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ブラック企業は減ったのか? 5年に1度の大規模調査で検証する

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 今年7月、5年に一度実施される、就業構造基本調査(2017年)の結果が公表された。この調査は5年に一度行われる大規模なもので、前回は2012年に行われている。「5年に一度」の本格的な労働統計が公表されたのである。

 2017年までのこの5年間は、労働問題にとって「激動の時代」だったといってよいだろう。2013年には「ブラック企業」が社会に広く認知され、新語・流行語大賞のトップテンに選出された。

 また、2014年には遺族たちの運動に国会が突き動かされ、「過労死等防止対策推進法」が施行された。さらに、昨今は「働き方改革」も叫ばれ、大手企業では労働時間短縮が行われている(ただし、その「しわ寄せ」が下請企業に向かっている側面もある)。

 参考:「働き方改革」は下請け企業を抑圧する? 長時間労働化が進むテレビ番組制作会社(今野晴貴) - Y!ニュース

 はたして、統計上はどのような変化が起きているのだろうか。

「ブラック企業」は減っている?

 まずは、「ブラック企業」の動向を見ていこう。ブラック企業問題とは、正社員であるにもかかわらず、長時間・低賃金労働を強いられて早期離職を迫られる現象だ。

 そのため、ブラック企業の動向を探るには、「長時間労働・低賃金」の正社員数の推移を探ることが有効である。

 私は、「働く貧困層」を意味するワーキングプアの労働時間が長時間に及んでいる場合を、「ハード・ワーキングプア」と呼んでいる。ブラック企業の「長時間労働・低賃金」は「ハード・ワーキングプア」と言い換えることができる。

 次のグラフは、週60時間以上就業という長時間労働状態にある男性正社員のうち、低所得層(年収400 万円未満)の分布の変化を見たものである。

図表1 週60時間以上働く男性・正規労働者の低所得割合の推移(年200日以上就業、単位=%)
図表1 週60時間以上働く男性・正規労働者の低所得割合の推移(年200日以上就業、単位=%)

   

 一番下の青い部分が、「週60時間以上労働かつ年収250万円未満」の割合を示しており、2012年までその割合は、少しずつ増加していた。それが、2017年の調査では8.7%と、減少に転じている。

 その他の「250〜299万円」、「300〜399万円」を見ても、最新の統計では、その割合が減っているのである。

 2012年までの統計を見ていると、「週60時間以上労働かつ年収が300万円未満」の「正社員」が2割もいた。ここから、この「ハード・ワーキングプア」がさらに増えているのではないかと懸念していたのだが、結果はその逆であった。この背景には何があるのだろうか?

短時間正社員の増加

 一つ考えられるのは、短時間正社員の増加である。数年前には、労働時間や就業場所等が限定される「限定正社員」に関する議論が話題となったように、正社員の多様化が進んでいる。

 このため、「短時間労働」の正社員が増えたことで、「ハード・ワーキングプア」の「割合」が減少していることが予測される。これを検証した次のグラフでは、週35時間未満で働く若年正社員の数が増加していることがわかる。

図表2 週35時間未満の男性・正社員数の推移(年200日以上就業、単位=人)
図表2 週35時間未満の男性・正社員数の推移(年200日以上就業、単位=人)

   

 図表2では、「15〜24歳」と「25〜34歳」の年齢層に分け、先ほどと同じ年収400万円未満の割合を出している。

 右側の緑のグラフが2017年のデータであり、各所得分布でその数が増加していることがわかるだろう。とくに、年収「250〜299万円」、および「300〜399万円」の「25〜34歳」の数は、2007年の2倍以上の値を示している。

 こうして、すべての所得分布において短時間正社員が増加しており、とりわけ「250万円未満」の低所得層に集中している。このような低所得状態にあっては、貯蓄をするなど、生活に余裕を持たせることは困難であるに違いない。

 年収400万円未満の「25〜34歳」は7万人を超え、250万円未満の同年齢層も5万人に届く勢いである。ちなみに、彼らのなかで副業をしている人は少ない。この他に、別の収入を得ているわけではないのだ。

 以上から、男性・正社員について、週60時間以上という長時間労働であるにも関わらず低所得の「ハード・ワーキングプア」は、最新の統計では若干減少した一方で、週35時間未満就業の若年層が増加していることがわかる。

 このことは、この5年でワークシェアリングが一定程度、進んだことを表していると同時に、所得の低い短時間正社員が増えた結果でもある。

 「ハード・ワーキングプア」がやや減少し、「ワーキングプア」が増加している。これが「正社員の変化」の実像であると考えられるのだ。

最低賃金の上昇と24時間営業の縮小

 とはいえ、「週60時間以上・年収250万円未満」の「ハードワーキングプア」は確実に減少している。

 絶対数で見ると、2012年の394,900人に対し、2017年には物価上昇分を考慮しても340,146人が該当する(尚、物価を考慮しないと、2017年の実数は272,900人である)。

 「ハード・ワーキングプア」が減少した要因として第一に考えられるのは、最低賃金の上昇である。東京の最低賃金は、この5年間で108円(850円から958円)、全国平均額でも99円上がっている。この約13%の最賃の上昇が、低所得状態の改善に関係していると推察される。

 また、近年、小売店や飲食店が24時間営業から撤退しているとのニュースを見聞きする機会も多くなったが、こうした変化も影響を与えているだろう。実は、もともと「ハード・ワーキングプア」の多い職業は、こうした販売職やサービス職に集中していた。

 図表3は、「ハード・ワーキングプア」が、どの職業に多いのかを見たものである。2012年では、60時間以上働き、年収250万円未満は「サービス職業従事者」(3.9%)が最も多く、400万円未満に広げると「販売従事者」で8.2%を占めていた(尚、資料の関係で、非雇用労働者も含まれる統計しか作成できなかった)。

 2017年になると、250万円未満は「サービス職業従事者」(3.5%)と微減し、400万円未満で見ると若干の減少を見せている(7.4%→6.8%)。また、「販売従事者」では8.2%から5.7%にまで減少している。

図表3 職業別・週60時間以上働く男性の低所得割合の推移(年200日以上就業)
図表3 職業別・週60時間以上働く男性の低所得割合の推移(年200日以上就業)

 これを裏付けるように、ここ数年の間に小売業では、24時間営業の事業所数は縮小しており、その数は2014年から2016年の2年間で、41,722事業所から31,137事業所へと、約1万事業所も減っている(2014年商業統計調査、2016年経済センサス 活動調査結果)。

 ファミリーレストランなどの外食店に関して、同様の統計はないものの、チェーン展開する外食店で24時間営業から撤退したり、営業時間を短縮したりする動きはたびたびニュースになっており、同様の傾向があるものと推察される。

 このように、「ハード・ワーキングプア」が集中していた「販売従事者」、「サービス職業従事者」の働く小売店・飲食店の営業時間の短縮が、働き手の長時間労働の緩和をもたらしていることが、図表1の「ハード・ワーキングプア」の減少の背景にあると考えられる。

正社員の変化は何をもたらすのか?

 こうした「正社員の低賃金化」の中で、これから起こってくることが予測される問題が、ダブルワーク・トリプルワークの問題である。今回の統計では顕著に現われていないが、政府は「副業」を促進するとしている。

 その狙いは人材の有効活用だと言うが、低賃金化が進む中で、いくつもの仕事を掛け持ちすることが「当たり前」の時代がやってくるのかもしれない。

 ただし、正社員の「短時間化」それ自体は、ブラック企業の減少と合わせ、好ましいことでもある。問題はこれとセットになっている低賃金だが、今後も最低賃金を引き上げることや、子育てや住居等にかかる費用を国の負担に変えていけば、むしろ「好ましいライフスタイル」ともなり得る。

 現状では「プア」とセットになってしまう短時間労働を、これから「当たり前」の働き方に変えていくための制度改革こそが求められていると言えるだろう。

正社員に広がる低所得化とその背景

 ここまで、労働時間との関係で正社員の所得を見てきたが、労働時間を抜きに所得のみに着目した場合、どんな特徴があるのかについても確認しておきたい。30歳代の男性に絞って、この20年間の動きを見てみよう。

図表4 男性・30〜39歳・正社員の所得分布(単位=%)
図表4 男性・30〜39歳・正社員の所得分布(単位=%)

 2007年、2012年、2017年の線が重なっており、見づらい部分もあるが、水色で強調したのが1997年のグラフで、青色のグラフは2017年のものである。

 1997年のグラフでは、分布の山が「500〜699万円」にあるのに対して、2017年ではそれが分散し、最も高い割合を示しているのは「300〜399万円」である。こうした変動は2007年から進んでおり、ここ10年で大きな変化は見られない。30歳代の男性正社員の所得は、確実に下がっている。

 このように、正社員であっても低賃金である人が増えているという状況は、すでに見たように「ハードワーキングプア」が若干減少している一方で、短時間正社員が増加していることに要因があるが、それ以外にも、脱法的な賃金不払いなどが横行していることも重大な要因となっている。

 NPO法人POSSEには、正社員として働いている人から、時給を計算すると最低賃金に近い、あるいは最賃を下回っているという相談事例も多く寄せられている。このとき絡んでくるのが、これまでも何度か紹介している「固定残業代」だ。

 固定残業代が導入されている相談事例について、その時給を計算していくと、800〜900円台となることが多い。固定残業代などの仕組みが「活用」されていることで、正社員の賃金も非常に低く抑えられているのである。

 こうして、時給単位で働くことの多い非正規労働者にとって関わりの深いものであった最低賃金は、いまや正社員にとっても身近なものとなりつつある。

 また、正社員に対しては、裁量労働制、管理監督者制度などの違法な適用によって、不払い残業が横行し、結果として月給を減少させることも蔓延している。

 短時間労働に加え、こうした違法行為の横行も、正社員の「ワーキングプア」化の大きな要因となっていると考えられる。下記の記事で示したように、残業代が実質的に支払われない裁量労働制の多くが、時給1000円前後の低賃金で募集されているのである。

参考:実は「低賃金」 悲惨な裁量労働制の実態 (今野晴貴) - Y!ニュース

すでに固定残業代、裁量労働制が導入されている方へ

 この記事を読まれている人の中には、そもそも自分の給与体系がどうなっているのか、固定残業代や裁量労働制が適用されているのかさえよくわからない、という人もいるだろう。

 求人の段階では、どんな仕組みが導入されているか、働き手にとってわからなくされていることも少なくないからである(求人詐欺)。

 昨今、人手不足が叫ばれ、転職市場が活況であると言われているが、同時にこの求人詐欺の問題が多発していることも見逃すことはできない。自分の給与体系がわからないという方に加え、転職したばかりという方は、まず給与明細や会社の就業規則を確認してみてほしい。

 そして、現に固定残業代や裁量労働制が導入されてしまっているという人も、あきらめる必要はない。経験上、「適正に」固定残業代や裁量労働制が導入されている、というケースはかなり少ない。

 逆に言えば、適正に運用されていない固定残業代制や裁量労働制は「無効」であると同時に、きちんと証拠を集め、請求さえすれば、未払いとなっている賃金を取り返すこともできるのである。

 この請求行為は、必ずしも1人でする必要はなく、ユニオン(労働組合)などの専門家に頼るのが良いだろう。現に、ユニオンを介して会社と団体交渉を行い、固定残業代や裁量労働制を団体交渉によって廃止させた例もある。

 働き手が未払い賃金の請求等の声を上げなければ、企業は固定残業代や裁量労働制など、さまざまな仕組みを利用して、賃金の支払いを免れようとしてくるものである。そうした状況の積み重ねによって、本記事で見てきたように、所得分布が作り出されていることも、併せて指摘しておきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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