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仕事の事故で指を無くしたらいくら請求できる? オリンピックに向けて増加する労災事故

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

労災事故によって去年だけで1000人が亡くなり、12万人が死傷

 5月末に厚労省が2017年度の労働災害発生状況の報告書を発表した。毎年この時期に公表されているものだ。さほど注目されなかったようだが、みなさんは、日本でどれだけの人々が労働災害にあっているかご存知だろうか。

 いうまでもなく、労働災害(労災)とは、仕事が原因でけがや病気を患ってしまうこと。労働者は働けなくなると一気に生活が破綻してしまうため、会社には国が保険者となる「労働者災害補償保険」への加入が義務づけられている。

 これが、最近じわじわと増えているのだ。

 死亡災害、休業4日以上の死傷災害の発生件数はともに前年を上回っており、2017年度ではそれぞれ978人(昨年比で50人、5.4%増)、12万460人(2550人、2.2%増)に上っている。

 1970年代に労災で毎年3〜4000人が亡くなり、35万人が死傷していたことを考えれば、長期的には減少傾向にあるが、死亡災害は3年ぶり、死傷災害は2年連続で増加しているのだ。

 この背景にはオリンピックの建設特需など、人手不足があると考えられる。特に首都圏では今年度以降も、2020年のオリンピックに向けて、労災事故が増加するのことが懸念されている。

 実際に、昨年は、新国立競技場地盤改良工事に携わっていた新卒社員の男性が、月200時間を超える長時間残業によって過労自死したニュースが話題になった。

 こうした長時間労働は、過労死に対する社会的な認識の高まりにより、まだしも注目されやすくなってきたが、労災事故による死傷事故は忘れられがちだ。

 労災事故は、防ぐのが第一だが、もし被害にあったとき、どのようなことができるのか、意外と知らない人も多いのではないだろうか。

 そこで本記事では、こうした労災事故にあったときに、被害にあった労働者が請求できるものは何なのか、入門的な解説をしてみたい。

指2本を失ったのに1円も払わなかった会社から約2000万円の損害賠償

 まずは具体的な労災事故の事例を紹介しよう。

 滋賀県で働くAさんは、工場で機械の掃除をしていたところ、動き出した機械に巻き込まれて指を2本切断することになってしまい、労災を申請して認定された。その結果、治療費全額と、休業補償給付、障害補償給付などが支払われた。しかし、会社自体は、それで全て済んだという態度で、全く金銭を支払わなかったという。

 数ヶ月の入院後に復職したものの、Aさんは仕事が続けるのが難しくなり、退職。その後もAさんは事故を起こした自分を責めていたが、友人の紹介で私が代表を務めるNPO法人POSSEに相談することにしたという。

 じつは事故当日、彼はおよそ1ヶ月間の連続勤務という長時間労働を続けており、疲れが蓄積していた。さらに当日は高熱も出ており、朦朧としながら働いていたという。また、会社は月100時間以上の残業をAさんたち頻繁にさせていたうえに、36協定すら締結していなかった。会社側の違法な長時間労働がAさんの事故を引き起こしたのは明らかだった。

 Aさんたちは、POSSEから紹介されたユニオンに加盟して、団体交渉で会社に損害賠償を請求することに決めた。その結果、無事に会社に責任を認めさせることができ、約2000万円を支払わせることができた。

 もちろん、お金を払わせても、失ってしまった精神・身体の状態を取り戻せるわけではない。それでも、会社に責任を取らせて賠償を払わせる意味は大きいはずだ。

あくまで「最低限」としての労災保険

 なぜAさんは2000万円もの金額が「追加」で支払われたのだろうか。これについては、労働災害についての「保険」と「賠償」の仕組みが関係している。適切に理解されていないことが多いのだが、とても重要な労働法の知識なので、順を追って説明しよう。

 労災事故が起きたら、第一に労働基準監督署に通報することが大事だ。

 労働基準監督署から労働災害と認定されると、国の制度である労災保険から様々なお金が支払われる。治療費である療養給付や、収入を補填するための休業補償給付・休業特別支給金、身体に障害が残ってしまったときの障害補償給付、労災の被害者が万が一亡くなってしまった場合の遺族補償給付などである。

 普通、損害賠償を請求しようとすると、会社側に故意や過失があったことを証明する必要があり、労働者自身に過失がなかったかどうかも重要になる。それらの事実を労働者が裁判で証明することは非常に大変だ。それらを抜きにして、補償を受けられる制度としてできたのが、この労災保険である。

 また、もし労災保険がなかった場合、責任を認めさせても、もし会社にお金がなかったら、補償を支払わせられない可能性もある。労災保険は、企業に加入を義務付けて毎月保険料を支払わせ、そこから被害を受けた労働者に補償をする仕組みによって、そのリスクも回避しているのである。

 その代わり、労災保険の金額はあくまで「最低限」でしかない。休業補償給付や障害補償給付は、休業で減った収入や後遺症による逸失利益の一部にすぎず、そもそも慰謝料は一切含まれていない。

 そこで次に請求すべきなのが、民事の損害賠償だ。

労災請求だけでなく、民事賠償請求もできる

 労災認定が下りたら、次は民事の損害賠償請求だ。この方法によって、労災では払わせられなかった「慰謝料」や、残りの「逸失利益」などを請求することができる。

 実は、労災の民事損害賠償請求については、体のどの部分を失ったかなどによって、賠償額の「相場」が決まっている。

 例えば上記の事例では、親指を含む指2本を失ったことで、「後遺障害等級8級」と自動的に判定される。この等級によって、支払われるべき「慰謝料」の金額の目安が決められている。8級の場合は830万円だ。

 さらに、後遺症が残ってしまったことに対する「逸失利益」も、この等級によってほぼ計算できる。8級だと労働能力喪失率45%となり、元の賃金に原則67歳までの期間と、この労働能力喪失率をかけた金額が基準となる。上記の事例だと、それだけで1000万円以上の計算になった。

 このように、労災の民事賠償請求は、会社の責任さえ認めさせてしまえば、比較的簡単にできるものなのである。

もしものときは、「二階建て」を徹底活用しよう

 この労災保険と民事損害賠償の仕組みは、自動車の自賠責保険と同じ「二階建て」の構造と考えるとわかりやすい。国に保険加入を義務付けられることで、加害者側にお金がなくても、保険から事故の損害が補償される。加害者側の故意や過失がなくても補償が認められるし、被害者側の過失も問われない。

 とはいえ、最低限の水準なので、それを超える損害賠償を請求するには、任意保険に加入したり、直接加害者側に請求したりすることになる。

 この「二階建て」によって、最低限の水準を補償しながら、より多くの金額を請求できるようになっているというわけだ。

「二階建て」の労働災害補償の仕組み
「二階建て」の労働災害補償の仕組み

 

 東京オリンピックもあり、これから労災事故の事例は増えていくことが懸念される。万が一のときに備えて、労災請求と民事賠償の二本立ての請求ができるということをぜひ覚えておいてほしい。

 また、労働災害保険や損害賠償については、事故の後からでも請求ができる。心当たりの方は、専門の窓口で相談してみることをお勧めする。

無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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