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いじめの重大事態 大半が見過ごしのおそれ「学校と中学生で認知差85倍」

石井志昂『不登校新聞』代表
イメージ写真/学校の教室(写真:アフロ)

 不登校に関する2つの文科省調査を、教育学者・鈴木翔さん(東京電機大学准教授)が分析したところ、いじめ防止対策推進法の重大事態にあたるいじめが起きても、学校と小中学生では大きな認知差があることがわかりました。その差は中学生で85倍、小学生で63倍。これだけの大きな隔たりは「重大いじめの大半が見過ごされた可能性」を意味します。また過去最多となった不登校の要因の一つとも考えられます。なぜ、これほど大きな差が出たのか。そして対応策はないのか。当事者や識者の声をもとに考えていきます。

学校と中学生 重大いじめの認知差85倍

不登校のうち理由が「いじめ」だった中学生の認知差(文科省調査より筆者作図)
不登校のうち理由が「いじめ」だった中学生の認知差(文科省調査より筆者作図)

不登校のうち理由が「いじめ」だった小学生の認知差(文科省調査より筆者作図)
不登校のうち理由が「いじめ」だった小学生の認知差(文科省調査より筆者作図)

 不登校になる理由として「いじめ」は最も少ないとされています。不登校になった要因を学校が回答した文科省調査(1件につき理由は3つまで回答可※1)によれば、いじめで不登校になった小学生は全体の0.4%、中学生は0.3%のみ。

 いじめにより不登校になった人が100人に1人もいない、というのは例年の傾向です。いじめは、不登校理由のなかで9年連続で最下位となっています。この結果を聞いた30代の小学校教員は「妥当な結果だと思う。いじめで不登校になる子はほとんどいない」と語っており、学校現場の教員からは「不思議ではない」という反応がほとんどでした。

 一方、同じ文科省の調査でも当事者に聞くと大きく異なります。不登校の実態調査(2020年/※2)で、約2000人の不登校生に聞いたところ、「いじめ」を理由に挙げた小学生は25.2%。中学生でも25.5%いました。

鈴木翔さん(東京電機大学准教授/筆者撮影)
鈴木翔さん(東京電機大学准教授/筆者撮影)

 これだけ結果がちがうのは、回答者が学校と当事者で異なるためだと考えられています。いじめやスクールカーストにくわしい教育学者・鈴木翔さんは、調査年度や手法がちがうため「単純比較はできないが、両調査の結果には大きな乖離があり、学校と当事者の認知差は中学生で85倍、小学生で63倍の開きがあった」と指摘しました。

大きな乖離が意味するものとは

 大きな乖離については文科省も「来年3月からは調査方法を変えていきたい」と問題意識を持っています。深刻な問題だからでしょう。というのも「大きな解離」を、より踏み込んで言えば「不登校に至る重大いじめの大半が見過ごされた」ことを意味するからです。昨年度の重大いじめの件数は617件。これでも過去最多なのですが、認知差を考慮すると3万件以上の「見過ごし」があったかもしれません。何件あったかは定かではありませんが、子どもがいじめで苦しんでいても、学校ではそう捉えず捨て置かれてしまう。そういうケースはよく取材で聞いてきました。

担任は「彼女が乗り越える壁だと思った」

 富良野しおんさん(30歳)は、小学校6年生のころ、同級生からのいじめに苦しんでいました。いじめは同級生からの悪口や無視などでしたが、とくに苦しかったのは、自分への非難が書かれた手紙がたびたび机に貼られたこと。手紙によって悪口がさらされ、まわりからの冷ややかな反応が「恥ずかしくてしかたなかった」そうです。いじめは何カ月も続き、しだいに富良野さんの体調に異変が起こります。毎朝のように腹痛に苦しみ、食欲不振や不眠が続き、水を飲んでも吐いてしまう。医師に相談すると「うつ病一歩手前です」と告げられ、学校を休むことになりました。

 それから2カ月後、担任が家庭を訪ねてきました。その際、両親から「手紙のこと、話してみるね」と富良野さんは言われ淡い期待を抱きます。きっと担任はいじめを知らない、けれども手紙のことを知っていたら「クラスメイトを叱ってくれるかもしれない」と。担任と両親の話し合いを、2階への階段からこっそり聞いていた当時の心境を富良野さんは手記で綴っています。

イメージカット/階段で両親と担任の話を聞くようす(不登校新聞より)
イメージカット/階段で両親と担任の話を聞くようす(不登校新聞より)

 「こんな手紙をずっと本人はもらっていたみたいなんです」と両親が実際の手紙を先生に見せると、一瞬の沈黙が流れた。沈黙のあと先生は「手紙の存在は知っていました。でも、富良野さんが乗り越えなければいけない壁だと思って、本人には声をかけませんでした」と両親に言った。予想もしなかった先生の言葉を聞いた瞬間、私はひとり自分の部屋に戻った。部屋に戻ると行き場のない思いが一気にこみ上げてきた。先生に手紙の存在を知られていたことが、まず受け入れられなかった。「あんなに必死に隠したのに、先生に知られていた」という事実が恥ずかしく、いたたまれない気持ちになった。そして先生が謝るわけでもなく、クラスメイトを責めるわけでもなく、私が受けていたいじめを「富良野さんが乗り越えるべき壁」とはっきりと言ったことが、本当に胸が詰まるくらい苦しかった。

(文・富良野しおん『不登校新聞』2021年4月15日号より抜粋)

 富良野さん以外にも、先生からの対応に苦しんだ子は多くいます。中1の夏に階段から突き落とされた女性は、担任に相談すると「そんなことを気にしているんじゃない」と一蹴されました。また、同級生からばい菌扱いをされていた小5女児は、学校の相談室の教員から「負けてどうするの? 逃げるの?」と取りあってもらえなかったそうです。両者とも深く傷つき、その後の不登校はもちろん、長く、当時の記憶に悩まされています。

問題は「先生の隠ぺい」ではなく

 一方「いじめが見過ごされている」と指摘すると、学校や教員による「いじめ隠し」や「隠ぺい」を疑う指摘をよく耳にします。しかし、見過ごしはわざとでも隠ぺいでもないと私は思っています。教員に聞くと「いじめがないか、日々気をつけている」「隠そうと思う教員はいない」という声を聞くからです。では富良野さんのようなケースはどうなのか。元中学校教員(30代女性)は、富良野さんの例を聞いて「教員の心境もわかる気がする」と話してくれました。教員いわく両親の前で非を認められず、取り繕ってしまったのではないか、と。当事者と子どもはもちろん、教員も、この瞬間、苦しんだのかもしれません。不登校や中退を経験した子どもからの相談に対応しているキズキ共育塾の半村進さんは、いじめは子どもを孤立させる深刻な問題である一方、「教育現場を責めるだけでは、問題の解決に繋がらない」と指摘しています。

乖離を前提とした調査を

 では、大半が見過ごされてしまう重大いじめについて、どう対応すればいいのか。調査を分析した鈴木翔さんは、調査の改善点を3点、挙げています。

  1. 当事者との認識差を前提とし、当事者への調査も別立てで実施すること
  2. 教員以外が不登校要因をチェックし回答結果に反映させること
  3. 不登校要因における回答項目数の制限を外すこと

 注目すべきは1番目、子どもと学校双方の回答をつねに併記させる調査です。鈴木さんは「学校と子どものどちらが正しい回答なのかと考えるのではなく、双方が乖離しているんだという前提がスタート地点になる」と述べています。

 一方、調査を見直すだけでは事態解決にまで多くの時間を要します。そこで不登校の子らが集うフリースクール「Branch」代表の中里祐次さんは「休息の必要性」を訴えています。

フリースクール「Branch」代表の中里祐次さん(Branch撮影)
フリースクール「Branch」代表の中里祐次さん(Branch撮影)

 「お子さん本人にとってストレスになる環境から遠ざけ、ゆっくり休むことが大切です。不登校の原因解明や、復学への道筋作りなどはその後でも大丈夫です。お子さんの言葉を信じて「休みたい」と言ってきたときは休む、ということをしていった方がお子さんの傷は浅くすみます」(中里祐次)。

 いじめは周囲の大人から見えづらいもの。子どもを休ませようかどうしようかと保護者が悩んだ際は、専門機関への相談や客観的に判断できる「学校休んだほうがいいよチェックリスト」(監修・松本俊彦精神科医)を活用して、子どもの状態を把握してもらいたいと中里さんは訴えていました。

当事者の声から始めよう

 最後に私見を述べて終わります。文科省発表によれば、不登校児童生徒数は29万9048人。5年間で倍増というペースです。増加背景には「コロナ禍」や「いじめの低年齢化」があると考えていますが、今回の「いじめの見過ごし」も増加背景のひとつだと考えます。いじめを訴えても大人から無視された、あるいはいじめを相談することができない。そういった不信感があれば、長期にわたる学校離れは進んでいきます。解消のためには当事者の声を丹念に拾い上げていくことが必要になるでしょう。それは不登校の子だけでなく、多くの子にとっても学校をよくする道筋になっていくはずです。

※1 令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査

※2 令和2年度不登校児童生徒の実態調査

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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