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パワハラが発覚したら「どこまで」対策すればよいのか? テレビ制作会社の事例から

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 昨今、長時間労働やパワハラ・暴力が問題視されている。政府もパワーハラスメント対策の新しい法律を国会に提出しており、すでに衆院を通過し、審議中である。

 

 とりわけ深刻なパワーハラスメントが発生しやすいのがテレビ業界だ。

 私自身、出演したスタジオでアシスタント・ディレクターが暴力的に扱われている光景を何度か目撃したことがある。

 そんな中で、労使交渉によって、自主的に問題を解決した画期的事例が登場した。

 先月末、あるTV制作会社(以下、A社)と労働組合・総合サポートユニオン「職場暴力及びパワハラ撲滅共同宣言」を行なったのである。

 また、未払残業代や職場暴力・パワハラにかかわる解決金を支払うことにも合意したという。

 今回のケースは、パワーハラスメント事件の「解決の仕方」としては非常に示唆に富んでいる。多くの企業・労働者に教訓を与えるものであるので、解説していきたい。

過酷な労働環境と労働組合への加入

 A社では、アシスタント・ディレクター(AD)を中心に、長時間労働や残業代不払いが発生していたという。

 さらに、同社のディレクターが、部下であるADに対し、「バカ」、「カス」、「クソ」、「死ね」といった暴言を浴びせていたうえ、殴る・蹴るなどの暴行を加えていた。

 そうした状況に耐えかねて、同社の元ADの2名が、個別の労働問題を交渉・解決している労働組合・総合サポートユニオンに加入し、同社に団体交渉を申し入れるに至った。

 ここまでは、「典型的」なパワーハラスメント事件である。

暴力の加害者は懲戒解雇処分に

 暴力的なパワーハラスメント経験した社員が会社と交渉することは、とても勇気のいることだろう。二次被害が発生する場合もある。

 だが、今回は会社側と建設的な交渉が進んでいった。

 団体交渉のなかで、元ADの2名が過酷な労働実態を訴えたところ、同社は長時間労働を改善し、過去の未払残業代を全社員に支払うことを約束したという。

 さらに、元ADの2名が受けた職場暴力やパワハラの被害の訴えをうけて、同社は社内で調査を実施し、暴力やパワハラの事実関係を認めた。

 そして、ADへ暴力をふるった加害者である管理職は、懲戒解雇処分となり職場を去ることになったという。

 職場暴力やパワハラの事実関係が認定され、加害者が適切に処分されるということは、問題の再発を防ぐためにとても重要だ。

 しかし、一般的にパワハラや暴力が起きた際に、会社は加害者である上司(管理職)を擁護しがちだ。

 実際に、パワーハラスメントは「発生した後」の会社の対応こそが肝心で、むしろ発生後にこそ、会社の姿勢が問われる。

 労働組合という専門機関が問題に関与したことが功を奏し、会社側が真摯に対応したことに、今回の解決の画期性がある。

職場暴力の根絶を労使で共同宣言

 そして、今回の労使交渉は、さらに画期的な展開を見せる。

 職場暴力やパワハラのない健全な職場環境をつくることを「労使共同で宣言した」のである。

 A社と総合サポートユニオンは、過去の職場暴力やパワハラを隠すのではなく、その事実を公表したうえで、再発防止策として、従業員に対する研修、啓発のためのポスター掲示、相談窓口の設置を行うことを広く社会に公表した。

 概して日本企業は、社内の不祥事を外部に知られないよう隠ぺいを図りがちである。また、労働組合の側も会社と一体となって不祥事を隠すケースも少なくない。

 日本の労働組合の多くは企業内労働組合であるため、「会社あっての労働組合」という意識が強く、不祥事を隠ぺいするという間違った選択をしがちだ。

 これに対し、今回のケースでは労使ともに、事実関係と再発防止策を広く社会に発表することを決断した。

 同社は、みずから職場暴力やパワハラの撲滅を公言することで、問題の再発防止について社会に対する責任を負ったといえるだろう。

 会社側は誠実な対応をした点が高く評価されるべきであるし、他の会社でもぜひ見習ってほしい。

 また、労働組合は、同社の職場暴力やパワハラの改善を公表することを通じて、社会全体でのパワーハラスメントの防止を進めようとしている。

 実際に、今回の共同宣言は、別の事件の際に経営者に「対応の前例」としてぜひ参照してもらいたい内容である。

パワハラに関する相談が最多

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、日々、職場でのパワハラや暴力に苦しんでいる人からの相談が寄せられている。

 2017年度に寄せられた労働相談のうち、パワハラに該当する相談が最も多かった。2017年度、NPO法人POSSEが電話やメール等で対応した労働相談の件数は、1,155件であるが、パワハラに該当するものは369件にも上った。

 

問題ごとの労働相談数
問題ごとの労働相談数

 このことは、日本で働く労働者にとって、いかにパワハラや職場暴力が日常的に起きうることなのかを示している。

 それでは、職場で暴力やパワハラの被害に遭ったり、目撃したりした際に、どのように対応すればよいのだろうか。

職場暴力・パワハラの対処法

 職場暴力やパワハラに対処するうえで、重要なポイントを三つ紹介しておこう。

 第一に、暴力やパワハラの証拠を残すことである。暴力やパワハラは密室で行われることが多く、目撃者がいないこともある。

 加害者の処分や被害の補償を求めるにあたっては、事実関係をはっきりさせる必要があり、証拠は決定的に重要な役割を果たすのだ。

 職場で身を守るための秘密録音は法的にみて全く問題無いので、暴力やパワハラの可能性のある場合は、すぐに録音できる用意をしておくことをお勧めしたい。

 第二に、現にパワハラや暴力を受けている当事者は、加害者によって「仕事ができないお前が悪い」などと“洗脳”されていることが多く、被害を訴えづらい状況にあることが少なくない。

 そのため、職場暴力やパワハラを無くすためには、直接の被害者以外が声を上げることも重要だ。隣で起きているパワハラ・暴力を見て見ぬふりをするのではなく、勇気をもって被害者の側に立って行動してほしい。

 なお、上で紹介したケースのように、退職してからでも被害を訴えることは可能だ。会社を辞めて加害者から離れることで、自分が悪いのではなく、加害者や会社に責任があるということが見えてくることもあるだろう。

 第三に、外部の労働組合やNPO法人に速やかに相談することをお勧めしたい。というのも、パワハラは社内の権力関係(上司―部下の関係など)を背景にしているため、上司や社内の相談窓口に訴えても解決しないどころか、ハラスメントがエスカレートしたり問題を隠ぺいされたりすることさえあるからだ。

 また、労働問題に関する外部の告発先として知られる労働基準監督署は、残念ながらパワハラや職場暴力については管轄外である。実際、本稿で紹介したクリエイティブネクサスの事件でも、被害者のADは当初は労働基準監督署に相談に行ったが、パワハラや暴力については監督署としては何もできないと言われたという。

 他方で、外部の労働組合やNPO法人の相談窓口であれば、社内の権力関係には影響されず、客観的なアドバイスができるだろう。

 さらに、労働組合の場合には、会社と法的に保障された形で交渉する権利があり(団体交渉権)、また会社側に改善を促すために宣伝行動などを実施する権利(団体行動権)があるのだ。

 職場のパワハラや暴力で困っているという方は、ぜひ外部の労働組合などの窓口に相談してみてほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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03-6804-7650

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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

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03-6804-7650

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*ブラック企業の相談に対応しているユニオンです。自動販売機運営会社のストライキなどを扱っています。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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