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仕事中の熱中症は「労働災害」 労災申請で治療費と給与補償を獲得する方法

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 今年は、観測史上初の「6月に梅雨明け」をし、埼玉県熊谷市では観測史上最高の「41,1度」を記録するなど、歴史的な猛暑が続いている。

 総務省によると、7月29日までに熱中症で救急搬送された人は、「5万7534人」で、去年の同じ時期よりもおよそ2万6000人も多くなっており、今後も予断を許さない状況だ。

 そのような歴史的猛暑の中、心配されるのは「働いている人」の熱中症である。屋外の肉体労働は言うに及ばず、外回り営業や接客の場面でも、熱中症は常に危険と隣り合わせだ。

 仕事中に発症した熱中症は、実は、労働災害として認められる。治療費が無料になることや、体調不良により休んでいた期間の休業補償などを受けることができると事実はあまり知られていないだろう。

 また、より深刻な場合であるが、発症に関連し、体に麻痺等の後遺障害が残ってしまった場合には障害補償、最悪、亡くなってしまった場合には、遺族は遺族補償も受けることができる。

 本記事では、今の時期だからこそ知っておくべき、熱中症による労災の認定状況や、認定された事例、認定の要件、労災申請にあたっての相談機関を具体的に紹介していきたい。

熱中症の症状と、労災認定の状況

 まず、そもそもの熱中症という病気の定義を確認しておこう。

 厚生労働省によれば、熱中症は

「高温多湿な環境下において、体内の水分と塩分のバランスが崩れたり、体内の調整機能が破綻するなどして、発症する障害の総称。めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感、意識障害・痙攣・手足の運動障害、高体温などの症状が現れる」

 と定められている。仕事中に上記のような症状が出てきたときには、熱中症を疑ったほうが良いということになる。そして、繰り返しになるが、そのような場合には「労働災害」として救済の対象となる。

 厚生労働省の報道発表からは、近年の熱中症による労働災害の認定状況について確認することができる。過去 10 年間では、2010 年が656 人と最多であり、その後も 400~500 人台で高止まりしている。

職場における熱中症による死傷者数の推移
職場における熱中症による死傷者数の推移

 また、業種としては、建設業が最も多く662人、次いで製造業が476人、運輸業が338人と続いており、全体の約5割がこの3業種で発生している。業種の偏りも顕著であるので、該当業種の方は、特に注意を要するだろう。

根抽象による死傷者数の業種別の状況
根抽象による死傷者数の業種別の状況

 ただ、注意してほしいのは、これらの数字はあくまでも労災申請をし、認定された件数であるということだ。不認定はもちろん、体調不良を我慢していたり、会社から労災申請を諦めさせられたりし、泣き寝入りしている事例を含めると、氷山のほんの一角でしかないだろう。

 とりわけ今年が記録的な暑さであることを考えれば、相当数の「労働災害」が発生することが予期される。多くの人が制度の恩恵にあずかれるようにするべきだろう。

熱中症による労働災害の認定事例

 では、より具体的に、厚労省の報道資料から、どのような事例が、労災として認定されているのか見ていこう。

 

(1)土木工事業、30代

被災者は災害発生当日の午前8時から、伐採された木等の運搬作業を、気30°Cを超える屋外で行った。適宜休憩をとっていたが、作業終了後の午後4時頃に被災者が倒れているところを発見された。日陰で安静にさせたが、嘔吐と痙攣を起こしたため、救急車で病院に搬送された。その後、死亡が確認された。

(2)警備業、30代

被災者は、災害発生当日の午前9時から宅地造成工事現場の警備業務に従事していた。午後3時頃現場作業が終了し、工事関係者が現場の片付けを行っていたとき、被災者が体調不良となったため、救急車で病院へ搬送した。しかし、翌日搬送先の病院で、熱中症による多臓器不全により死亡した。

(3)通信業、50代

倉庫作業場で、パレットからフリーローラーに荷物を降ろすピッキング作業に従事していた。午前の作業終了後に休憩に入り、休憩後に休憩室から出ようとしたところ、歩行不能となり病院へ救急搬送された。療養中であったが翌日死亡した。

 ここに示した事例に近い状況で働いている方や、同様の事例を見たことがある方は(遺族の場合も)、後述するように労災保険や訴訟による補償を受けられる可能性があるということだ。

熱中症の労災認定基準とは?

 次に、熱中症が労災として認められる上での認定基準はどのようなものになっているのだろうか。まず、労働基準法施行規則第35条別表1の2に「暑熱な場所における業務による熱中症」とあり、熱中症が労災の対象疾病であることがわかる。

 また、公益財団法人労災保険情報センターによれば、判断のポイントは、以下の「一般的認定要件」と「医学的判断要件」の2つがあり、いずれかの条件を満たすことで労災として認められる仕組みになっている。

 ただし、以下はあくまで基準であり、抽象的なため、まずは専門家に相談し、具体的に要件を満たしているかなどを確認しながら労災申請を進めるのが良いだろう。

(1)一般的認定要件

・働いていた時間や場所に、明確に発症の原因が存在すること

・発症の原因の性質、強度、発症までの時間的間隔等から、発症に因果関係が認められること

・仕事以外の原因により発病(又は増悪)したものでないこと

※3つの要件を満たす必要が有る

(2)医学的診断要件

・作業条件及び温湿度条件等の把握

・けいれん、意識障害等との区別と体温の測定

※医学的要件とは、医師の診断のことであり、上記は医師が判断するポイントを定義している

 また、夏季における屋外労働者の日射病が業務上疾病に該当するか否かについては、別に「作業環境、労働時間、作業内容、本人の身体の状況及び被服の状況その他作業場の温湿度等の総合的判断により決定されるべきものである。」との通達も出ている(昭26.11.17 基災収第 3196 号)。

「法的権利」としての労働災害補償

 最後に、仕事中の熱中症の被害は「労働災害」であり、補償される権利があると言うことを改めて確認していこう。

 熱中症は、最悪の場合死に至る危険な疾患であり、発症した場合には、速やかに事業場を管轄する労働基準監督署へ労災申請をし、補償を受ける権利が労働者にはある。

 また、会社には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」という「安全配慮義務」(労働契約法第5条)が課されており、労働者は、国に対して最低限の補償を求める労災保険とは別に、体調不良に陥らせた責任等について、会社へ損害賠償請求をすることも可能である。

 このような、労災事故に関する基本的な考え方は、以前書いた、以下の記事を参照してほしい

参考:仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故。

 しかし、実際には、会社は、労災保険の保険料の増加や、労災認定後の損害賠償請求の回避、企業イメージの低下などの理由から、労災申請をさせない、労災申請に協力をしないなどの、「労災隠し」をしてくることも多い。

 また、「自分が無理に働いたのだからしかたない」と思ってしまうことも多いことだろう。しかし、そうした申請の妨害は違法であり、自粛の必要もない。

 本来、会社には、労働安全衛生法において、労基署へ労災発生状況について記した報告書を速やかに提出することが義務付けられている。また、労災保険法においても、労働者が適切に労災申請の手続きができるよう、会社が協力をすることが義務付けられている。つまり、会社の「労災隠し」は明確な法律違反と言えるのだ。

 歴史的酷暑はまだまだ続くとみられる。仕事中の熱中症による体調不良に心当たりのある方は、ぜひ、泣き寝入りをするのではなく、早めに専門窓口へ相談してみてほしい。

 本来受けられる補償の権利を行使することが、職場の環境改善にも繋がるだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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