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職場で横行するパワハラ ―労働相談の集計現場から見える構図

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 昨今、スポーツ界のパワハラ問題が話題となっているが、一般企業で働く人のなかには、この問題を他人事とは思えない人も多いのではないだろうか。

 NPO法人POSSEには、日々、職場で横行するパワハラに苦しんでいる人からの相談が寄せられている。実際、2017年度の全労働相談のうち、パワハラに該当するものが最多であった。

 例年、残業代未払いなどの賃金に関する相談が最も多かったのに対して、この「変化」は特筆すべきものであるだろう。

 こうした変化を感じているのは、電話やメール相談に対応する相談員だけではなく、寄せられた相談を集計し、分析する学生・社会人ボランティアも然りである。

 本記事では、POSSEの労働相談受付状況(2017年度)をもとに、相談内容の傾向として、パワハラを中心に取り上げるとともに、集計ボランティアの取り組みを紹介していきたい。

パワハラに関する相談が最多

 2017年度、NPO法人POSSEが電話やメール等で対応した相談件数は、1,155件に上った(労働相談のみ。生活保護等に関する生活相談や奨学金の相談は除く)。

 冒頭で述べたように、相談内容としては、パワハラに該当するものが最も多く、369件だった。

相談内容別件数(複数回答)
相談内容別件数(複数回答)

 近年のパワハラの労働相談には、内容の面でも変化も見られる。二つの特徴を紹介していこう。

特徴1:「見せしめ」としてのパワハラ

 一つは、同僚や客、あるいは取引先の面前で、暴言を吐かれたり、叱責されたりする、ということだ。

 これまでの印象では、別室に呼び出されて上司からパワハラを受ける、といったものが多かったのだが、他の従業員も働いているオフィスで、あるいは、飲食店などで客が目の前にいる状況で、「見せしめ」としてパワハラが行われているのである。

 「仕事が遅い」、「小学生にやらせた方がまし」など、業務に(一応)関係する発言もあれば、「顔が気に入らないから、俺はお前を認めない」、「(女性に対して)お前が男だったらすでに殴っているからな」など、業務に一切関係がなかったり、暴力をふるうことをほのめかされたりすることもある。

 こうしたやり取りが職場でくり返し起きていることは、普通に考えれば異常な事態である。だが、これが「異常な」、「例外的な」ことではなく、「日常」になってしまっている点に、パワハラ問題の深刻さ・異様さを見ることができるだろう。

 ところで、「顔が気に入らないから、俺はお前を認めない」と上司が言ったとき、たんに上司から嫌われただけでなく(もちろん、それだけでも当事者の精神的な負担は大きいのだが)、この理不尽な「認めない」という態度が、実際の評価・査定と結びついている点が重要である。ここに、日本企業特有の問題が浮かび上がってくる。

 一般に、日本企業では、従業員を評価する際の基準が明確化されていない。言ってしまえば、その人の「やる気」や「姿勢」が評価の対象となってきた。欧米では「職務評価」、つまり就いている仕事によって賃金が決まるのだが、日本では「人」のランキングで賃金が決まる(「能力」評価)。

 だから、上司が部下を評価する際に、何かが気に入らないからと低い評価をつけることも、ルール上は簡単にできてしまうのである。

 もちろん、「人」のランキングでも、まともに評価をする企業の方が多いだろう。だが、たちのわるい上司に当たった場合、「好き嫌い」でその人の給料が決まってしまってしまう。

 こうして、パワハラは、精神面だけでなく、暴力を振るわれれば肉体的にも、そして、それが評価・査定に結びついているときには経済的にも、被害者を追い詰めている。

特徴2:誰も対応してくれない(組織ぐるみのハラスメント)

 パワハラに関する相談の二点目の特徴としては、上司や会社の相談窓口に相談しても対応してくれない、というものが挙げられる。

 被害者は、直属の上司や職場のリーダー的な立場の社員からパワワハラを受けているケースが多いのだが、彼らのほとんどは、私たちに相談する前に、別の上司や社内のコンプライアンス室に相談している。

 だが、そこで問題がむしろ悪化して、相談に至っているのだ。上司に相談しても何も対応してくれないか、「我慢」するよう説得されることさえある。

 「我慢しろ」といわれた場合、多くのケースでは加害者が職場のリーダー的な役割を担っているために、組織ぐるみで上司をかばっているという構図になっている。「あなたさえ我慢してくれたら、職場がまわるから」と露骨に言われた人もいた。

 また、会社が正式にもうけている「相談窓口」さえも、組織ぐるみのパワーハラスメントに加担することもある。

 会社のハラスメント対応窓口が、加害者と一緒になって、相談者を追い詰めてくることもあるのだ。

 相談したときには「秘密は守ります」と言っておきながら、被害を訴える相談をしたことが、加害者である上司に伝わっており、余計にパワハラ行為がエスカレートした、というケースがその典型だ。

 企業という閉鎖空間では、組織の利益が優先され、たとえパワーハラスメントの実態を会社が把握していたとしても、あえてそれが放置され、むしろ被害者を組織の外に追い出そうといする場合も頻繁に見られるということなのだ。

 このような状況のなか、パワハラを受け続けることで、メンタルヘルスに不調をきたし、病院に通院したり、就労を継続できなかったりする人が後を絶たない。

相談集計から日本の働き方を考える

 以上見てきたような労働相談の傾向は、POSSEにボランティアとして参加している学生や社会人たちとの共同作業で分析したものである。年間1,000件以上もの相談が寄せられるため、チームを組んで集計・傾向の分析を行っている。

(尚、連携する労働組合などから依頼される調査件数や生活・奨学金相談を加えると、年間の集計・分析件数は3000件をゆうに超えている。また、個人情報の取り扱いは個人情報保護法に基づき厳格に対応し、労働相談の内容は個人や職場が特定されないように集計・分析する)。

 集計チームに参加する学生のなかには、「ブラック企業」問題から日本の働き方に関心を持った人も多く、「何か考えたい」と思っている人にとっては、これだけたくさんの相談に触れることができるため、うってつけの環境かもしれない。

 そして何よりも、集計のボランティアの働きによって、現実に即して労働問題について発信し、労働者に注意を呼び掛けたり、政策提言を行うことができる。

 実際に、私たちには頻繁に国会議員やマスメディアから事例の照会が求められている。

 例えば、最近では裁量労働制の実態に関する相談事例や、求人詐欺に関する実例の集計を行政や国会議員等に提示したが、一定の影響はあったようである。

 特に、求人詐欺問題については、何度も実例を収集して厚生労働省員申し入れた結果、昨年の職業安定法の改正につながった。

 集計した無数の相談が、同じような状況に置かれている人への情報発信や、国家への政策提言、そしてマスメディアのニュースソースにもなっているのだ。

 ボランティアには相談集計の他にも、被害から告発までのドキュメンタリー映像の作成、労働法解説パンフレットのデザイン、労働法教育授業(高校、大学等)、労働・生活相談(これはかなり訓練が必要だが・・)などさまざまなものがある。

 最近、特に面白いと思ったのは、労働事件の告発までの経過をドキュメンタリーにしたいという学生や社会人が訪れるようになったことだ。社会運動の現場には社会に表現するべき素材が溢れているので、ドキュメンタリー作家を目指している人にはうってつけだ。

 ちなみに、労働問題を扱い、海外で受賞した作品に土屋トカチ監督の「フツーの仕事がしたい」という映画がある。

 これも、労働相談からその解決までを描く過程を追ったドキュメンタリー。私も撮影の現場によく同席したが、なるほど、映像で残すとこれだけ迫力のあるものになるのかと驚かされたものである。

 このように、労働問題の告発は、多くの方の自発的な参加・協力で成り立っている。かくいう私も、自分が設立した団体ではあるが、今も昔も、あくまでも「一人のボランティア」である。

 労働問題の告発がボランティアに支えられているのは、私たちPOSSEだけではない。また、貧困問題の取り組みも、同じようにボランティアに支えられている。

 「ボランティア」に注目が集まる今日、こうした「労働や貧困問題に対応する取り組み」にも、ぜひ多くの学生・社会人の方に関心を持っていただきたいと思う。

参考

NPO法人POSSE ボランティア紹介ページ

*労働・貧困問題に取り組むボランティアを募集しています。主な活動拠点は首都圏、仙台圏、関西(一部)。

NPO法人ほっとプラス

*貧困問題に対応するボランティアを募集しています。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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