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「パワハラ防止法」では、パワハラを防止できない

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

日本のあらゆる職場で、パワハラ・セクハラが蔓延している。昨年はスポーツ界のパワーハラスメントが大きな問題となり、最近では就活生に対するセクハラがクローズアップされている。このようにハラスメントが横行する現実に歯止めをかけるために、昨日(5月29日)、「労働施策総合推進法」を含む一連の法律が改正されることになった。

すでにメディアでも大きく報じられているが、これで本当に日本からパワーハラスメント(以下、パワハラ)がなくなるのだろうか? 働く人にとって切実なハラスメント問題をどうすれば解決できるのかを、新に成立した法律を踏まえて、考えていきたい。

深刻化するパワハラ被害

私が代表を務めるNPO法人POSSEは、年間数千件もの労働相談に対応している。これらの相談は、20歳代から70歳代まで幅広い層の労働者から寄せられるが、なかでもパワハラの被害に遭っていると訴える相談が非常に多くなっている。

実際、2017年度に寄せられた労働相談のうち、パワハラに該当する相談が最も多かった。POSSEが電話やメール等で対応した労働相談の件数は1,155件であるが、パワハラに該当するものは369件(全相談の32%)にも上った。

参考:「職場で横行するパワハラ ―労働相談の集計現場から見える構図」

この傾向は行政への相談でも確認できる。例えば、東京都の「労働相談情報センター」が2018年度に対応した相談では、「解雇」や「賃金不払い」を上回って「職場の嫌がらせ」に関する相談が最も多く相談項目全体の11.0%を占めた。(東京都産業労働局「平成30年度における労働相談及びあっせんの状況について」

これらの数字をみれば、いかに日本の職場でハラスメントが横行しているかがわかるだろう。

法律ではじめて「パワハラ」を定める

では、今回成立した一連の法律は、パワハラに歯止めをかけることができるのだろうか?

この法律の意義は、まずパワハラは「行ってはいけない」ことだと定め、さらになにがパワハラなのかを定義したことだろう。

すなわち、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「職場において行われる優越的な関係を背景にした言動」によって「労働者の就業環境が害されること」が問題であると述べている。

そのうえで、企業側に対して、パワハラが起こらないような防止策を講じることが義務付けられる。ここには、相談窓口の設置や社内調査の実施、加害者に対する罰則を定めることなどが含まれる予定である。

パワハラしても罰則がない

しかし、この法律の最大の欠点は、パワハラ行為に対する罰則が一切ないという点だ。

政府は、パワハラは問題だと言いながらそのことに対する罰則を定めることは見送った。これは経営側が「何がパワハラに当たるのか線引きが難しい」と抵抗して圧力をかけ続けたためだが、パワハラの線引き自体は法律で明記されている(業務上必要な範囲を超えた、優越的な関係を利用して就業環境を害する行動)。

この定義に従って、具体的なケースを想定した線引きがそれほど困難であるとは思えない。

もっと言えば、そもそも私たちの相談窓口に寄せられるパワハラの相談は、「線引きが難しい」レベルをはるかに超えている。

例えば、現経団連会長が会長を務める日立製作所の子会社「日立プラントサービス」で起こった事件では、20代の男性社員Aさんが勤務中に上司に座っていた椅子を背中から蹴飛ばされ、さらに「ばか」、「ものをしらない」、「辞めちまえ」、「しょうもない仕事」などの侮辱的な暴言の被害を受けた。

これは到底「線引きが難しい」レベルではないが、このようなパワハラをしても、企業側には一切罰則がないのだ。

(日立プラントサービスで起こった事件の詳細は、「日立製作所の労災被害者は、なぜ声をあげたのか? 「社内改革」の限界と「社外」からの改革方法」 をご覧いただきたい)

また、現状でもこのようなパワハラ被害に対しては、民事裁判で損害賠償請求はできるが、その賠償額は極端に低い。そのため、立法措置による罰則強化や救済策が求められていたのである。

事件が横行し、救済策もなし。それにもかかわらず、罰則をもけないという姿勢では、経済界にはパワハラに真剣に取り組むつもりがなく、もしハラスメントが起こったとしても責任を取りたくないという姿勢なのだと受け止められても仕方がない。

なお、一部のメディアは、この法律ができたことでパワハラが常態化している企業の企業名が公表されると報じているが、これは誤りである。

厚労省に確認したところ、企業名が公表されるのは、法律が定める必要な措置を講じることをしなった場合(例えば相談窓口を設けるなど)であり、極端に言えば、どれだけ社内でパワハラが蔓延していても、相談窓口さえ作れば企業名が公表されることはないのだ。

つまり、「パワハラ防止義務化」と言われているが、窓口の設置や規則改定といった形式的な部分さえ整備すればよいという、実効性のほとんどない法律ができてしまったのだ。

真にハラスメントを無くしていくためには

この法律が頼りにならないとすれば、パワハラを無くすにはどうすればよいのだろうか。そのカギとなるのが、労働組合や労働NPOといった支援団体である。

そもそもパワハラを受け続けていると、被害者自身がいわば「洗脳」されてしまい、多くのケースで「上司や仲間のように仕事ができない私が悪い」と自分を責めてしまう。同僚も助けてくれず、会社に相談しても、ほとんどの場合は上司をかばって問題を覆い隠そうとする。

家族や友人に相談しても、専門家でなければ何がパワハラかよくわからず適切なアドバイスをすることは難しいだろう。酷い場合だと、相談しても「あなたが甘い」「それで弱音を吐いていては社会人失格」とさらに責められるというケースもある。

だから、被害にあったらまずは、労働者の立場に立って、相談に対応している労働組合や労働NPOを頼りにしてほしい。例えば、POSSEではハラスメントの相談に対して、研修を受けた専門のボランティアスタッフが相談者の状況や希望に沿った解決策をアドバイスしている。

相談の結果、現実に起こったハラスメントに対して会社の責任を認めさせ、改善を求めたというケースもある。

一例を挙げよう。テレビ番組を制作しているある会社でADをしていたBさんは、ディレクターの上司から、「バカ」、「カス」、「クソ」、「死ね」といった暴言を浴びさせられていたうえ、殴る・蹴るなどの暴行まで受けていた。

Bさんは退社後、「総合サポートユニオン」という個人で加盟できる労働組合を通じて会社と交渉を行い、ハラスメントの責任を会社が認める形で解決した。

さらに、会社と労働組合は「職場暴力及びパワハラ撲滅共同宣言」という共同声明を発表し、この会社内で今後ハラスメントが起こらないような実効的な措置を講じることを約束した。

この共同声明は、確かにハラスメントや暴力がすでに起こってしまった後のものではある。しかし、それでも会社が過去の問題を認識して責任を果たす姿勢を見せたという点で、実行力が一切ない「パワハラ防止法」とは全く違うと言えるだろう。

(詳しくは、「パワハラが発覚したら「どこまで」対策すればよいのか? テレビ制作会社の事例から」 を参照していただきたい)

もし、パワハラやセクハラ、暴力の被害に遭っている方がいれば、ぜひ会社外部の労働組合などの窓口に相談してみてほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

ブラック企業ユニオン 

03-6804-7650

soudan@bku.jp

*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。自動販売機運営会社のストライキなどを扱っています。

エステ・ユニオン

0120-333-774

info@esthe-union.com

*エステ業界の労働者の問題に対応し、企業と労使交渉をおこなっています。これまでに多数の大手企業と交渉し、労働協約を締結しています。

仙台けやきユニオン 

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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