼玉県川口市や蕨市周辺で暮らすクルド人難民

 まず、埼玉県の特に川口市や蕨市で生活するクルド人難民が置かれた状況について見ていきたい。クルド人とは国家を持たない世界最大の難民と言われており、主にトルコやシリア、イラクなどで暮らしている。しかし、トルコでは母語のクルド語の使用が禁止されるなどの迫害されているため、世界中に亡命しているクルド人が多数存在し、日本でも約3000人が生活している。

 世界的にも迫害が明白視されているクルド人だが、日本で「難民」と認定されるハードルは他の先進諸国よりも遥かに高い。すでに述べたように、2019年度は申請者10375人に対して、認定されたのはわずか44人だ。これは先進国で圧倒的に低い水準であり、トランプ政権下のアメリカですら2019年には44614人を難民として受け入れた。そのうえ、日本はトルコ国籍のクルド人を難民として認めた事例は過去に1件もない。

 そのため、クルド人の多くは、難民申請中は「特定活動」という就労が認められる在留資格を与えられるが、一度、難民申請が却下されれば、いつでも迫害の恐れのある母国に送還されるまで国が用意した刑務所のような収容施設に無期限収容されるか、入管から「仮放免」という一時的に収容を解かれて生活を送ることができるようになる措置の下で生活している。

コミュニティー内での支え合いとその限界

 仮放免とは、一時的に入管施設での収容から解かれて地域社会で生活することを許可されることだが、繰り返し述べているように、就労が認められていないため、働いて収入を得て生活することができない。

 では、社会保障が収入を代替しているかといえば、そうではない。彼らは、在留資格を持たず住民登録ができないために、国民健康保険に加入することができない。さらに、「最後のセーフティーネット」としての生活保護は、原則日本国民が対象(一部、外国人は準用という形で対象)であるため、彼らは受給することができない。

 つまり、働くことも社会保障を利用することもできずに、周囲の支援がなければいわば「野垂れ死に」することになる。このような生存権を一切奪われた状況で、3000人近くが暮らしている。

 彼らを支えているのは、難民申請中に就労許可が下りたり、日本人と結婚するなどして就労資格を持つクルド人である(なお、申請中や日本人の配偶者も必ずしも就労が認められない)。就労資格を持つ人達が働いて、子供や「仮放免中」の家族や親戚を支えている。ところが、彼らの労働条件もまた、きわめて過酷である。

 男性は住宅などの解体に従事している割合が高く、女性は派遣やアルバイトとして食品工場の製造ラインで働いているケースが多々みられる。解体の仕事はほとんどが日雇いで、仕事があるときに1日1万円程度で呼び出されるという非常に不安定な仕事だ。食品工場で働いているクルド人女性も、賃金は最低賃金と同水準で、毎日仕事があるかを派遣会社に電話で確認して仕事がある日だけ働くというケースが多い。

 日本人の労働者と差別をされることも日常的である。

コロナ禍で生活困窮に拍車がかかる

 コロナ禍は難民の生活をさらに困窮させることとなった。それは就労資格を持つ人達が、軒並み休業や解雇を告げられて生活の糧を失ったからである。

 例えば、あるクルド人女性は、コロナウイルス感染拡大以前はある食品工場で週5日、1日8時間働いていたが、昨年4月以降、シフトが週2日から週3日、1日あたりの労働時間も4時間から6時間程度まで減らされてしまった。そのため、収入が半減してしまい、家賃や食費、交通費などの支払いに困窮している。また、解体作業員として働く別のクルド人男性も、コロナ以前は月20日ほど働いていたが、昨年夏ごろには最も少ない月にはわずか5、6日しか仕事を紹介されなかったという。

 本来であれば、それがコロナウイルスを理由としていたとしても、工場の稼働停止や生産規模の縮小によるシフト削減に対して、労働基準法では企業は休業手当として最低でも6割を支払う義務がある。さらに、労働者の権利としては10割の賃金を請求することができる。しかも、国は休業手当を支払う企業に対し手厚い助成金を出している。

参考:「申請できない」はウソ! 整備進み、雇用調整助成金の活用が「急増中」

 しかしほとんどのケースで違法に休業手当は支払われておらず、コロナウイルスによる生活困窮はいわば彼らの「自己責任」として処理されてしまっている。

 このように企業の違法行為によって仕事を失ったクルド人難民の影響は、仕事を失った当事者だけでなく、彼らが経済的に支えていた仮放免中の家族や親族、友人などへも波及していった。

はじめての実態調査

 昨年11月に、埼玉県川口市でNPO法人POSSEも参加して行われたクルド人向けの生活相談会では、国内のクルド人難民に対するはじめての本格的な調査が行われ、状況の深刻さが浮き彫りになった。

 123世帯が訪れたこの相談会でのアンケートによると、相談時の平均所持金額はわずか15000円と、生活保護の定める最低生活費を遥かに下回った資産しか保有していないことが明らかになった。

 46世帯が家賃を滞納しており、33世帯が不十分な食事しか取れていないと回答している。さらに、健康保険に加入できないために窓口で全額負担を強いられることによって多くの人が医療費の支払いに困っていることもわかった。医療費を滞納している8世帯の平均滞納金額は45万円で、なかには医療機関から未払い分を支払わなければ訴訟を提起するという通知を受け取っている家庭もあった。

 これらはその際に寄せられた相談の一例である。

3人家族(両親、子)

妻は現在妊娠中。夫は過去に解体の仕事中に骨折しため働くことができなくなる。労災は適用されていない。子どもを保育園に預けたいが仮放免であるため預けられない。現在は夫婦ともに働けず、所持金はほとんどない。

6人家族、(両親、子4人)

夫の仕事がコロナでなくなる。家賃を1ヶ月分滞納している。喘息や頭痛などの持病があるが、保険証がなく病院に行くと10割負担のため診療を躊躇している。過去の受診で20万円以上の医療費未払いがある。子供の学校の給食費などを払えない。食事も十分に取れていない。所持金はほぼゼロ。

 ここからわかるように、クルド人難民の生活困窮実態は極めて深刻だ。しかし前述の通り、生活保護は外国人を原則として排除しているため、彼らにとって「最後のセーフティーネット」は文字通り存在しない。

 これは端的に外国人差別にほかならない。日本ではすでに300万人近くの外国人が生活しており「多文化共生」といった聞こえの良い言葉が頻繁に使われるようになったが、外国人に対して普遍的な生存権を保障することなく実行される共生政策とは、あくまで働くことのできる外国人だけを受け入れるものにとどまってしまう。

地元自治体も仮放免者を保険に加入させるよう国に要請

 前述の相談会は、日本で初めてクルド人難民の生活実態を大規模に把握し、問題提起した取り組みである。そして、こういった状況が現場の支援団体によって浮き彫りになったことで、地元自治体である川口市も無視し続けることができなくなった。

 そこで川口市は、昨年12月、法務省に対して仮放免中の外国人に対して就労を認めることや健康保険に加入させることを要望した。これまでもクルド人難民数千人が暮らしており、市も当然彼らの置かれた窮状をある程度把握していたが、外からの圧力がない中で、自ら動こうとはしてこなかった。ようやく現場の運動に後押しされて動き始めたのである。

入管難民法改正案はまったく妥当ではない

 このような状況で提示されているのが、今回の入管難民法改正案である。

 これまでも国側は現在に至るまで特にクルド人難民をはじめとして、外国人の生存を保障するための施策を講じてこなかった。それに加え、今回の法改正では、強制送還を可能にするばかりか、庇護を求めて来日した外国人を「犯罪者」として取り扱う条項をも盛り込んでいる。

 強制退去命令を受けていても様々な事情から帰国できない外国人に対して刑事罰を課すこともできるようにする。このようなことが現実になれば、難民は生存権を剥奪されたうえ、犯罪者として扱われ、強制送還されることになる。

 「先進国」としてあまりにも稚拙な難民政策であると言わざるを得ない。

難民を支援するために

 難民や外国人に対しても、生活保護や健康保険などの社会保障を利用する権利を与えなければ、これから、ますます路頭に迷う外国人が増えていくだろう。最近では、技能実習生が不当解雇されたことをきっかけに「失踪」し、生活困窮から犯罪に手を染めるという事件を目にすることがあるが、やはりその背景には、企業による外国人の使い捨てと、最後のセーフティーネットの不在といった差別的な社会保障制度がある。

 このような状況を変えるために、POSSEでは、ボランティアの大学生が中心となり、埼玉県川口市で毎週末「クルド若者カフェ」と題したイベントを開催している。これは、小中高生などが進学や資格取得のための勉強を行うだけでなく、それぞれが学校において抱える悩みを共有してその課題を解決するために必要な取り組みを議論する場として機能している。

 また、毎月1回、地元のフードバンクなどの協力を得ながら、フードパントリーを実施して、生活に困窮している家庭への食料配布や生活相談を通じた支援を行っている。毎回、30世帯ほどのクルド人家族が、家賃や医療費支払いなど生活上の相談から、賃金未払いや労災といった労働問題に関する相談、さらには在留資格に関するアドバイスを求めて、フードパントリーに訪れている。

 こういった活動を通じて、現場の実態を把握しながら、外国人や難民自身がいまの日本社会の差別的な構造に対して問題提起を行うことを促している。実際に、おかしい状況に対して「おかしい」と声をあげることで、社会のあり方を変える契機にできるだろう。

NPO法人POSSE外国人労働サポートセンター

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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