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「ひきこもりだけど女優になりたい」17歳少女に坂上忍が語った“大人”の言葉

石井志昂『不登校新聞』代表
坂上忍さん(撮影・矢部朱希子)

 「生涯で一度だけ好きな人に相談ができるとすれば誰ですか」という私からの質問に対して、2人の女性が「坂上忍さん」と答えてくれました。

 ひとりは不登校をしている15歳の女性。もうひとりは小学生の際にいじめを受けて不登校。その後、紆余曲折あっていまはひきこもり生活(病気療養中)の17歳の女性です。

 正直に言って意外な人選でした。10代が憧れると言えば、アスリートや歌手などの名前を想像していたからです。しかも、17歳の女性が坂上さんに聞きたい悩みは、長年、不登校やひきこもりの方の取材をしてきた私でも回答が難しいと感じる質問でした。

 「いま私は、精神疾患を患って療養中です。最低でも1年間は自宅療養をしなければいけないそうです。しっかり療養しなければとは思っていますが焦りもあります。というのも私は女優になりたいという夢があるからです。ただ私みたいなひきこもっている人が『女優になりたい』なんて思っていいものか。すごく悩んでいます」。

 励ますつもりで「女優になれるよ」と言えば聞こえはいいですが、無責任です。私には「女優」と「ひきこもり」のあいだに、どれほどの距離があるのかわからないからです。だからといって「女優は難しいかも」と切り出せば、本人が落ち込むだけかもしれません。

 坂上忍さんは自身が俳優なだけではなく、少人数制のキッズアクターズスクールもされています。私たちの取材依頼に快諾してもらい、お話をうかがうことができました。

目の前のことをやっているあいだは不安を忘れられる

質問に答える坂上忍さん(撮影・矢部朱希子)
質問に答える坂上忍さん(撮影・矢部朱希子)

――私は幼いころから女優になりたいと思っていました。でも、いまは祖母の死をきっかけに心の病になり、ひきこもり生活をしています。こんな自分が女優になりたいなんて思っていいのかと不安です。(17歳・女性)

 僕が劇団に入ったのは、祖母の死がきっかけだったらしいんです。自分では覚えていないけど、2歳7カ月のころに、大好きなおばあちゃんが亡くなってから、一言もしゃべらなくなったそうです。

 「これはまずい」と思った母が、近所にあった児童劇団に僕を入れてくれました。劇団で友だちができてからは、すぐにべらべらしゃべるようになったそうですけどね。

 僕のスクールでも精神的な病気を抱える子はいます。そうなったら僕はかならず、親御さんと本人と話をします。

 親御さんに聞くのは「ほかの子がどんどん先に進んでいくなかで、立ち止まっている本人はきつい思いをします。それでもいいですか」ということ。そして本人に聞くのは「演じることがどこまで好きなのか」ということです。

 スクールに来るくらいだから、当然やる気はあるでしょう。だけど現実を知って挫折してしまうこともあります。

 今、あなたが女優になりたいって強く思っているなら、あきらめる必要はまったくないです。でもずっと家にこもって悩んでいるだけならば、時間がもったいないとは思います。

 今できることを考えて、具体的な行動をとったほうがいい。そうしたら気持ちは不安なままでも、目の前のことをやっているあいだは不安を忘れられるでしょう。

 行動をすることで先に進んでいけるかもしれないし、ほかに興味のあるものを見つけられるかもしれない。

 ひとつ言えるのは、苦しい時期を価値のあるものにできるのは、ほかの誰かでもなく自分しかいないということです。

 いつか「あの時の経験があったから、今の私がいる」と思えたら強いよね。僕のスクールでも、失敗こそが成功につなげられるということを教えています。

 成功から学べることって、あんがい少ないものなんですよ。

――もうひとつだけ教えてください。私は学校でいじめを受けて、不登校になりました。坂上さんにとって、学校はどんなところだったのでしょうか?

 僕も、学校へ行きたくないと思うことがいっぱいありました。校内暴力が一番ひどいときだったんです。子役をやっていたので学校へ行くと格好の標的でした。

 学校に着いたら、机に「お前を殺す」って彫刻刀で掘られているんです。だけどその机も、ある日、なくなっていて、人に聞いたら「三階の窓から投げ捨てられた」と。

 15人くらいの不良グループから、袋叩きにあいそうになったこともあります。これって昔のドラマの話じゃなくて、実際にあった話ですからね。

 苦しんでいる子に「SOSを出してほしい」なんて言う人がいますけど、それはかんたんにできないですよ。子どもには子どもの世界があるから、助けを求めるなんて屈辱です。命がけですよ。

一生懸命は誰にもできる 難しいのはうまく力を抜くこと

 ただ、僕はこの年になってから「逃げなきゃいけないときもある」と思うようになりました。少なくとも、自分一人で全部抱え込まなくていい。

 たいへんなことがあったときに「一生懸命にやる」って、誰にでもできることです。難しいのはうまく「力を抜く」こと。

 野球で言うと、ストレートを投げる人は度胸があるようなイメージがありますよね。でも実際にやると、変化球などの緩い球を投げるほうが怖いんです。

自分をうまくいたわる技術だって必要

 なぜかっていったら、ボールが遅いから打たれる可能性が高くなる。でも一生懸命にストレートばっかり投げていると、自分も追いつめられていくし、チームメイトも圧迫感を受けてしまう。

 この話はたしか、元野球選手の東尾修さんが言っていたのかな。「直球よりも、チェンジアップを投げるほうがはるかに怖い」って。

 力を抜く技術って、自分をうまくいたわる技術でもあると思うんです。どうやって力を抜くかは、今の僕の課題でもあります。

 スタッフもみんな一生懸命やっているのに、自分が「今よりももっとがんばろう」と考える必要はないと思うようになりました。「力を抜く」のも大事だからです。

 けど、それは僕も全然できていないからね。だから、これは相談の答えじゃなくて、自分に言い聞かせている言葉です(笑)。

――ありがとうございました。

道(イメージ写真:写真AC)
道(イメージ写真:写真AC)

 「ひきもっている私が女優になりたいと思っても?」という質問に対して、私が印象深かった言葉は下記の一言です。

 「今できることを考えて具体的な行動をとったほうがいい。そうしたら気持ちは不安なままでも、目の前のことをやっているあいだは不安を忘れられる」

 これぞ地に足の着いた大人の見解だなと感じました。いま将来に向けて不安を感じている子どもは多くいます。新型コロナウイルスの影響で学校の予定は不定期になり、受験範囲もいまだ定まっていないと聞きます。こんなときだから、子どもが語る「夢」や「不安」に対して大人はどう反応をすればいいのか難しいと感じています。大人だって子どもと同様に先が見えないからです。坂上さんの回答は一つのモデルケースを示してくれたように思います。

 本人の気持ちを無責任に煽るのでもなく、ましてや頭ごなしに気持ちを否定することはしない。目先の今が大事だよ、と。自分の言葉や経験から語る。こういう態度が子どもと向き合う大人に求められているのでしょう。質問をした17歳の女性は、取材を終えて「すごくいい話を聞けました」と折り目も正しく、晴れやかな顔をして帰って行きました。

(文・構成/石井志昂、インタビュー編集/酒井伸哉、聞き手/子ども若者編集部、写真/矢部朱希子)

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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