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私立「非正規教員」もストライキ! 背景に教育の崩壊

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今年1月11日、東京都文京区にある「京華商業高校」で、非正規雇用で働く教員2名が、私学業界で働く労働者が個人で加入できる労働組合「私学教員ユニオン」へ加入し、今年3月末での不当な雇い止め撤回を求めて、団体交渉の申し入れを行った。

 参考:教育を壊す「非正規先生」問題 京華商業高校でユニオン結成!

 今回彼らがユニオンに加入して団体交渉で求めていることは、生徒に対するより良い教育環境を作ること、そのための非正規教員の待遇改善にある。

 非正規雇用の教員の問題は、その労働者の待遇だけでなく、生徒の教育へも大きな影響を与える社会問題である。教員が毎年のようにコロコロ変わる学校で、生徒や保護者と信頼関係を築き、充実した教育実践ができる訳が無い。

 教育の質の維持・向上の前提は、教員の雇用の安定だろう。

 今回、ストライキが行われた学校法人京華学園は、創立120年を超える伝統ある私立学校であり、校訓は「ヤングジェントルマン(礼節・博愛)」だという。

 しかし、彼ら非正規教員への学園側の対応は、その校訓の精神とは相容れないものだった。非正規教員の組合員に対して、理由も説明しないまま一方的に今年3月末での雇い止めを通告したのだ。

 そして、法律で認められた権利である団体交渉の申し入れに対しても、理事長は組合員の話も聞かず去っていき、校長も雇い止めの理由を回答しないままに改めて雇い止め通告を行なっている。

 さらにその後も、学園側は組合への回答を一方的に先延ばしするなどに終始した。労働組合法は使用者側に「交渉の応諾」と「誠実な交渉」を義務付けけており、これらは、法律の精神に反する行為である。

 話し合いに学校側が応じないまま、雇い止めされる3月末まで時間の猶予がないため、組合員たちは、これもまた「法律で認められた権利」であるストライキを行うことを決意したのである。

 こうして本日1月18日朝、ストライキが決行された。

待遇改善をしたり、正規雇用化・無期雇用化を勝ち取って欲しい。
待遇改善をしたり、正規雇用化・無期雇用化を勝ち取って欲しい。

 先日から話題となっている、正則学園高校に続き、京華商業高校でもストライキが行われ、私学教員らが続々と労働環境改善に立ち上がっているのである。

 本記事では、今回の京華商業高校で起こっている非正規教員の労働問題を通じて、もはや約4割に達している私学非正規教員の「使い捨て」の問題を考えていきたい。

非正規教員の「使い捨て」の広がり

 そもそも、教員の世界では、非正規労働者はどれほど広がっているのだろうか。

 公立教員については、文科省のまとめによると、2016年度における担任や部活動の指導など、正規の教員とほぼ同じ業務をする非正規教員の割合は、全公立小中学校教員の7%、約4万人にのぼり、臨時的教員が10%超の県もあるという。

 しかし、非正規教員の給与は正規教員の5〜8割程度で、育児休業は取れず、通勤手当等も出ない地域もある。

 また、非正規教員の採用拡大の理由について、複数の教育委員会が(1)子供の減少に備えての雇用調整、(2)人件費の節約、(3)正規採用すると解雇できないなどと回答しており、非正規の先生たちが「都合よく安く使い捨てられる」と見なされていることがよくわかる。

(2017年6月27日読売新聞)

 そして、私立高校では非正規雇用の増加がより深刻になっている。

 2011年の文部省の調査によると、非正規教員の比率は、公立高(19.7%)より17ポイント以上高い、36.8%に上る。

 01年と比べると、私立高の教員数は9万数千人でほとんど変化がないが、正規教員は、退職者補充などが抑制された結果、約4千人減少。逆に非正規教員は2,800人増えて約9%の増加となったという。

 私立高校においては、約7年前ではあるが、すでに非正規率が4割ほどになっているのだ(朝日新聞 2012年10月13日)。

 今回の京華商業高校のケースは、蔓延する私学の非正規雇用問題に対し、はじめてストライキを実施した画期的なケースであると評価できる。

学校の中心的業務を担っている「有期専任」

 ストライキをおこした京華商業高校の二人の先生は、「有期専任」という1年更新の不安定な非正規雇用で働いているが、専任(正規雇用)と同じく担任や部活といった学園の中心的業務を担っている。

 また、求人情報はもちろん、入社時、入社後にも、「専任への登用を前提として働いてもらっている」と何度も期待を持たされ続けてきた。

 具体的な授業以外の業務は、専任と同様に以下のような幅広いものであった。

  • 定時前業務(生徒からの資料提出の受け取り、生徒の呼び出し対応等)。
  • 授業準備、および授業準備に関わる教材研究。
  • 生徒対応(補習・受験指導・進路指導等)。
  • 保護者対応(電話・面談対応等)。
  • 業務に関わる会議・打ち合わせ等(行事等の検討会議等)。
  • 登校指導。
  • 入試事務(入試問題の作成や、採点、入試説明会への参加、学校周り等)。
  • 部活動指導(授業後及び休日等に、部活動で生徒を指導・監督)。
  • 昼休み業務(休憩時間を取らずに質問対応、呼び出し対応等)。
  • 定期テストの作成・採点及び成績処理。
  • 長期休暇中の講習と検定講習等。

 これらの業務をこなす過程では、長時間労働、休憩未取得なども生じていた。

 また、タイムカードなどによる労働時間の客観的な把握がなされておらず、出勤簿には、出勤しだかどうかのハンコを押すだけだった。そのため、残業代不払いなどの問題も生じていたという。

 専任と「同じ労働」をした上に、上記のような労働問題の蔓延。だが、有期雇用という非正規教員の立場ゆえに異議申し立てもすることが困難だった。

 労働問題を指摘すれば雇い止めされるリスクがあるからであり、非正規教員は理不尽な状況下も「泣き寝入り」をせざるを得ない状況に置かれている。

 京華商業高校の組合員は、それでも「専任化を前提とする」という期待を信じて、我慢して働いていたのだ。

ストライキに至る経緯

 ところが、専任並みの業務を担当し懸命に働いてきた同校の二人の先生に対し、学園は昨年の秋に一方的に今年3月末での雇い止めを通告した。

 しかも、雇い止めを通告した後に、争われるのを恐れてか、自ら退職届を出すようにも求めてきたという。これではブラック企業とまったく同じ手口だ。

 そのような学園の対応に組合員は納得できなかったため、退職届は提出せず、何度も雇い止めの理由を校長へ問いかけたが、校長は「総合的な判断だから」という曖昧な回答だけで、具体的な理由を説明することはなかった。

 また、今年1月11日に行った団体交渉の申し入れの際にも、「来年もよろしくお願いしますと声をかけてくれる生徒たちの気持ちを裏切れない、なぜこんな理不尽な目に遭わなければならないのか」と学園へ組合員は訴えた。

 しかし、理事長は「こんな突然の申し入れは受けられない」と話を聞かずに部屋を去って行き、校長は「弁護士へ確認をしないと雇い止めの理由は言えないが、これまで通り雇い止めはする」と雇い止めの理由も話さないままに、再度雇い止めを通告した。

 さらに、一度は連休明けの1月15日に雇い止め理由を回答すると約束したものの、送られてきた回答書には1月21日以降に回答すると一方的に通告。団体交渉の日程候補も1月21日以降に先延ばしされてしまった。

 組合員は学園から今年3月末での雇い止めを通告されており、生活の目処も立っていない。生徒への対応を考えても、迅速な話し合いに応じるべきだろう。

ストライキへの思い

 学園側の「引き伸ばし」対応に対し、組合員たちは、やむにやまれず、ストライキの実行を決意した。彼らに決意をさせたのは、残される生徒たちへの思いだった。

 二人の言葉を紹介したい。

A先生

 私は自分の目の前にいる生徒たちに常に全力で向き合ってきました。時に生徒たち、部活の部員たちと、とことん話す場面もありました。その内容は生徒の学習のこと、学校生活のこと、家庭のことと多岐に渡ります。

 その様な姿勢を生徒も見てくれていたのか、「先生、来年度はこうしたい」、「卒業までに◯◯を成し遂げたいから、先生も力貸して」と期待してくれる、嬉しい言葉をもらいます。

 保護者の中にも、「先生、うちの子をどうか卒業まで宜しくお願いします」というように、信頼してもらえる言葉を聞いています。

 その様な状況下で、突然校長から、「来年の採用はないと思ってくれ」と伝えられました。目の前が真っ白になり、一瞬何も考えられなくなりましたが、「私のどの様なところが、悪かったのでしょうか」という問いに明確な答えはありませんでした。

 自身が子どもたちのために努力してきたつもりが、理由のない事実上の解雇通達をされてしまいました。私は先に述べた様な生徒や保護者からの期待を裏切りたくはありません。「先生、言ってくれたのに・・・」と思わせたくありません。

 その為に最後まで闘うことを約束します。生徒の未来のために、そして教育の未来のために…。

Bさん

 高校生のときイジメられ、辛かった私を救ってくれた先生を尊敬し、高校教員になりたいと決心しました。大学卒業後、私立の高校教員になりましたが、過去に3度も不当な雇い止めを経験致しました。

 その度に、最後のホームルームなどで生徒から「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」と泣きながら花束を渡されましたが、私はその生徒らの顔を忘れることは出来ません。

 今回、「有期専任」として採用され、専任になる事が前提ということで、「今度こそは正規の教員になれる」という思いが強く、これまで以上に精一杯頑張らせて頂きました。

 途中、ストレスで胃に穴があきながらも、「専任にさせてもらえなかったらどうしよう」という気持ちから、休み時間に血を吐きながら仕事をしたこともありました。

 部活の顧問も複数掛け持ちし、自分なりに頑張って指導に当たりました。初めて受け持つことが出来た担任指導も、生徒全員と毎日面談をし、四苦八苦しながら、おこがましいながらも生徒や保護者から信頼を得られてきたのではないかと自負しております。

 真剣に向き合ってきた生徒たちと、こういった形でまた別れてしまうことにはどうしても納得がいきません。また、これまで経験してきたことからも、別の私立学校でも似たような現状があることにどうしても納得がいきません。私たちが生徒のために真剣に働ける場を提供して下さい。

 学校の先生を非正規ばかりにしても、適切な教育を実現できない。二人の言葉には、そのような思いがにじみ出ている。

ストライキの内容

 そのストライキの内容は、朝8:15〜8:25の間に行っている「登校指導」(登校してくる生徒の見守りや服装チェックなど)を1月18日だけ、まずはストライキをするというものである。「登校指導」は毎週週2〜3日、教員が複数人で担当している。

 もちろん、生徒への不利益が出ることは望まないことなので、2日前の1月16日にはストライキ通告を行うとともに、何か生徒へ問題が起きた場合を想定し、普段登校指導をしている学校前に待機し、すぐに何かあれば対応できるような体制を取るなどした。

 それでも二人がこのようなストライキをしてまで訴えたかったことは、非正規教員を「使い捨て」にするような学園ではなく、自分たち教員の雇用が安定し、純粋な気持ちで生徒に教育をし続けることができるような学園になって欲しいということだった。

同様の問題で悩んでいる方はいませんか?

 私学業界では、長時間労働、残業代不払い等はもちろん、京華商業高校の二人に対するような、非正規労働者を低賃金・細切れ雇用で使って、都合よく使い捨てるという雇い方をしている学校が少なくない。

 生徒のためを思う、不当な待遇に耐えている先生は、全国に相当な数いるに違いない。下記に、今回のストライキを決行した私学教員ユニオンや、その他の労働相談窓口を記して置いた。

 教員の雇用の安定なくして、生徒へ良い教育ができるはずがない。子供たちの教育を守るためにも、ぜひ教員の待遇改善や、正規雇用化・無期雇用化を交渉で勝ち取って欲しい。

私学教員ホットライン

1月19日(土)13:00~17:00

1月22日(火)17:00~21:00

電話番号 0120-333-774(通話無料)

※相談無料・電話無料・秘密厳守

主催:ブラック企業ユニオン

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

03-6804-7650

soudan@shigaku-u.jp

*私立学校で働く教員で作っている労働組合です。多数の学校に組合員がいます。正規・非正規にかかわらず、一人からの相談にも対応します。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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