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「サッカー選手の38%がうつ/不安障害」。日本も参加、国際プロサッカー選手会調査をどう読むべきか?

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
ロベルト・エンケは勇敢でGKの孤独に耐えた選手であり、誠実で優しい人間だった(写真:ロイター/アフロ)

サッカー選手は鬱(うつ)に苦しみやすいのか?

イニエスタが鬱だったと知って、そう思った人もいるかもしれない。私もロベルト・エンケの闘いの記録を読んだ後に、イニエスタの告白を続けて聞いたので、同じ疑問が浮かんだ。

※サッカーと鬱について書くのは3回目なので、前回の記事――イニエスタは「うつ病」か「うつ状態」か? 報道する側からみる「鬱」を伝えることの難しさ――と、前々回の記事――『うつ病とサッカー イニエスタの場合』。名声も富もアスリートの強靭さも「鬱」を防げなかった――もぜひ参考に。

さて、サッカー選手は鬱に苦しみやすいのか?だ。

その答えは、国際プロサッカー選手会(FIFpro)によれば「イエス」である。

国際プロサッカー選手会というのは、その名の通り、各国にある選手の労働組合を統合する国際機関。プロサッカー界があまりにビジネス優先で選手の健康を顧みない金儲け主義による過密日程はその最たるもの)ので、選手の心身の状態に関する調査を行い、警鐘を鳴らしている。

そうした調査の1つが、2014年に実施、翌年に発表された「プロサッカーにおける心の健康問題の調査」で、現役選手607人、元選手219人へのアンケート調査を行ったところ、「現役サッカー選手の38%、元選手の35%が鬱または/かつ不安障害に苦しんだ」という結果が出たのだった。

これを一般人対象の同様の調査結果、13%(オーストラリアでの調査)、17%(オランダでの調査)と比較し、プロサッカー選手における心の健康問題を「一般よりもはるかに深刻」と結論付けている。

※私が読んだのはスペイン語版だが、英語版のリンクがあるので詳しく知りたい人は、元資料に当たってほしい。

3人に1人強が鬱/不安障害。しかも1カ月以内に!

これは驚くべき数字である。

なぜなら「調査時点からさかのぼり4週間以内に苦しんだ」という条件付きで、それ以前の鬱や不安障害の経験はカウントされていないからだ。1カ月以内に鬱/不安障害を経験した人が3人に1人強もいるとは!

アンケートに協力した現役選手の約5割、元選手の約6割が1部リーグ経験者であるから、これはサッカーエリートの数字。ちなみに調査対象11カ国に日本も含まれているから、他人事ではない。

この結果をどう解釈すべきか?

プロサッカー選手におけるメンタルの健康が深刻な問題である、というFIFproの認識には異論はない。

が、気に留めておかなくてはいけないのは、これは本人へのアンケート調査であって、医師が診断したものではないということだ。鬱がどんなものか、不安障害がどんなものか、というのは、治療や相談などで専門家(心理カウンセラーや精神科医)の扉を叩かないとわからない。

そもそも、鬱と不安障害を一緒くたにするのもずい分乱暴な話だし、それぞれを患っているか否かの判断も素人ではつかない。

だから、イニエスタやエンケのように実際に鬱に苦しんだ選手の実数となると、このアンケート調査の数字を下回るのではないか、とは思う。

ストレス要因は? キャリアを脅かし続けるもの

とはいえ、このFIFpro調査で興味深いのは、そんな数字ではなく、ストレス要因と心の病の関係に言及しているところだ。

サッカー選手のストレス要因というと何を思い浮かべるだろうか?

自己への要求、監督の圧力、チームメイトとの競争、メディアの監視……。それもある。だが、サッカー選手にとって最大のストレスとは、彼らにつきもののケガ、キャリアを常に脅かし続けるケガである。

同調査では、全治1カ月以上の重傷を3回以上経験した選手が「心の健康に問題を抱える可能性は2~4倍」としており、ケガによって早期引退を余儀なくされた場合は「特に心の病気を患うリスクが大きい」と指摘している。

さらに引退後には、規則正しい生活、監督とチームメイトからの支援を失い、新しい仕事を探す必要性などのストレスに追い打ちをかけられるから、より心のバランスを崩しやすい。

エンケの例で言うと、ケガが決定的な鬱の要因になったのは確かだろう。

引き金となったのは幼い娘の死よりも、ドイツ代表合宿中のアクシデントだった。様々な出来事が重なり、監督やチームメイトによる不当な扱いや本人の誤った決断もあった。だが、それらの中で、エンケのサッカー人生、そして人生を変えたものを1つ挙げるとすると、あのケガだった、と訳し終えた後に思った。

イニエスタには当てはまらないケガとの因果関係

ところが、この鬱とケガとの因果関係がイニエスタの場合には当てはまらないのだ。

彼が鬱に苦しんでいた2009-10はイニエスタにとって最悪のシーズンとして知られる。計4度の負傷をし、最後に右太腿を傷めたのは10年4月で全治1カ月、南アフリカW杯行きも危ぶまれるほどだった。

だが、鬱を発症した09年夏はケガから回復し、シーズン開幕に向けて調整に励んでいた時。ケガに連続して襲われるのは鬱の治療開始後のことだったのだ。

だから、むしろケガにもかかわらずよくぞ短期間で――あのW杯決勝のゴール時に完治していたとすると1年間ほど――克服したことが凄い。どんな治療だったのか、イニエスタではなくカウンセラーと精神科医の方に聞いてみたい。

もっとも、メンタルに限らず病気の取材には、守秘義務という壁がある。

セビージャのヘスス・ナバスがパニック障害を克服したというのはよく知られた事実であり、私も担当医に話を聞きに行ったが、具体的なエピソードは明らかにしてもらえなかった。プライバシー保護という観点からすれば当然なのだが、病について知るという観点からはマイナス――。いつかこのテーマについても書いてみたい。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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