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保育園の最大手が全国で「一斉閉園」 なぜ保育ビジネスの「撤退」が始まったのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

全国で同時閉園 わずか3ヶ月で閉園する園も

 全国で保育園の突然の閉園が事件化する中、今度は最大手において、複数の閉園がなされることがわかった。全国で「アスク保育園」など約200園の保育園を運営する日本保育サービス株式会社(代表取締役社長・西井直人氏)を傘下に抱える株式会社JPホールディングス(代表取締役社長・坂井徹氏)の保育園において、今年度末での閉園通知が、今年9月に保護者たちに渡されていたのだ。

 閉園するのは5園。園児の定員数の合計は200人を超える。東京都内では新宿区2園、大田区1園、豊島区1園の4つの「アスク保育園」が閉園する。いずれも、東京都が独自の基準を満たすとして補助金を交付している東京都認証保育園だ。沖縄県那覇市にある「アスク保育園」に関しては、わずか3ヶ月を残した12月末での閉園だ。

 保育園の突然の閉園は全国で相次いでいる。今年10月には東京都中野区、豊島区などで認可保育園を経営するNCMA株式会社(代表・西内久美子氏)が、千葉県印西市で経営する認可保育園を、保護者へ手紙で通知してからわずか12日後に、強行的に閉園したばかりだ。

参考:突然の保育園の「閉園」 完全な「違法状態」でも止められない理由とは?

 多発する突然の保育園閉園の背景には、近年の規制緩和によって、新規事業者の参入や新園の拡大を容易にした結果、利用者よりも自らの利益を優先する経営者が蔓延する保育業界の実態がある。そこに歯止めをかける方法はないのだろうか。今回の閉園の経緯をたどりながら、検証してみたい。

転園先を保証されず、不安に置かれたままの保護者たち

 はじめに、今回の閉園が保護者にもたらした影響について紹介したい。

 今回閉園が決まった園の一つ、大田区の「アスク保育園」では、9月11日に年度末での閉園を知らせる手紙が、保護者に園児の前で突然手渡された。

 直後に開かれた日本保育サービスによる説明会では、閉園後についての案内がなされた。同園の保護者に対して、同社の別の東京都認証保育園の紹介や、別の認可保育園の受け入れ園児数を増枠して対応するという。しかし、保護者たちが安心できる内容からは、ほど遠いものだった。

 まず、紹介するとされた東京都認証保育園はわずかな空きしかなかったようで、説明後、たった4日で申し込みが締め切られてしまった。認可保育園についても、入園できる保証があるわけではない。結局は区に通常の認可申し込みの手続きを行うことになり、他の保護者との競争となるからだ。

 認可保育園は、保護者の労働時間や自治体への居住期間などが点数化され、自治体によって入園の優先順位が決定される。ある家庭は同園を利用してきたが、夫婦の一方がパート労働者であることなどから点数が低く、認可保育園への入園が見通せていない。大田区によれば、他の保護者との「公平性」の観点から、“突然の閉園によって点数を加算する予定はない”という。

 認可保育園を落ちたら、どうすればいいのか。別の東京都認証保育園を探すにしても、近隣には2歳までしか預かれない園ばかりで、3歳以上の園児を抱える保護者はさらに先行き不明だ。もし保育園が見つからないのなら、保護者の一方が大幅な時短勤務や、退職すらも覚悟しなければならないが、当然、収入が大幅に下がることになる。会社からの評価が下がり、キャリアも途絶えかねない。

 せめて決定の通知が閉園の1年半以上前であれば、認可保育園に応募する機会にも余裕ができたはずだ。

裏切られた「閉園しない」という約束

 ほかにも、同社の説明は曖昧なことが多く、保護者たちは不信感を募らせるばかりだという。

 実は日本保育サービスは、2018年に同園の近隣に認可保育園の新設が決まった際、同園が閉園されるのではないかと心配する保護者たちに対して、「在園児がいる限りは閉園しない」と約束していたという。それを信じた保護者たちからすれば、今回の閉園は「裏切り」だ。それからわずか2年間での前言撤回を説明会で追及されると、同社は「状況が変わった」と開き直ったという。

 さらに、同園の保護者に対して9月15日に開かれた説明会において、同社は閉園を7月末に決定したと説明していた。であるとすれば、決定後1ヶ月以上も保護者に黙っていたことになる。また、保護者の中には閉園を知らされないまま8月に入園した保護者もいたため、抗議が相次いだ。日本保育サービスはその3日後、閉園を決定した時期は8月下旬だったと「訂正」している。

閉園理由は「コロナ対策」?「継続的な赤字構造」?

 日本保育サービスが説明した閉園理由も不確かだ。9月11日の同園の保護者への手紙で伝えられた理由は以下の通りだ。

 「ここ数年認可保育園が増加するとともに、待機児童の解消が進み、育児休暇制度の拡充で0歳児の入園需要が減少するなど、社会構造が大きく変容する中で、認証保育園の役割が問われており、建物の老朽化、新型コロナウイルス感染拡大防止のため密を回避するべく十分なスペース確保の問題、社会環境・人口動態の変化に伴う継続的な赤字構造、認可保育園への意向を踏まえた不動産の調査など、様々な観点から慎重に調査・検討を重ねた結果」だという。

 コロナ感染対策のための「スペース確保」のために閉園するという説明は「とってつけた」感がいなめない。また、「継続的な赤字構造」についても明確ではない。東京都がホームページで同園の財務諸表を公開しているが、連続で1000万円以上の黒字であり、「継続的な赤字構造」とは考えられない。

 「慎重な調査・検討を重ねた」にしては不明瞭な理由ばかりであり、突然の閉園を正当化するには、説得力を欠くと言わざるを得ない。

10年で売上は3倍、経常利益も2.5倍の急成長

 さらに閉園の背景を掘り下げるために、JPホールディングスの経営状況について確認してみたい。

 同社では、傘下の日本保育サービスを中心に、この10数年で急速に保育園数を拡大してきた。2008年4月には保育園は39園、そこに学童クラブなどを含めた子育て支援施設63園を運営する会社に過ぎなかったが、2020年9月末日における保育園の数は全国で213園、子育て支援施設の合計は303施設。12年で5倍にまで成長している。

 経営状況についても好調だ。2020年3月までの1年間におけるグループの連結売上高は317億1900万円(前年比8.3%増)、経常利益は20億円(前年比4.3%増)。それぞれ10年前の2011年の約3倍(91億6600万円)、約2.5倍(8億3900万円)にまで急速に拡大している。

 これほどの急成長にもかかわらず、同社は保育園の複数閉園をなぜ急に実行したのだろうか。

保育園運営の新たな経営方針は「選択と集中」「適正化」!

 そのヒントになるのが、2020年6月下旬に開かれたJPホールディングスの株主総会だ。ここで同社は、経営体制を改めて「新たなスタート」を切ったとして、「新経営体制においては、「選択と集中」「組織活性化」を経営改革の方針に掲げ、具体的な取り組みとしては、既存施設への受け入れ児童数と人員配置を適正化することで、収益性の向上と運営効率の改善を図る」と宣言している。閉園の決定は、その直後のことだ。

 「選択と集中」とは、企業において、事業を多角化せずに効率性を優先して売却や撤退を進め、経営資源を特定の分野に集中させる経営戦略だ。近年は国や自治体でも頻繁に提唱され、公的サービスを削減するためのスローガンとなっているのが実態だ。

 保育・子育て施設を300施設も展開し、子どもたちや保護者の生活を預かっているケア業界の企業が「選択と集中」「適正化」を臆面もなく提唱し始めたことには、危機感を禁じえない。これでは子供の保育という「社会的事業」が、企業の営利ビジネスの「下位」におかれることになりかねない。

 実際、前述の日本保育サービスからの保護者への手紙にも書かれていたように、今後、認可保育園の増加などによって待機児童問題はピークを迎え、少子化がさらに進めば、保育園が「余る」時代がいずれ予想される。JPホールディングスの突然の同時閉園は、そうした将来を見込んで、儲けの少ない保育園からの撤退にいち早く舵を切ったに過ぎないとも言えよう。

 このままでは、業界最大手に続いて、堰を切ったように、業界全体で突然の閉園がさらに頻発してしまうのではないだろうか。

東京都認証保育園の閉園に、行政は何もできないのか

 しかし、いくら民間企業とはいえ、公的な資金を受けながら運営を任されている保育園を、短期間で、十分な理由の説明もなく、次の預け先のフォローも不確かなまま閉園することに、行政は何も歯止めをかけられないのだろうか。

 東京都認証保育園の場合について検証してみよう。都の規定では、閉園までの間に「相当期間の余裕をもって、当該区市町村及び東京都に協議するとともに利用者に十分説明して、理解を得るよう努めること」とされている(「東京都認証保育所事業実施細目」14条より)。

 この条文を読む限りでは、東京都や区市町村とは協議をすればよく、十分な説明による保護者からの理解も必要であるものの、努力義務に過ぎない。

 一方、同条では、事業者が「東京都認証保育所廃止申請書」に閉園の理由を「具体的かつ詳細に」記入して、「区市町村の意見書(区市町村が、当該廃止又は休止が適正であることを確認したことがわかるもの)」などを添付して知事に提出することになっている。

 これは裏を返せば、区市町村が、閉園を「適正」であると「確認」できないとして、意見書を出さなければ、事業者は知事に閉園を申請できず、閉園手続きを終えられないということである。

閉園阻止に及び腰な自治体

 だが、実質的には、区市町村が歯止めをかけられるかは疑問だ。今回、大田区も、保護者の転園先が不確定であり、閉園の理由も曖昧であるにもかかわらず、日本保育サービスに対して、閉園そのものを止めようとする様子は見られない。

 千葉県印西市でNCMAが運営していた小規模認可保育園の閉園の際も同様だった。小規模認可保育園の場合は、市町村長が承認をしなければ、児童福祉法34条にもとづき、閉園は認められないはずだ。しかし、印西市は当初、保護者に対して、他の公立保育園に無理にでも転園するしか選択肢がないかのよう説得していたという。

 現状では、自治体としては、保護者の都合が悪かろうが、経営者を敵に回して閉園を止めるのではなく、空いている別の園に転園させて、社会問題化することを回避する傾向があるようだ。保護者は、突然の閉園に泣き寝入りするしかないのだろうか。

行政の規制強化と、保護者や職員が声を上げる必要性

 最後に、千葉県印西市のNCMAの閉園の顛末について紹介しておこう。保護者と職員、介護・保育ユニオン が連携して市に抗議した結果、市が態度を改め、保護者が転園に納得していないことを理由として、閉園を不承認とする行政処分を下している。

 このように、現在の規定をもとに、運動として働きかければ、行政を通じて閉園に歯止めをかけられるという例が存在する。

 しかし、致命的なことに、この規定には罰則がなかった。このためNCMAは閉園を違法に強行し、鍵をつけ変えて保育園を封鎖した。保護者たちは困り果ててしまった。結局、保育園経営者に対する法的規制そのものが弱すぎるのだ。

 ここで、職員たちと介護・保育ユニオンが市に確認を取り、近隣の公民館を借りて、園児の転園が完了するまで保育サービスを続行する「自主運営」を数日間実施し、保護者のサポートを続けた。現在も、保護者と職員は継続的に会社の責任を追及しているという。

 このように保護者と職員の連携は、保育園の閉園と闘うための重要な取り組みになりうる。介護・保育ユニオンでは、昨年11月に突然閉園した世田谷区の認可外保育園の事件でも、園に留まって「自主運営」を2週間行っている。

参考:世田谷の保育園が「即日閉鎖」から「自主営業」へ 「一斉退職」しなかった保育士たち

 これからの閉園ラッシュが予想される中、利益拡大を優先する経営者が野放しになっている保育業界に、国や自治体、保護者そして労働者が、歯止めをかけられるかどうかが問われている。まずは、行政の規制強化が必要だ。同時に、保護者と保育園職員たちが連携して、野放図な保育経営者から保育園を守る社会運動が求められているといえよう。ぜひ、専門家に相談するなどして、声をあげてみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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