「花の慶次」30年過ぎても人気の理由 「北斗の拳」ケンシロウを超える「漢」探しから“誕生”

10月20日に発売される新装版「花の慶次」1巻と2巻=コアミックス提供

 死すらも楽しみ、自由に生き、権力に屈しないーー。戦国時代の「傾奇者(かぶきもの)」の活躍を描いたマンガ「花の慶次」の誕生から30年を迎えましたが、コミックスの累計発行部数は1800万部に達し、いまだにグッズ展開や新装版のコミックスが発売されるなど人気です。さまざまなエンタメコンテンツに影響を与えた同作の魅力を探りました。

◇史実では息子も

 「花の慶次」は、1990~1993年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載されました。前田家を継ぐはずだった慶次が、前田利家の“暗躍”もあって家督を奪われるものの、気にせず自由に振る舞います。そして利家に、真冬に水風呂を用意するいたずらをして、藩を飛び出します。知名度のある武士に「脱藩(だっぱん)」をされると、藩のメンツが丸つぶれになるので、意図的に無礼を働いたことが示唆されます。

 藩に仕えず自由になった慶次は、天下人・豊臣秀吉の謁見という“圧力”にも折れず逆に秀吉を感嘆させるだけでなく、真田幸村や直江兼続、伊達政宗、徳川家康、家康の息子・結城秀康らを魅了します。不利な戦いに好んで参加し、劣勢を覆す活躍を続ける……というストーリーです。

 あまりの豪快さに「前田慶次って、本当にいるの?」と疑うかもしれません。創作物ですからアレンジは加わっていますが、慶次は実在の人物です。「国史大辞典」(吉川弘文館)では、「前田利太(としたか)」の名前で掲載されています。謎めいた部分もあり、生まれた年や死んだ年も「不詳」となっています。はっきりしない部分が多いのは、明智光秀と似ていますね。

【参考】「麒麟がくる」の明智光秀ってどんな人物?

 辞典では、慶次の父は信長の重臣の一人・滝川一益という可能性にも触れています。マンガと同様に慶次は、前田利家の兄・利久の養子で後継ぎだったものの、織田信長の命令で退けられ、利家が後を継いだ……と書かれています。ちなみに、利久の妻が利家を恨み、伝聞ではありますが「調伏しようとした」ということまで書かれています。裏を読み取れば、前田利家の家督相続はしこりを残したのでしょう。

 史実の慶次は、利家から六千石を与えられて越中河尾城を預かったものの、1590年に前田家を飛び出して京へ行き、上杉景勝に二千石で仕え、関ケ原の戦いの後に浪人になり、1605年に没したそうです(ここも伝聞)。慶次の子の名前は正虎というらしく、書道をたしなみ、利家の子・利長に仕え、藩の故事を伝える「前田家之記」を著したとあります。

 短い紹介からも、慶次の行動がマンガと同じく破天荒で、常人では考えられないことが伝わってきます。また名前も多く、辞典で紹介されている名前は、利太以外にも宗兵衛、慶次郎、慶次、利卓、利益とあります。

◇無名武将がマンガの力で人気に

 「花の慶次」は、故・隆慶一郎(りゅう・けいいちろう)さんの時代小説「一夢庵風流記(いちむあん・ふうりゅうき)」を元に、オリジナルのエピソードやアレンジを加え、「北斗の拳」の原哲夫さんが描いたマンガです。主人公の名前が「慶次郎」でなく「慶次」を採用したのは、隆さんの提案だったそうです。

 そして連載開始前に隆さんが亡くなるものの、週刊少年ジャンプで連載がスタート。戦国時代をテーマにしたのは読者層的にハンデがあるとされていましたが、4年にわたって連載を続けました。

 マンガ「花の慶次」の影響力は大きく、連載前までは知る人ぞ知る武将でしたが、マンガの人気を受けてメジャーになります。「花の慶次」の連載以降は、さまざまな戦国コンテンツで「前田慶次」が登場するようになります。ゲーム「信長の野望」シリーズや、NHK大河ドラマの「利家とまつ」にもいます。「戦国BASARA」シリーズのように主要キャラの扱いをする作品もあります。慶次の歴史的な実績を考えると、特別感があるのは確かで、人気マンガになったからこその影響力を感じます。

 なお「花の慶次」ですが、一歩間違っていたら生まれていない作品だったそうです。隆さんは、池田一朗の本名でテレビドラマなどの脚本を長年手掛け、還暦を過ぎてから作家デビューをして売れっ子になったものの、作家の活動期間はわずか5年でした。

 当時、集英社の編集長だった堀江信彦さんが、「北斗の拳」のケンシロウを超えるような魅力あるキャラを探していたところ、隆さんの著作に目をつけて訪問しました。しかし、訪問場所は東京医科大病院で、隆さんは末期ガンでなくなる間際でした。最初は隆さんに話を切り出せずにいた堀江さんですが通い詰めるうちに、隆さんから「何を書いたらいい?」と話を切り出し、勧められたのが慶次だったのです。

◇ケンシロウと対照的

 戦国時代を題材にした作品は、多くありますが、無名の人物を有名にさせた作品はそう多くありません。もちろんマンガという媒体のパワーもあるでしょうが、慶次というキャラクターが底抜けに明るく、魅力的なこともポイントといえます。

 巨槍を小枝のごとく振り回す天下無双の武勇があり、気に入らない権力者にも(ある意味)知的に盾突きますし、相手の身分で態度を変えません。一方で風流も理解し、いたずら好きで、金にも惑わされません。普通の人ができないことを貫けるところに、爽快感を感じるのでしょう。ケンシロウは存在感はあれど口数も少なく、笑わないキャラクターですから、慶次とは対照的といえます。

 慶次以外の人物たちも魅力的です。エロ親父から慶次との対決で天下人の顔に変わる豊臣秀吉、年上の重臣を叱り飛ばす直江兼続にもワクワクします。秀吉亡き後は徳川家康を抑え込んだ前田利家は、悪役的な立ち位置で描かれていますが、「人の弱さ」を描いていて、憎めないのですよね。

 また、男が男にほれる、酒を組み合して無言なのに「心の中で話をいっぱいしている」などの演出もありました。「努力」「勝利」「友情」的なエッセンスがある少年ジャンプの中で、慶次は努力もしないし、勝利も求めませんから、異端だったのではないでしょうか。それだけにオンリーワンの輝きがありました。

 「花の慶次」は、老いた前田慶次が盟友・直江兼続との思い出を語るというスピンオフ「義風堂々!!直江兼続」などのシリーズなどがあります。またYouTubeに公式チャンネルもあります。またパチンコのシリーズも約10年展開しており、今年に新作も出ています。原作マンガは知らないけれど、パチンコは知っているという人もいるほどです。

 ともあれ「人間は、他人を気にせず、自由に生きてもいい」と教えてくれる作品でもあります。今も昔も、他人の評価を気にしたら生きづらく、そして魅力的な生き方というのは、戦国時代も現代も案外変わらないものなのかもしれません。

ゲームを愛するものの、ゲームには愛されないヘタレなゲーマー。ゲーム好きが高じて、記者として兜倶楽部にも出入りし、決算やメーカーの各発表会、PS3の米国発表会、中古ゲーム訴訟、残虐ゲーム問題など約20年間ゲーム業界を中心に取材をする。合わせてアニメやマンガにも手を伸ばし、作品のモデルになった場所をファンが訪れる“聖地巡礼”現象も黎明期から現地に足を運ぶなどしている。マンガ大賞の選考員も担当しており、好きなジャンルはラブコメ、歴史もの。

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