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「申請できない」はウソ! 整備進み、雇用調整助成金の活用が「急増中」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 長期化する休業によって給与が激減し、生活に不安を抱える人々への支援策として、国の政策の中心にあるのが雇用調整助成金(以下「雇調金」とする。)だ。これまで雇調金については、手続の煩雑さなどの制度の不備が多くのメディアによって指摘されてきた。私自身もその一人だ。

 しかし、状況は変わりつつある。後で詳しく述べるとおり、雇調金の制度は大きく改善され、急速に活用が進みつつあるのだ。

 ここで立ち止まって考えたいのは、これまでの報道では、「制度の不備のみが強調され過ぎていなかったか」という点だ。こうした報道は、政府の施策の問題点を明るみにした一方で、制度の利用を諦めさせる要因にもなっていたのではないだろうか(なお、筆者は政策の不備と共に、労働者側からの請求の重要性を一貫して主張している)。

 雇調金は労使双方にメリットのある制度であり、うまく活用すれば、新型コロナによる影響を最小限にくい止めることができる。この記事では、雇調金が「使える制度」になりつつあることを多くの方に知っていただくために、現状を紹介していきたい。

 

 利用を諦めてしまっている事業主の方はこの記事を読んで改めて申請を検討していただきたい。また、労働者の皆さんも、制度について積極的に理解を深め、会社に対して休業補償を求めるようにしていただきたい。

進み始めた雇用調整助成金の活用

 雇用調整助成金は、経済上の理由により事業活動の縮小を余儀無くされた企業が、労働者を休業させるなどして雇用を維持した場合に、休業手当相当額の一部が企業に助成される制度だ。

 下の表は、厚生労働省が公表している雇調金の支給申請及び支給決定の件数である。5月11日時点では申請が1万2,857件、支給決定が5,054件であったため、この2週間近くで急速に利用が進んだことが分かる。

雇用調整助成金の利用の推移
雇用調整助成金の利用の推移

 申請件数が大幅に伸びているのは、緊急事態宣言の発令を受けて4月に休業を行った企業が申請時期を迎えていることに加え、後述するように申請手続の簡素化などの特例措置が進んだことによるものだと考えられる。

 同時に、支給決定件数も大きく伸びていることに注目したい。当初は、支給申請から実際に支給されるまでに通常2ヶ月程度を要するとされていた。厚生労働省は、申請書類を簡素化し、人員体制を強化するなどして2週間程度での支給を目指すとしているが、こうした措置が功を奏しているものと思われる。

申請手続はどのように改善された?

 新型コロナが経済に深刻な影響をもたらすなか、政府は雇調金について様々な特例措置を講じている。特例措置が相次いで発表されたため、かえって混乱を招いてしまった側面もある。ここで、改めてどのような措置がとられているかを整理していきたい。

 まず、申請手続が煩雑だという点については、記載事項が約5割削減され、添付書類も削減されるなど、申請書類の簡素化がなされている。

【参考】厚生労働省リーフレット「雇用調整助成金の申請書類を簡素化します」(4月17日掲載)

 また、休業等計画届の提出が不要とされ、助成額の算定方法が簡略化されるなど、申請手続の負担軽減が図られている。

【参考】厚生労働省報道発表「雇用調整助成金の手続を大幅に簡素化します」(5月19日)

 さらに、小規模事業者(従業員が概ね20人以下の会社や個人事業主の方)向けには、「実際に支払った休業手当額」から簡易に助成額を算定できる措置がとられ、複雑な計算を行うことなく申請ができるようになっている。分かりやすい「支給申請マニュアル」も公表され、容易に提出書類を作成することができるようになっている。

 次のリンク先では、「支給申請マニュアル」のほか、必要な書類の様式や記載例がダウンロードできる。

【参考】雇用調整助成金の様式ダウンロード(新型コロナウイルス感染症対策特例措置用)〔厚生労働省ホームページ〕

 通常、申請期限は、支給対象期間の末日の翌日から2か月以内となっているが、新型コロナの影響を受けて休業を行った場合、支給対象期間の初日が1月24日から5月31日までの休業の申請期限は8月31日までとなっている。今から準備をしても十分間に合うので、是非活用していただきたい。

中小企業では助成率100%が実現

 次に、休業手当の一部を企業が負担しなければならないことが、企業が申請をためらう要因になっているとの指摘があった。これについても、特例措置によってかなりの程度改善されているといえる。

 特に、中小企業については、5月27日に閣議決定された第2次補正予算案で、助成率をさらに引き上げる旨が示されている。解雇等を行っていない中小企業の場合、助成率が10/10に引き上げられ、4月に遡及して適用される見込みだ。これによって、多くの中小企業は自己負担なく休業手当を支払うことができる。

 

 さらに、予算案では、1日当たりの上限額を8,330円から15,000円まで引き上げる方針が示され、これも4月1日以降に開始された賃金締切期間に遡って適用される見込みだ(9月まで適用、月額の上限は33万円)。この措置は企業規模にかかわらず適用される。

 これまで、日額が8,330円を超える場合、上回る部分を企業が負担しなければならず、このことが制度が活用されない一因となっていた。上限額の引き上げにより、制度の活用が促進されるはずだ。

 一方で、雇調金の活用が進まない理由として、助成金が支給されるまでの間、企業が一時的に休業手当を負担しなければならないという点も指摘されてきた。休業手当を支払ってからでないと雇調金を申請できないため、手元に資金がない場合、制度を利用することができないという問題だ。

 この点についても一定の改善がなされ、賃金締切日以降、休業手当に係る書類など必要書類が確定していれば、支給申請をすることができるようになっている。つまり、給与支払日よりも前に申請ができるということだ。

 また、支給申請から助成金が支給されるまでの期間は2週間程度を目指すとされており、給与支払日よりも前に支給を受けることができる可能性がある。

もはや「使うことが当たり前」の制度

 このように、雇調金の制度は大きく改善され、実際に活用が進んでいる。もはや雇調金は「使うことが当たり前」の制度であり、申請をしない雇用主がその「言い訳」をするのは難しくなってきている

 現在でもNPO法人POSSEの相談窓口には、「助成金をしてもらえない」という労働者からの相談が相次いで寄せられているが、そのような場合には、労働組合の力を活用するなどし、雇調金の活用を強く求めていくべきだろう。労働組合の交渉により、雇調金の活用と100%の休業補償を実現させた事例がいくつもある(末尾に労働相談ホットラインの案内)。

【参考】学生アルバイトにも「休業補償100%」 たった一週間で支払われた舞台裏

【参考】コカ・コーラの下請で「休業補償10割」 スト通告と国の「政策決定」が後押し

 冒頭に述べたとおり、雇調金をめぐるこれまでの報道は、制度の不備を指摘し、政府批判につなげるものが多く、制度の活用を促進することに重きを置いた報道は少なかった。

 なかには「申請は不可能に近い」などというタイトルをつけた記事もあり、こうした報道を目にした事業主に申請を諦めさせてしまったのではないかと懸念される。また、そのような風潮が、事業主が制度を活用しない「言い訳」として利用されてしまった側面も否めない。

 確かに、制度の不備を批判することは重要であり、そのような報道が結果として制度の改善に結びついたことも事実である。また、「権力の監視」はジャーナリズムに求められる重要な役割でもある。

 一方で、批判だけを目的とした報道により制度の活用が抑制され、本当に困っている人に支援策の効果が及ばないということになってしまっては本末転倒だ。

 強調しておきたいのは、雇調金は、適正な申請を行えば、確実に支給を受けることができる制度だという点だ。そして、制度を利用するハードルが下がっていることはこの記事で述べてきたとおりだ。

 メディアにはこうした点も報道していただき、「使える制度」であることを多くの人々に周知していただきたい。

「休業補償・解雇・倒産電話相談ホットライン」

日時:5月31日(日)10時~20時、6月1日(月)15時~21時

代表電話番号:0120-333-774(相談無料・通話無料・秘密厳守)

主催:生存のためのコロナ対策ネットワーク

参加団体:さっぽろ青年ユニオン/仙台けやきユニオン/みやぎ青年ユニオン/日本労働評議会/首都圏青年ユニオン/全国一般東京東部労働組合/東ゼン労組/総合サポートユニオン/首都圏学生ユニオン/ブラックバイトユニオン/NPO法人POSSE外国人労働サポートセンター/名古屋ふれあいユニオン/大阪全労協/連合福岡ユニオン/反貧困ネットワーク埼玉/外国人労働者弁護団など

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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