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突然の保育園の「閉園」 完全な「違法状態」でも止められない理由とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

突然の閉園が、前代未聞の事態に発展

 全国で相次ぐ突然の保育園の閉園。その中でも前代未聞の事件が起きている。

 東京都豊島区や中野区など首都圏で複数の小規模認可保育園を運営する「NCMA株式会社」(代表取締役・西内久美子氏)が、千葉県印西市で運営していた小規模認可保育園を10月末で閉園しようとしている。

 筆者がすでに紹介した通り、「経営環境のますますの悪化」「人員不足の状況」を理由として、保護者たちに閉園を知らせる手紙が届いたのは10月18日。わずか10日ばかりを残して保護者に閉園を突然通知するという、あまりに一方的な閉園である。

参考:相次ぐ突然の保育園「閉園」 なぜ行政は止めることができないのか?

 それから1週間のあいだ、この閉園事件はさらに問題のある展開を見せている。印西市が閉園を認めないことを決定し、会社に通知したにもかかわらず、会社が閉園に踏み切ろうとしているのだ。結論からいえば、これは会社側の明白な違法行為であり、厚労省も「法令違反」であると指摘するが、そもそも「想定されていない」事態だという。こんな横暴が許されるのであれば、全国すべての民間の認可保育園では、子供や利用者の生活を無視した「突然の閉園」が可能ということになってしまう。

保護者や職員の事情を一切無視した閉園

 今回の突然の閉園がもたらしている問題について、改めて説明しておこう。

 10月18日、残り2週間の猶予もなく、保護者たちに突然の10月末での閉園が告げられた。保護者たちは途方に暮れてしまったという。印西市からは一応の転園先候補の保育園を示されたが、保育園があればどこでもいいというわけではない。提示されたのは市にとって調整しやすい保育園でしかなく、保護者の自宅からは距離が遠く、通勤に支障をきたしてしまう場所であったという。

 また保護者は、「仮に受け入れ先があったとしても、準備までの日数があまりになく、また一から慣らし保育を行うと、仕事に支障が出てしまう」と懸念している。というのは、転園先に1日数時間ずつだけ子どもを預けて、少しずつ慣らさなければいけないため、保護者は仕事を長期に休んだり早退したりしなければならない。職場との調整も必要となるし、何より時給で働く非正規雇用として働き、家計の主な担い手になっている保護者にとっては、収入が激減してしまい、家計が成り立たなくなってしまう。

 今回の閉園では、職員たちも甚大な被害を被ることになる。NCMAは隣の市である佐倉市でも保育園を経営しているにもかかわらず、職員のうち2名は、11月1日から東京都豊島区の西池袋や中野区の高円寺周辺の保育園に異動命令を出されている。現在の住所からは、往復5時間近くかかる。しかも、異動通知が職員のもとに来たのは、閉園まで残り11日しかない10月20日。引っ越すにしても、残り日数はあまりに少ない。

 異動を命じられた保育士の中には、かかりつけの地元の病院で持病の治療が必要な職員や、介護の必要な家族を抱える職員もいる。そうした個人の事情も一切無視である。

 ここまで何の配慮もないとなると、NCMAにとって、子どもや保護者、職員はあくまで利益のための一手段でしかなかったと言われても仕方ないだろう。

踏みにじられた市の「不承認」決定

 10月18日に閉園の手紙が届いてからすぐ、この園にとどまることを希望する保護者たちと、個人加盟の労働組合・介護・保育ユニオンに加入する職員たちは連携し、突然の閉園には納得できないとして、会社に閉園の撤回を求めてきた。

 児童福祉法の規定により、小規模認可保育園の休園・廃園には、市町村長の承認が必要とされている。言い換えれば、市が承認さえしなければ、会社は閉園できないということだ。このため、保護者と職員らは、印西市に対しても閉園を承認しないように訴えてきたという。いくら自分勝手な会社であっても、市の決定には従うと見込んでいたのである。

印西市の「不承認通知書」
印西市の「不承認通知書」

 職員と保護者の訴えの結果、印西市は保護者の事情を重視し、10月27日付で閉園を「不承認」と決定してNCMAに通知した。この市の決定に、保護者と職員たちは安堵していた。

 ところが、NCMAは市の決定を踏みにじる対応でこれに答えた。閉園の不承認決定を把握したうえでなお、閉園に踏み切ることを職員たちと保護者に通告したのだ。

 10月28日には、同ユニオンに対して、「11月1日以降……運営を行うことができないことを前提に、印西市様にはご無理を申し上げた上で、引き続き保護者様の皆様の受入れ先施設の調整にご尽力いただきたい旨をお願いしている」と通知した。自分たちが一方的に閉園するにもかかわらず、「後始末」を市に丸投げしている。

法律では、自治体の承認がなければ閉園できないはずが…

 ここで閉園に関して事業者の責任を定めている児童福祉法の規定を確認したい。

 公立の認可保育園を廃園・休園するには、都道府県知事への3ヶ月前までの届出が必要と定められている(第35条第11項)。一方、民間の認可保育園の廃園・休園については、都道府県知事の承認さえ得れば良く(第35条第12項)、期間の定めがないため、その点でハードルが低い。なお、東京都は独自に、民間の認可保育園でも都知事の承認の3ヶ月前の書類提出を定めている。

 利用定員6人~19人の小規模認可保育園の廃園・休園については、市町村長の承認さえあれば良く(第34条の15第7項)、期間の定めはない。

 このように、民間の認可保育園(利用定員20名以上)の閉園は、東京都のような例外をのぞき、知事の「承認」だけで、突然の閉園は可能である。小規模認可保育園の閉園に至っては、市町村長の「承認」さえあれば、簡単にできてしまうわけだ。

 しかし、裏を返せば、ここで自治体が保護者の事情に配慮して、身勝手な運営会社に対して毅然と対峙し、閉園を「承認」さえしなければ、保育園や利用者を守ることができる仕組みになっているとも言える。印西市は、最終的にNCMA相手に厳しく対応した。

 ところが、今回のその仕組みの欠陥が露呈してしまった。市が運営会社に承認をしないにもかかわらず、認可保育園の閉園が強行されてしまうという、全国的にも極めて稀な事件が発生し、前例を残してしまったのだ。

厚労省も違法という見解 しかし罰則はなし

 厚労省に、今回の事件を説明し、市の承認がないままの閉園について問い合わせたところ、児童福祉法に違反するという見解が示された。しかし、同法のこの規定に違反したところで、特に罰則はない。厚労省としても「想定されていない」事態であるという。

 現在の児童福祉法の規定では、認可保育園の運営会社の身勝手な閉園を止めるすべはない。運営会社の利益次第で、認可保育園の閉園は思うがままにできてしまうということだ。

 自治体レベルでも何の歯止めもないのだろうか。NCMAは、千葉県印西市以外でも、東京都豊島区で「子ごころ園西池袋」、東京都中野区では「子ごころ園都立家政」「子ごころ園沼袋」「子ごころ園大和町」の三園、千葉県佐倉市では「ひまわりルーム西志津」を経営している。

 自治体の承認なしに、経営難を理由とした2週間での閉園を強行し、児童福祉法に違反した事業者に対して、園を任せ続けて良いのだろうか。豊島区と中野区に問い合わせしてみたところ、すでに筆者の記事を読んで事実関係を把握していた。しかし、児童福祉法違反を犯している事業者であるからと言って、何らかの指導を行う予定は特にないという。これらの園に預けている保護者や働いている職員は、「いつ閉演されるかわからない」事業者であることに、特別の注意が必要となるのだろう。

 なお、NCMA自身は、市の承認なしの閉園について「当社としては児童福祉法違反はないものと認識しています」と反論している。ただし、根拠は一言も示されていない。

保育園規制緩和の象徴的事件

 今回の事件は、NCMAという企業だけでも、西内久美子氏という経営者だけの問題でも、印西市だけの問題でもない。国が待機児童対策のために、企業が保育園を経営しやすい規制緩和を進めた結果、利益追求のためだけに保育園に参入し、保育環境に関心の低い保育園経営者が大量に増加したことが背景にある。

 その一方で、儲からないと判断した経営者が突然保育園から撤退することを規制する仕組みは非常に乏しいままだ。なんと言っても、行政の承認さえ無視されてしまうことが証明されてしまっている。

 なお、認可外保育園については承認さえ必要ない。閉園後1ヶ月以内の都道府県知事の届け出があれば良いとされている(児童福祉法第59条の2第2項)。

 今後さらに少子化が進む中で、保育園の運営で利益が上がらないと見込んで、突然の閉園が増加することは確実だ。そうした利益優先の保育に歯止めをかけ、突然の閉園を認めないように、国や自治体による規制を強化することが不可欠である。

職員と保護者が連携して、閉園撤回を求めつつ、当面の運営は続行

 さて、印西市の小規模認可保育園はどうなるのだろうか。実は11月1日以降も、保育事業は当面のあいだ継続される予定だ。

 そもそも印西市が閉園を不承認としたため、11月1日以降も法律的・制度的には「閉園」にはならない。また、職員たちは、会社の指示に従って閉園して他園に異動してしまうと、自分たちが児童福祉法違反を犯すことになってしまう。このため違法な業務命令を拒否して園にとどまり、介護・保育ユニオンのサポートの上で保育を続けることを決意しており、市の担当者も職員による保育園運営の継続を支持しているという。

 職員たちは、現場で保育を続けながら、第一にNCMAに対して引き続き閉園の撤回を求めていくようだ。ただ、万が一会社が閉園の意思を撤回しないとしても、保護者たちが今回のような10日間という短期間ではなく、十分な時間を確保された上で、安心して納得できる転園先を見つけることができるまでは、保育園運営を続けていくつもりだという。

 保護者も「何よりも子どもたちに負担がないように配慮してほしいということ、そして、きちんと転園先が決まるまで、この園での保育を希望します」と話している。

 ただし、懸念もないわけでもない。その一つとして、市からは運営費が会社に払われ続けるため、会社がそうした経費を家賃や職員の賃金にまわさない可能性がある。また、職員たちに対してNCMAが法的措置をとる可能性も否定できない。このため、介護・保育ユニオンの所属する総合サポートユニオンでは、保育園の運営を安定して行うため、緊急の寄付を募っているという。

 介護・保育ユニオンでは昨年にも世田谷区の保育園の突然の閉園に対して、自主運営を行って保護者や子どもたちをサポートしている。閉園に対して、行政や経営者まかせではなく、現場から利用者を守っていくことは、非常に重要な取り組みだ。

参考:世田谷の保育園が「即日閉鎖」から「自主営業」へ 「一斉退職」しなかった保育士たち

 今回の印西市の事件を通じて、利益追求の論理が蔓延する保育業界に、国や自治体、そして労働者が歯止めをかけられるかどうかが問われている。行政の規制強化と、保育園職員たちの労働運動に引き続き注目していきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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